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第12話:天下の駆け引き
#05
しおりを挟む皇国暦1563年7月16日。トゥ・キーツ=キノッサはソークン=イーマイアに対し、交渉の仕切り直しを要請し、これが受諾されるとP1-0号とカズージ、ホーリオを連れて一旦キヨウへ帰還した。P1-0号が告げた、協力を仰ぎたい人物に直接会うためである。
同時にキノッサは現状報告をノヴァルナに行おうとしたが、生憎とオウ・ルミル宙域へ出かけていて不在であり、留守を任されていたナルガヒルデ=ニーワスに、絵画の件も交えて交渉を仕切り直す事を伝えた。またこの時、キノッサが司令官を務めるウォーダ軍重巡第13戦隊は、デュバル・ハーヴェン=ティカナックの代行指揮のもとセッツー宙域にあり、こちらも会う事は出来ていない。
そして現在、キノッサは銀河皇国中央行政府の、『ゴーショ・ウルム』に居た。P1-0号が協力を求めたい人物との面会のためだ。星帥皇ジョシュアへの拝謁や重臣会議で顔を合わせた事はあるが、事実上彼等にとっては初対面の相手となる。
その人物とは、星帥皇室直臣のフジッガ・ユーサ=ホルソミカだった。かつて銀河皇国の摂政などを歴代で務め、栄華を誇ったホルソミカの一族である。ただしフジッガの家は、ホルソミカの中でも傍流にあたり、頂点に近いような地位にまで就いた事は無い。
P1-0号がこのフジッガに協力を求めたい点、それは星帥皇室直臣の中でも、文芸の道に精通しているからであった。ソークンの“銀河皇国の惑星文明文化財保存協会”に、参加こそしてはいないが、皇国の美術工芸文化を守る事を重要視しており、『レミナス海にて』を手に入れる意義は理解してくれるはずであった。
出迎えの女性士官に案内されて、キノッサ達は『ゴーショ・ウルム』の一画にある、フジッガの執務室へ向かう。外窓に面した長い廊下からは、ミョルジ家討伐戦が終了し、市街地区へも本格的に開始された、復興作業の様子が見て取れた。大量の資材を積んだウォーダ軍の輸送艦三隻が六組、都市の上空に浮かんで、そこへ無数の資材運搬用カーゴシャトルが往復している。
キノッサ達がフジッガの執務室の前に到着すると、女性士官は「お待ちを」と告げて、扉の横のインターホンのパネルを操作する。
「トゥ・キーツ=キノッサ様を、お連れ致しました」
その女性士官の言葉に、スピーカーから応答の声がする。
「わかった。入って頂き給え」
女性士官は「かしこまりました」と応じてロックを外し、扉を開いてキノッサ達に入室を促した。キノッサは第13戦隊司令官で、スノン・マーダー城の城主でありながら、ペコリと女性士官に頭を下げて扉をくぐる。
「ようこそおいで下された」
キノッサ達が入室するなり、執務机に向かっていた人物が、椅子から立ち上がって声を掛ける。フジッガ・ユーサ=ホルソミカだ。年齢は三十五歳、丸顔で穏やかな顔つきのヒト種の男性である。
執務机を回って歩み寄って来るフジッガにキノッサは頭を下げ、「皇都復興でお忙しい中、申し訳ございません」と詫びの言葉を口にする。そのキノッサに続き、P1-0号らも頭を下げた。
「なんのなんの。アルケティ殿からのわざわざの取次とあっては、いつ何時でも厭いませぬよ」
フジッガは、ノヴァルナの重臣の一人ミディルツ・ヒュウム=アルケティとは、以前からの友人であり、今回の面会においてキノッサは、P1-0号から進言を受けて、ミディルツにフジッガへの取次ぎを依頼していたのである。
いずれウォーダ家中において、ライバル関係となるキノッサとミディルツだったが、この時はまだミディルツは新参者であり、ノヴァルナに近い位置にいるキノッサとも、懇意にしたいところであった。
そしてキノッサにすれば、個人的には、ほとんど星帥皇室周辺との接点が無い。そこでミディルツと懇意にし、フジッガとは協力を求めるだけでなく、以後の人脈パイプを作っておこうと考えたのである。
さらにはミディルツと同じように、ノヴァルナ周辺へのアピールを考慮していたフジッガにとっても、今回の話は“渡りに船”で、三者の利害が一致した結果だと言えた。この辺りはキノッサ自身の判断もあるが、P1-0号の状況判断が優れていた事も、忘れてはならない。
「ミディルツ殿からも、大まかな話は伺っております。まずはお掛け下さい」
そう言ってフジッガは右手を差し出してキノッサ達に、執務机の前へ置かれた応接コーナーを勧める。礼の言葉と共にソファーに腰を下ろす四人。するといち早くP1-0号が、自分達の座ったソファーについて評価する。
「このシートに施された蔓草の刺繍…南暦1100年頃のラ・ザンザ帝国、西メムリガ地方のものを模した図柄ですね」
それを聞いたフジッガは「ほう…」と呟きながら、自分もソファーに腰掛けた。
「お詳しいようですな」
フジッガのP1-0号に対する口の利き方は、人間相手と変わらない。P1-0号がただのアンドロイドではない事は、すでに知っているようだ。
「最近は“サード”を通じて、古典美術などに触れる機会が増えましたので、自然と興味を持つようになりました」
「ほう…“サード”ですか。茶の作法の古典には、私も些か通じておりまして」
P1-0号はそつなく、フジッガの琴線に触れてゆく。
そこからひとしきり、P1-0号とフジッガの間で、“サード”の話題が行き交う。何度も頷き、時には頬を緩めるフジッガの様子に、改めて会話機能をはじめとするP1-0号の能力が、一般の汎用アンドロイドとは全くの別物だと知れる。
茶道具や作法について、二人の話す内容がちんぷんかんぷんだったキノッサは、愛想笑いを浮かべたまま放置状態となっていたが、会話が途切れたところで「恐れ入りますがフジッガ殿、そろそろ本題に…」と切り出す。
「おお、そうでした。これはご無礼」
一旦苦笑いを浮かべたフジッガは、すぐに口元を引き締めた。
「それで、お話はアイオウリス=ベイカーの、『レミナス海にて』でしたな?…今どこにあるかを、ご存じだとか?」
「可能性は高い…といったところですが」
そう答えるキノッサだが、『レミナス海にて』に関する情報は全て、ここに来るまでに聴いたP1-0号からの受け売りである。ただこの場でのウォーダ側の代表はキノッサであり、この本題に関しては、キノッサが進めるべき仕事だった。
「では、どこにある可能性が高いと?」
「このヤヴァルト宙域の外れ…タンバール宙域との境界付近に位置する、ブライデン星系ではないかと」
「ブライデン星系…」
その名を聞いて、フジッガは眉をひそめ、次いで表情を曇らせる。
「メーヘンバイム公の荘園星系…ですな」
アロンゾ・バラン=メーヘンバイム…銀河皇国の上級貴族の一人だが、現在の皇国貴族院議員筆頭を務める、バルガット・ヅカーザ=セッツァーとは昔から政治的対立関係にあり、ミョルジ家が事実上キヨウを支配下に置いていた頃は、ミョルジ側についていた男であった。
ミョルジ家がキヨウを撤収して以降、現在まで自領のブライデン星系に逼塞し、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガを星帥皇とした、新たな皇国への恭順の意は示していない。上級貴族相手であるから、明白な敵対行為を行っていないという事もあって、ウォーダ家も討伐を保留している状態だ。
「メーヘンバイム公をご存じですか?」
キノッサが問うと、フジッガは「はい」と応じるが、表情は曇ったままだ。天井を見上げて独り言のように言う。
「なるほど…メーヘンバイム公が『レミナス海にて』を所持していたのなら、公式には所在不明となっていても、おかしくはない…」
「と言いますと?」とキノッサ。
「上級貴族には各々、NNLシステムへの一定直接介入権が与えられています。それを使えば、『レミナス海にて』の公式記録を所在不明にするのも可能でしょう」
▶#06につづく
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