銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
306 / 384
第12話:天下の駆け引き

#08

しおりを挟む
 
 キノッサの話術の才は、ありきたりな言い回しや陳腐な表現であっても、相手の心に聞かせてしまう・・・・・・・ところにある。そしてそれは初対面か、それに近い相手の方が降下が高いという、奇異ともとれる特性を持っていた。そんなキノッサの言葉を聞いたフジッガは「ふむ…」と、その意味を吟味する様子を見せる。

「アイオウリス=ベイカーの『鼈甲蜂のブローチの女性』と、その恋人を描いたと言われる『レミナス海にて』が再び揃う事は、いわば“百年の時を超えた恋人たちの再会”、皇国文化復興の象徴となるに違いありませぬ」

 キノッサの口から飛び出した、“百年の時を超えた恋人たちの再会”という、凡そらしくない台詞に、隣に並んで座っていたカズージとホーリオが、思わず吹き出しそうになって、右手で口元を覆った。おそらく勢い任せであろうが、いかつい男しか居ない場で言うには、些か不釣り合いに思える。
 フジッガもキノッサの発した言葉に一瞬、眼を丸くしてから「ハッハッハッ…」と、笑い声を漏らす。武人ならあまり使わないであろう、庶民が発想するような物言いだったからだ。やはりキノッサが、民間人上がりであるためだろう。しかし文化人気質のフジッガはむしろ、キノッサのそういった感覚が、気に入ったようだ。

「“百年の時を超えた恋人たちの再会”ですか。キノッサ殿もなかなかに、風雅を愛でられる詩人ですな」

「いっ!…いやこれは、柄にもない事を申しました!」

 フジッガの誉め言葉に、ようやくキノッサは自分が口走った内容に気付き、顔を真っ赤にして右手で頭を掻きむしった。するとP1-0号が本当に、この会話の最適解なのかどうか、怪しいツッコミを入れる。

故郷くにに待たせている、婚約者でも思い出したのかな?」

「!?…んなワケ、無いっショ!!」

 血相を変えて言い放つキノッサ。このやり取りを見たフジッガは再び「ハッハッハッ…」と、笑い声を上げた。

「そうですか。お故郷くにに婚約された方が…式はいつ挙げられるご予定で?」

「はぁ…皇都の方が一通り片付いて、ミノネリラに帰還してからになりまする」

 キノッサが頭を掻き続けながら応じると、フジッガはにこやかな表情になって告げた。武将の笑顔だった。

「なるほど。それならば一刻も早く、仕事を片付けねばなりませぬな」

 フジッガの言葉の意味を察し、キノッサは「では…?」と目を見開く。これに対してフジッガは大きく頷き、言った。

「よろしい。メーヘンバイム公への働きかけ、お力添え致しましょうぞ」
  
「おお。これは頼もしい、ありがとうございます!」

 キノッサはオーバーリアクションともとれるほど、頭を深く下げた。ソファーに腰を下ろした自分の膝で、頭を打ちそうなほどの深さだ。ただ上級貴族との交渉など初めてのキノッサにとって、星帥皇室に近いフジッガの協力は、それほどまでに頭を下げる価値があるのも確かであった。

「つきましては、一つお尋ねしたいのだが?」

 フジッガの問い掛けに、キノッサは間髪入れず「何なりと」と応じる。

「先程の出品リストは、かなり古いものでしたが、今現在でも『レミナス海にて』をメーヘンバイム公が所持しているのは、間違いないのですか?」

 フジッガが今しがた見せられたのは、かなり古い闇オークションの出品リスト情報であった。そうであれば今現在の状況が変わっていても不思議ではない。それに返答したのはP1-0号である。

「情報によれば今年前半、エルヴィス・サーマッド=アスルーガが、星帥皇の座にあった時期、エルヴィスを支持する上級貴族の間で、闇オークションが開かれそうになった事があります。メーヘンバイム公も出品するつもりだったらしく、その出品物の中に、やはり『レミナス海にて』の名がありました」

 もっともこの闇オークションは、ジョシュアを正統星帥皇として奉じたウォーダ軍の上洛で、取り止めとなった。そのため『レミナス海にて』はメーベンバイム家が、所蔵したままであるに違いないという、P1-0号の予想だ。

「うむ。数ヵ月前ならば、手離していない可能性も高いですな」

 納得顔になったフジッガは、すっくとソファーから立ち上がり、キノッサ達を見渡した。

「善は急げと言います。すぐに準備に取り掛かりましょう」




「ハハ…ハハハ…」

 その三日後、キノッサは艦橋で引き攣った笑顔を見せていた。何の艦橋かと言えば、メーベンバイム家が領有する荘園星系ブライデンの第三惑星、ベルガンゼムをぐるりと包囲したフジッガ艦隊の旗艦、『レガ・ラウンゼン』の艦橋である。

 文化人気質を持つフジッガ・ユーサ=ホルソミカの事であるから、穏便な交渉を持ち掛けるものだとばかり思っていたキノッサの前で、その当人がアロンゾ・バラン=メーヘンバイムに対し、強い口調で呼び掛けていた。

「…繰り返しメーヘンバイム公に申し上げる。不法所持されて来た美術工芸品を、全て当方へ差し出されよ。拒絶される場合、当方は一戦も辞さぬ覚悟である!」



▶#09につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

母の城 ~若き日の信長とその母・土田御前をめぐる物語

くまいくまきち
歴史・時代
愛知県名古屋市千種区にある末森城跡。戦国末期、この地に築かれた城には信長の母・土田御前が弟・勘十郎とともに住まいしていた。信長にとってこの末森城は「母の城」であった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋
歴史・時代
妻木煕子(ツマキヒロコ)は親が決めた許嫁明智十兵衛(後の光秀)と10年ぶりに会い、目を疑う。 子供の時、自分よりかなり年上であった筈の従兄(十兵衛)の容姿は、10年前と同じであった。 見た目は自分と同じぐらいの歳に見えるのである。 過去の思い出を思い出しながら会話をするが、何処か嚙み合わない。 ヒロコの中に一つの疑惑が生まれる。今自分の前にいる男は、自分が知っている十兵衛なのか? 十兵衛に知られない様に、彼の行動を監視し、調べる中で彼女は驚きの真実を知る。 真実を知った上で、彼女が取った行動、決断で二人の人生が動き出す。 若き日の明智光秀とその妻煕子との馴れ初めからはじまり、二人三脚で戦乱の世を駆け巡る。 天下の裏切り者明智光秀と徐福伝説、八百比丘尼の伝説を繋ぐ物語。

処理中です...