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第12話:天下の駆け引き

#14

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「上級貴族の方が…秘蔵…」

 ソークンはキノッサの“秘蔵”という言葉の裏に、“不正入手による隠匿”という本当の理由を感じ取ったようである。嘘も方便、キノッサはすかさず真顔になって告げた。

「これもノヴァルナ公の御威光にて、エルヴィス派の貴族がおよそ百年所持していたところを、差し出されたものにございます」

「なんと…」

 さらにキノッサは、応接室の壁に飾られている、『鼈甲蜂のブローチの女性』を見詰めて嘘を重ね…いや、訴える。

「ノヴァルナ公はこちらの『鼈甲蜂のブローチの女性』と、『レミナス海にて』が対であるエピソードを聞き、“これは是非とも二枚を再会させるべし”と命じられまして、私にも交渉を仕切り直すようにと…」

「ほう…」

 ソークンとて恒星間大企業のトップである。『レミナス海にて』の登場に感動はしていても、交渉において相手の話の矛盾点を見定める事は、抜かりない。キノッサと同じように、『鼈甲蜂のブローチの女性』を見上げて問い質す。

「失礼とは思いますが、何度か会談をさせて頂く間、キノッサ様はこちらの絵画に対し、全くご関心を示されませんでした。それをノヴァルナ公はどのようにして、この部屋にこの絵画がある事を、お知りになられたのでしょう?…。一企業の応接室に飾られている絵画まで、ノヴァルナ公は把握されている…とは、考え難いのですが」

 これを聞き、キノッサの背中に冷たいものが流れる。少々勢いに任せ過ぎたか、という冷や汗だ。確かに何度かの交渉の間、数回は視線を持って行ったかもしれないが、『鼈甲蜂のブローチの女性』について興味を示したり、何らかの話題にした事はただの一度も無い。
 それを仕切り直しの交渉の冒頭から、さもノヴァルナが『鼈甲蜂のブローチの女性』がここにあるのを最初から知っており、『レミナス海にて』との再会云々と言い出したというのは不自然であって、この話は嘘なのではないかと、ソークンに疑われ始めたのである。

“こいつはマズいッス。先走り過ぎたッス…”

 結果を出す事を急ぐあまり、要らぬ焦りが、キノッサにしては珍しくミスを誘発した形だ。眉をひそめ、怪訝そうな顔を向けるソークンに、どうしたものかと頭を回転させようとするキノッサ。しかしこんな時に限って、悪く言えば“どうソークンを言いくるめるか”を、思いつく事が出来ない。

「あ、えと…それは…ええっと…」

 口ごもるキノッサに、ソークンの視線が鋭い。
 
 するとここで思わぬ助け舟が出る。P1-0号だ。殊更落ち着いた口調で、ソークンに告げる。

「横から失礼致します。ノヴァルナ公に『鼈甲蜂のブローチの女性』が、この地にある事と、『レミナス海にて』との関連性をお伝えしたのは、わたくしです」

「ご貴殿が?」

 顔を向けて来るソークンに、P1-0号はコクリと頷いて、数日前にフジッガ・ユーサ=ホルソミカに対して打ち明けたのと同様に、自身が持っていた百年前の情報についての事情を説明する。無論今回は民間人相手であるから、“スノン・マーダーの一夜城”作戦に関する部分は、違う内容に差し替えてだが。

 P1-0号の言葉を聴き、「ふうむ…」と唸ったソークンはなおも問い質す。

「今のお話に、嘘偽りはございませんか?」

「私はアンドロイドです。嘘をつくようには造られておりません。こちらのキノッサ殿が私に、ソークン殿との交渉を円滑にする、良い方策はないかと助言を求められた際、キノッサ殿に交渉内容から応接室の様子まで聴き取って、ソークン殿がアイオウリス=ベイカーの『鼈甲蜂のブローチの女性』を所持されている事を知り、ノヴァルナ公にご報告申し上げた次第です」

「なるほどさようですか」

 ソークンがようやく納得顔になると、キノッサはすかさず、後頭部を手指で掻きながら、ぶっちゃけ話をする。

「いやぁ。わたくしは芸術というものに、全くの素人でして、このP1-0号から聞くまで、こちらに飾られている絵画が、それほどまでに価値があるとは知りませんで、急にこのような話となって、お恥ずかしい限りにございます」

 些か軽い調子で言いながら、キノッサは今しがたのP1-0号の発言に、戸惑う気持ちをどうにか隠している。“アンドロイドの自分は嘘をつかない”と言いながら、『鼈甲蜂のブローチの女性』に関しての報告や、『レミナス海にて』との関連性の話を、ノヴァルナに伝えたなどというのは、全くのでたらめだったからだ。

 噓をつく…

 それはP1-0号が“スノン・マーダーの一夜城作戦”で、機械生命体と融合した事で手に入れた、生き延びるための手段―――“機能”であった。ただこの局面では、アンドロイドは嘘をつかないという、銀河皇国の常識が先入観となっているソークンに対して、有効だったようだ。キノッサの軽妙な物言いに、ソークンは笑顔を見せて応じる。

「ハッハッハッ…そういう事でしたら、お眼に留まってようございました」

 そしてその流れで、ソークンは切り出した。

「それで…ノヴァルナ公は、“この二枚の絵画を再会させるべし”と、仰せになられたのですな?」
 
 窺うような眼を向けて来るソークンに、キノッサは真顔に戻って、「ノヴァルナ公はそのように望んでおります」と応じる。再び「ふうむ…」と声を漏らしたソークンは、背もたれに上体を沈めて考える眼をする。そこでキノッサはさらに訴えかける。

「無論の事ではありますが、銀河皇国の文化財保護機関は現在、機能不全に陥っております。そこでノヴァルナ公は『レミナス海にて』を、こちらの銀河皇国惑星文明文化財保存協会にお預けしたいと…」

「当方に…ですか?」

 少し意外そうな反応を見せるソークン。その表情から判断すると、どうやらソークンは、“二つの絵画を再会させる”というノヴァルナの思惑を、自分が持つ『鼈甲蜂のブローチの女性』が、ウォーダ家に接収されるものだと思っていたらしい。この勘違いはキノッサにとっては好都合だ。

「ノヴァルナ公はこの先も、失われた美術工芸品を探し出し、取り戻されてゆくご決心にございます。そしてその預け先こそ、こちらの…ザーカ・イー星系の保存協会に他ならないと、思っておいでなのです」

 P1-0号の支援を得て、再び調子づいて来たキノッサは、また話術が巧妙さを増して来ていた。

「武力を背景に献上金を求めるは、今の我がウォーダ家にとっては容易い事。しかしながらノヴァルナ公は、こちらの星系とは友誼に基づく関係でありたい、と思っております。正直なところ、『レミナス海にて』をお預けするのもその一環。打算的と捉えられても構いませぬ。ただ、ノヴァルナ公にもそうまでして、ご貴殿らと武力を使わぬ友好関係を、結びたいという志がお有りになるという点は、忘れないで頂きたく思います…」

 確かにそうであった。『アクレイド傭兵団』もミョルジ家も去り、直轄の星系防衛艦隊二個しか、身を護るすべが無い今のザーカ・イー星系は、武力侵攻を受ければひとたまりも無い、風前の灯火状態であるのが現実である。
 このような状況の中でそれでもなお、相互に利益が得られるようにしようというのは、ノヴァルナの誠意であるのは間違いないだろう…もっとも、これらの言葉はキノッサのその場の思い付きなのだが。

 するとソークンは、ふぅーーーっ…と大きな息をついて、天井を見上げた。物事には限度と機会というものがあり、それを見極めずに言葉遊びだけを続けているのは、愚者のするところである。そしてソークンはそのような愚者ではない。重々しくも明確に自分の考えを述べた。


「わかりました。他の議員達にも、献上金供出の方向で働きかけましょう」



▶#15につづく
 
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