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第12話:天下の駆け引き
#23
しおりを挟む双極宇宙論―――
それは偽星帥皇であったバイオノイド:エルヴィスが、ノヴァルナと戦って敗死する間際に告げた、『アクレイド傭兵団』最高評議会が重要視しているという、言葉であった。それがここで出て来るのは、やはり『超空間ネゲントロピーコイル』と傭兵団の間には、何らかの関連性があると見ていいだろう。
だが、ここでその言葉を口にした当人のルキナも、理論の中身については詳細まで知らないようだ。申し訳なさそうな声で、説明を続ける。
「双極宇宙って言うのは、世界線の変化で発生する多元宇宙とは違って、私達のこの宇宙と、“陰と陽”や“プラスとマイナス”みたいな関係になっている、もう一つの宇宙が、原初から存在しているっていう説らしいの。この二つの宇宙が互いにバランスを取り合っている、とかなんとか…って聞いたんだけど。ごめんなさい、思い出せないわ」
“双極宇宙論”については、バイオノイド:エルヴィスから伝えられて以来、ノアが『超空間ネゲントロピーコイル』と並行し、調査を続けているのだが、残念ながらほとんど進捗していない状況だった。
「この二つの宇宙を隔てているのが、“熱力学的非エントロピーフィールド”で、この中に進入する事によって、もう一方の宇宙を観測できるようになるそうなの。でも可能性があるっていう範囲だけどね」
するとルキナはそこで、声のトーンを落として、自身の懸念を告げる。
「それでも…“観測”が出来るって事は、場合によっては、“干渉”も出来るって事になるわ。これもまた可能性の話だけど」
これを聞いて、ノヴァルナとノアは真剣な眼差しを絡ませた。二人ともルキナの懸念を否定できない、と思ったからだ。
確かに、ノヴァルナ達のいる世界では、ただ建造されただけで何も使用されていないように見える、『超空間ネゲントロピーコイル』だが、もう一方の宇宙で何者かによる何らかの活動に、使用されているかもしれないのだ。
ルキナの解説はそこで終わり、最後に“また研究データを送るからね”と告げ、ホログラム映像自体も終了した。
「もう一つの宇宙だぁ?…なんか、ややこしい話になって来たもんだぜ」
ノヴァルナはそう言って腕組みをし、ため息混じりに天井を見上げる。対するノアは全く身動きせず、考える眼で思考を巡らせる様子だった。
「どした、ノア?」
問い掛けるノヴァルナにノアは一つ頷き、振り向いて応じる。
「うん…今のルキナさんの“双極宇宙論”の話で、会ってみたい人がいるの」
ノアが双極宇宙論を理解するにあたって、“会ってみたい”と思いついた人物の元を訪れたのは、それから一週間後の事である。
場所は皇都惑星キヨウの『ゴーショ行政区』に建てられている、ノアが以前に留学していたキヨウ皇国大学、次元物理学教授のリーアム=ベラルニクスの研究室であった。ノアは五年前、皇都キヨウにノヴァルナ達と訪れた際にも、『超空間ネゲントロピーコイル』の情報収集と解析を行うため、ここを訪ねている。
ノアがノヴァルナと共に飛ばされた皇国暦1589年の世界で、ルキナが研究員として働いていたのが、このベラルニクス教授を中心に設立された、恒星間航法の技術革新を目指す『ベラルニクス機関』だった。
メッセージの中でルキナが、“双極宇宙論”を研究員時代に聞いた事がある、と言っていたところから、ノアは機関の設立者のベラルニクス教授であれば、もっと詳しい情報を得られるのではないか?…と、考えたのだ。
五年前に訪れた時はお忍び同然であったため、同行していたのはカレンガミノ姉妹だけであったが、今回はウォーダ軍が大挙してキヨウへ進駐している関係もあって、秘匿が難しくなっていた。
そこでノアは発想を逆転させて、“かつての留学先への表敬訪問”という、今をときめくウォーダ家の奥方による、公式行事という形をとった。そしてその中で、ベラルニクス教授との歓談を表向きに、“双極宇宙論”についての話を聴くつもりである。
一方ノヴァルナは、キヨウの衛星軌道上に停泊した総旗艦『ヒテン』で、訪問者を待っていた。
トゥ・キーツ=キノッサが献上金の取得交渉に成功して、自治星系ザーカ・イーの行政評議会議長のソークン=イーマイアを、ノヴァルナに引き合わせるために連れて来るのだ。
難航していた交渉も、アンドロイドのP1-0号の助言を得たキノッサが、方針を変更して、ザーカ・イー星系が推し進めている銀河皇国の文化財保護への、協力体制を整える事を確約したのをきっかけに、話が進んだのである。
「ミノネリラへ、お帰りになるのですか?」
執務室で、複数枚のホログラムスクリーンを机の上に並べて浮かせ、何かの調べ物をしているノヴァルナに、傍らで事務処理を行っている、補佐官のジークザルトが尋ねる。今はキノッサの到着待ちの時間だ。
「おう。前にも言ったが、十月には帰る。ミノネリラやオ・ワーリも、まだほっとくワケにはいかねーからな」
ホログラムキーボードに、素早く指を滑らせながら応じるノヴァルナ。
「まだひと月ほどありますが、それでも今の未消化の予定を考えると、結構タイトなスケジュールになりますね」
「それな。ギーフィーに帰ったら、少しは休ませてほしいっての」
ジークザルトの指摘に、ノヴァルナは苦笑いを浮かべた。そこへ通信機が鳴り、『ホロウシュ』のクローズ=マトゥが、キノッサ一行の到着を告げる。「よし。第一応接室へ通せ。すぐ行く」と応じたノヴァルナは、席を立つとジークザルトに「おまえも来い」と命じた。
自治星系の領主で、銀河中に商圏を広げている超巨大企業の代表であっても、民間人は民間人であり、『新封建主義』のヒエラルキーにおいては、武家階級より下位となる。ミョルジ家の当主であったナーグ・ヨッグ=ミョルジは生前、民間人のソークン=イーマイアと会談する際には、これ見よがしにソークンを待たせて、殊更互いの立場を強調していた。
しかし実利優先のノヴァルナにはそういった思考は無く、ソークンが『ヒテン』の第一応接室に入って、十分も経たないうちにやって来る。訪問者にコーヒーを用意した下士官が出ていく際に、ぶつかりそうになったほどだ。
「いやぁ、お待たせした!」
まるでどこかの中小企業の若社長のような軽快さで、開いたドアから入って来るウォーダ家の当主に、ソークンは些か面食らった顔になる。ソークンの他にいるのは、キノッサとその側近のカズージにホーリオ。さらにアンドロイドのP1-0号に加え、ザーカ・イー星系からキヨウへ向かう間に、キノッサの第9戦隊から合流した参謀のデュバル・ハーヴェン=ティカナックもいた。一方のソークンは二人の人間を連れており、年齢と身なりからしてどうやら、ザーカ・イーの行政評議会のメンバーだろう。
ノヴァルナの言葉にソファーを立とうとする全員を、ノヴァルナは右手で制し、上座のソファーにドカリと腰を下ろした。すかさず事務補佐官のジークザルトが左側に立つ。
「まずはよく参られた。資金供出の件と合わせ、このノヴァルナ、深く感謝する」
自己紹介もそこそこに、初っ端に自分から頭を下げて来るノヴァルナ。ソークンは「滅相もございません」と応じて返礼しながら、胸の内で“なるほどこれは、只者ではない…”と、ノヴァルナを評した。部屋に入るところから行動としては若輩者なのだが、それらしさが無くむしろ躍動感を感じさせる。言い換えれば、光を感じるのである。
“時代の寵児とはこういうものであろうか…”
内心でそう呟きながらソークン=イーマイアは、あえてゆっくりとした口調で、重々しく頭を下げながら挨拶した。
「ザーカ・イー自治星系行政評議会議員、イーマイア造船代表取締役、ソークン=イーマイアにございます」
▶#24につづく
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