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第13話:新たなる脅威

#08

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「く!」

 至近距離からの銃撃を、咄嗟の超高速機動で回避したフェルデーサも、第二衛星の地表へ降下した。いや、連射される銃弾にコースが限定され、降下せざるを得なかった。重力子放出で渦を巻いて巻き上がる、灰白色の砂煙の向こうから、さらに銃撃を仕掛けるマーディン。
 機体を横滑りホバリングさせて全弾を回避したフェルデーサは、そのままランダムな幅を持たせたジグザク走行で、マーディン機に迫る。超電磁ライフルは破壊判定されて使用不能であり、接近戦に賭けるしかない。機体の右、左と通り過ぎるペイント弾が後方に着弾し、灰白色を青灰色に染め変えた砂煙の柱を林立させる。

「おう。よく動く!」

 フェルデーサの超高速機動に賛辞を贈ったマーディンは、弾が尽きたところで超電磁ライフルを放り出し、自らもホバリングで前進を開始した。格闘戦はこちらも望むところである。低く構えたポジトロンパイクの先端が、第二衛星の地表に軽く触れて、砂埃を撒き散らす。
 僅かその数秒後、二機の『シデン・カイXS』は、互いのポジトロンパイクを、激しく打ち付け合った。幾度も放たれる打撃と刺突。双方がその全てを打ち防ぎ、反撃の技を放ってゆく。だがしかし経験の差は顕著であった。生死の狭間で新たな境地を開いたとはいえ、徐々にフェルデーサは防御の手数が増えて、不利になっていく。こちらはポジトロンパイクとクァンタムブレードの二刀流に対し、マーディンはポジトロンパイクのみであるのにだ。

“このままじゃ、駄目だわ!”

 互いの得物が打ち合う度に弾ける無数の火花の中、フェルデーサは自分が不利な原因に気付いた。自分より遥かな上級者に対し、ポジトロンパイクとクァンタムブレードの二刀流はかえって動きに無駄が発生して、そこに付け込まれているのだ。

 するとこの思考の隙を突いて、マーディンの方から仕掛けて来た。そろそろ決着をつけようというのだろう。機体を“U”字に囲むように、ドン!…と砂煙を屹立させたかと思うと、まるで瞬間移動したかの如く、フェルデーサの眼前に姿を見せた、マーディンの『シデン・カイXS』がポジトロンパイクを、真横に一閃した。しかしそれは、数ミリ秒差で機体を後退させたフェルデーサの、『シデン・カイXS』へ僅かに届かない。

 だが直線の後退は、追撃の機会を与える事になる。さらに踏み込んでポジトロンパイクの鋭い刃先を繰り出すのは、フェルデーサの模擬戦相手のマーディンだ。勝負を決める一撃の踏み込みは、今まで以上に速い。
 
 絶対の危機にフェルデーサの反射神経は最大限に高まる。全速後退しつつも、右手に握っていたポジトロンパイクを地表に突き刺し、それを支点に左方向へ高出力の重力子放出。通常の最小旋回半径以下の急速ターンを一瞬で決めた。左手のクァンタムブレードを瞬時に逆手に握り替え、マーディン機の脇腹を抉ろうと機体ごとぶつかっていく。全身全霊の一撃、決めるならここしかない!

「むうっ!!」

 対するマーディンも、反射神経の全てをつぎ込んで、神速で機体を翻した。きらめくポジトロンパイクの刃。二機の『シデン・カイXS』の放出する重力子で、大量の砂煙が、爆発的に周囲を包む。視界が遮られて結末が分からない。

 この光景を、第36艦隊旗艦『ヴェルセイド』の艦橋で観ていたキノッサは、両手で頭を抱えたまま席を立ち、参謀長のハーヴェンに振り返った。そのハーヴェンも、“BSIの戦闘についてはセンスがない”と白状した通り、状況を掴めないまま、顔を強張らせている。

 すると両機のコンピューターが、砂煙の晴れる前に勝敗を告げて来た。



判定結果:勝者/トゥ・シェイ=マーディン



 その表示を見て、肩を落とすキノッサ。これに合わせるように砂煙が晴れる。僅か数十センチの差で、フェルデーサのクァンタムブレードはマーディン機の脇腹に届かず、逆にマーディン機のポジトロンパイクの刃が、フェルデーサ機のコクピットがある腹部に押し当てられていた。キノッサのもとに、マーディンからの通信が入る。

「これで俺の五億三点。そういう事でいいな」

 流石にこれ以上の無理は言えない…と、キノッサはマーディンに、「はい。ありがとうございました」と告げる。その直後であった。フェルデーサはヘルメットを脱いでかなぐり捨てると、子供のように大きな声で泣き始めたのだ。

「わぁああああああああああーーーーん!!!!」

 いや、“子供のように”ではない。フェルデーサは実際に十五歳の“まだ子供”であった。大人びた性格も、若輩の身で多くの家臣と、植民星系の領民を収めていかねばならないという、使命感の重さがそうさせているだけに他ならない。そんな彼女に、キノッサは穏やかな口調で通信を入れる。

「フェルデーサ。泣かなくていいッス。おまえは良くやったッス。頑張ったッス。また俺っち達と一緒に、一から頑張るッスよ」

 そこへマーディンも通信を入れた。しかもそれはフェルデーサとキノッサに、希望を持たせるものであった。
 
「そう悲嘆にくれるな。ポッと出の新人にやられたんじゃ、俺も…ノヴァルナ様流に言えば、“商売あがったり”だからな。だが確かに筋は凄く良い。ノヴァルナ様へは俺の方からも、将来的にはBSHOを与えられる逸材だと、伝えておこう」

「マーディン様…」

 表情に幾分の明るさを取り戻すキノッサ。マーディンの言うとおりである。『ホロウシュ』筆頭であった彼ですら、何年もの研鑽と功績を積んだ上で、ようやく専用BSHOの『テンライGT』が与えられたのだ。ノヴァルナのような星大名の子弟でもない限り、実績も積まずに適性だけで、いきなりBSHOが与えられる事はない。そしてマーディンは、まだ嗚咽が治まらないフェルデーサに告げた。

「泣き止め、フェルデーサ=ゼノンゴーク。そして胸を張れ。貴殿には親衛隊仕様機を与えて頂けるよう、取り成しておく。当面はそれで実績を重ね、機会を待て。貴殿の素質なら、大功を挙げれば昇格と共に上位の機体も手に入るだろう」

 その言葉を聞き、フェルデーサは「はい…ありがとう…ございました…」と、まだ少し声を詰まらせながら礼を述べた。機体を離陸させ、キノッサの待つ『ヴェルセイド』へと向かい始める。その姿を見送るマーディンはやや自嘲気味に、今しがたキノッサに言った言葉を呟いた。


「商売あがったり…か」


 実は今の最後の局面…実戦ならば、勝敗はもっと際どいものとなっていたはず、とマーディンは感じていたのである。
 というのも、今回は双方が機体性能を等しくするため、新規の親衛隊仕様機を、標準装備でカスタマイズしたものを使用していたのは、すでに述べた通りであったが、これが実戦であったなら、マーディンはポジトロンパイクではなくポジトロンランスを、得物として選択していたはずなのだ。

 そしてポジトロンランスはポジトロンパイクより長さがあり、刃の形状も違って相手に対する間合いも長い。そうなると今の最終局面、実戦ではフェルデーサにより深く踏み込まれ、ひと太刀浴びていたかも知れなかった。
 無論フェルデーサ機も、パイクの刃の斬撃ではなくランスの柄で打撃を喰らい、機体を大破させられていたであろうが、マーディンの方も機体に深刻なダメージを受けていたはずで、実際の戦場でこの後に他の敵機と遭遇した場合、生還できたかはわからない。

「これは、彼女がBSHOを手に入れる日が来た時には、こちらから再戦を申し込まなければならんな…」

 マーディンは幾許かの苦々しさと期待感の中で、去っていくフェルデーサ機の背中に独り言ちた………




▶#09につづく
 
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