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第13話:新たなる脅威
#24
しおりを挟むミディルツら皇都防衛軍が、“ミョルジ三人衆”と死闘を続けているこの時、銀河皇国中央行政府『ゴーショ・ウルム』の内部では、星帥皇ジョシュアの皇都脱出の準備が進められていた。
全銀河に及ぶNNL(ニューロネットライン)のコアブロックの、マスターコントロールルームに集まった十二人の上級貴族は、それぞれの座するリンカーユニットから、NNL中枢部へサイバーリンクを行っている。皇都脱出に際し、中枢部システムの一部を凍結しておくのが、その目的であった。
システムそのものの最終制御権は、星帥皇ジョシュアだけが有しているが、個々のシステムの制御権に関しては上級貴族が分担し、星帥皇の認可を得て操作する事が可能となっている。
これが上級貴族が特権階級たる所以であり、銀河皇国が旧態依然の体制を変えられない、本質部分であった。そして亡きテルーザ・シスラウェラ=アスルーガが、ノヴァルナと共に改革のメスを入れようとしていた、諸事の本丸なのだが、今はそのような事を論じている場合ではない。
円形に十二個並んだリンカーユニットの複数個所に取り付けられていた、インジケーターの放つ光が緑から青、そして淡いオレンジ色に切り替わると、中で身を沈めていた上級貴族達は次々に上体を起こした。
「交易管理及び徴税システム凍結完了…これでよし」
一人の上級貴族が、大きく息を吐きながら告げると、その隣で同じく上体を起こした別の上級貴族が、やや不安げに言う。
「しかし大丈夫なのであろうな。我等が皇都を離れる前に、三人衆どもめが殺到して来る可能性は…」
これを聞いて「ハッハッハッ…」と笑い声を漏らす者がいる。上級貴族筆頭のバルガット・ヅカーサ=セッツァーだ。太った体を大儀そうに、リンカーユニットから抜け出させ、ゆっくりと背筋を伸ばすと全員を見渡して言う。
「この退避準備は、あくまでも念のため…それに、もし本当に退避が必要となるならその時は、ウォーダの者共も盾代わりぐらいにはなるであろうよ」
セッツァーの言葉に頷く上級貴族達。銀河皇国の運営という点から鑑み、客観的に見て事の良し悪しの判断はつけ難いが、ウォーダ軍を戦わせている間にジョシュアを連れ、いつでも逃げ出せる用意はしておこうという魂胆だけは事実だ。
「では、皆で星帥皇陛下のもとに、参ろうではないか」
セッツァーがそう言うと、上級貴族達は一斉に立ち上がり、コントロールルームの出口に向かって列を作った………
セッツァー達上級貴族が逃走先に考えていたのは、ヤヴァルト宙域とオウ・ルミル宙域の境目にある、ク・トゥーキ星系だ。
この星系の首都である第三惑星ハール・ザムには、NNLの予備コントロールセンターであるハブステーション、『ハブ・ウルム・ク・トゥーキ』が設置されており、昨年のジョシュアの上洛戦の際もここへ立ち寄り、NNLシステムの一部を制御下に置く事に成功している。これをまた利用しようというのだ。特に今回の三人衆側には、エルヴィスのような深々度サイバーリンカーはおらず、皇国の行政運営機能を奪われる心配は無いとなると、ク・トゥーキ星系に臨時行政府を開く事も可能だった。
ところが、セッツァー達が星帥皇ジョシュアに、皇都退去の準備を進めるよう上奏に向かうと、思わぬ事を口走り始める。自分も出撃して、皇都防衛の陣頭指揮を執るというのだ。
これには側近として傍らに付いていたトーエル=ミッドベルも、困惑の表情を浮かべているところから、ジョシュアの思い付きであるらしい。確かにジョシュアは自分の戦艦を保有している。ノヴァルナから供与された『ランガー・ヴァン』型の宇宙戦艦で、名を『レフダー・ルーク』と言う。一応、旗艦級戦艦であり、通信設備も充実してはいる。
しかしその指揮を執ろうというのが、ほぼ素人に近いジョシュアとなると、流石にウォーダ軍の皇都防衛戦力を捨て駒扱いしている、セッツァー達も顔面を蒼白にせざるを得ない。
「ヅ、ヅカーザ卿、余はっ!…余は逃げんぞ! 余も『レフダー・ルーク』で打って出て、三人衆共の最後を見届けるのだ!」
玉座から身を乗り出して叫ぶジョシュアに、セッツァーは眉間に皺を寄せ、険しい表情で言い返す。
「何を仰せになります!! 陛下に置かれましては、御身のご無事を周辺に知らしめておく事こそが肝要! 前線に出られるなど、もっての外にございます!!」
翻意を促すヅカーザの言葉だが、それだけジョシュアに対して、不安が不安を呼ぶ状況であるという事であった。
そもそもジョシュアの戦艦『レフダー・ルーク』は、ウォーダ軍から供与された宇宙戦艦であるが、供与の理由は“今の世の中、星帥皇が自分用の戦艦も持っていないのは、恥ずかしい事だ!”という体裁的理由によるもので、星帥皇自身を前線で戦わせるために与えたものではないのだ。
「だが!…余も、戦いたいのだ!」
眼を泳がせながら、強く言い放つ星帥皇ジョシュア。
確かにジョシュアは上洛を果たして星帥皇の座に就くと、ミョルジ家掃討戦では総司令官として戦場に出て来ていた。
しかしながらそれは名目上の総司令官であって、座乗する艦は常に安全な後方に置かれ、星帥皇自らが陣頭指揮を執っているという、広報活動のため戦場に出て来ていただけだ。
「軍事については皇都防衛も含め、軍人に任せておけば宜しいのです。陛下にはこの銀河を統べるという、もっと大きなお役目がありますれば…」
セッツァーに従う上級貴族の一人が進み出て、宥めるように言う。だがジョシュアは首を横に振って言い放った。
「あ、兄上は!…我が兄テルーザは、星帥皇の座にありながら機動兵器を操縦し、自ら戦場で戦ったではないか!? しかもその腕は、古今無双と言われたほどだったのであろう!?」
考古学の研究者上がりのジョシュアからすれば、兄テルーザの武辺は熱量を感じさせるものであったのだろう。ジョシュアは玉座の傍らに控える、トーエル=ミッドベルを一瞥し、居並ぶ上級貴族達へ告げる。
「このトーエルから、兄の武辺話を色々と聞いた。余…余は兄のような機動兵器の操縦は無理だが、星帥皇となったからには兄のように、敵に背中は見せとうない」
これを聞いてセッツァーは面倒臭げな表情を見せて、トーエル=ミッドベルを睨みつけた。良く言えば純粋、悪く言えば流されやすい性格のジョシュアは、トーエルから生前のテルーザの話を聞き、“自分もかく在るべき”と考えたのだろう。
ただセッツァーがトーエルを睨んだのは一瞬であり、ジョシュアに向き直ると穏やかな笑みを浮かべ、深く一礼をながら応じた。
「陛下の清廉なお考え、このヅカーザ、感服の極み」
自分の意志が通ったと思ったジョシュアは、「おお…」と感嘆の声を漏らす。だが次いで頭を上げたセッツァーが口にしたのは、反論であった。
「しかしながら陛下。テルーザ陛下は敵に取り囲まれて、討ち死になされました。そのお気持ちは天晴なれど、ジョシュア陛下におかれましては、ご自分のお命を落とされる覚悟がございますでしょうか?」
「むっ…!」
死ぬ覚悟を問われて、ジョシュアは急に眉をひくつかせ始める。何も考えていなかったわけでは無いだろうが、相手に踏み込まれると引いてしまうのが、流されやすい性格を表している。しかしそれでもジョシュアは、虚勢を張り気味に胸をそらせて言う。
「むむ、無論のことじゃ。覚悟も無く戦場に出るなどとは言わぬ!」
▶#25につづく
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