銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第12話:天下の駆け引き

#01

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「誰がPON1号やねん!」


 キノッサの言葉に即座にツッコミを入れたのは、紛れもなくアンドロイドのP1-0号だった。正式な形式番号はRI-Q:1000。およそ百年前に製造された旧型だが、アンドロイドが人間と同じ感情を持つ事が出来るかを、検証するために造られた特殊なもので、現在はウォーダ家の管理下に置かれ、“嘱託研究員”扱いとなっている。

「どうしてここに居るんスか?」

「カズージ殿から聞いたはずだよ。応援に来た…と」

「いや。それは、聞いたッスけど…」

 指先でこめかみを掻くキノッサに、P1-0号は淡々とした口調で告げた。

「お猿が交渉に行き詰まっていると、ハーヴェン様から相談を受けたハートスティンガー様が、僕に連絡して来てね。ウォーダ家の一番速い船を手配してもらった」

「親ぶ…いや、ハートスティンガー殿が?」

 昔の癖で今でもつい“親分”と呼びそうになる、ハートスティンガーの名前を出されて、キノッサは首を捻った。応援はいいのだが、なぜP1-0号なのかが分からない。言っては悪いかもしれないが、アンドロイドに政治交渉の支援が出来るのか、疑問に思えて仕方がない。確かにP1-0号曰く、人間との会話に最適解を選択する機能があるようだが、それがソークン=イーマイアとの交渉に、役立つという事なのだろうか…

 戸惑うキノッサに、P1-0号が言う。

「あまり嬉しくなさそうだね。ひょっとして応援と聞いて、サプライズで婚約者のネイミア嬢でも、来てくれたのかもと期待したのかな?」

「余計な事は、言わなくていいッス!」

 顔を赤くして言い放つキノッサだが、それでも少し気分が持ち直されたのは、確かであった。止めていた手の動きを再開し、着替えの続きを始める。

「…で? どんな風に手伝ってくれるんスか?」

「それはこれから考えるよ。僕がハートスティンガー様から仰せつかったのは、お猿とは違う角度で状況を見て、お猿が見えていないものを見つけて、それを教えてやれという事だった。まずはソークン=イーマイアという人間に関する、情報の洗い直しだ」

「今からッスか?」

 顔をしかめて問い質すキノッサ。

「いや。お猿達が、夕食を済ませてからでいい」

「その“今から”じゃないッス! 今頃になってから、情報の洗い直しをしなきゃなんないんスかって、話ッス!」

「ああ、なるほど。急がば回れだよ。先を越されたけど、今なら晩回できる」

「先を越されたとは、どういう事ッスか?」

「ノヴァルナ様のご指示で、オ・ザーカのイーゴン教総本山へ派遣されてた、ユーカンス=マーティー様が交渉に成功して、ウォーダ家に二十万リョウを献上する事が、決まったっていう話さ」

「!?」

 初めて聞く話に、キノッサは大きく眼を見開いた。

「ちょっと待つッス! イーゴン教の献上金てなんスか!? 俺っちは初耳ッス!」

 初めて聞く話に血相を変えるキノッサに、P1-0号は事も無げに言う。

「ここへ来る途中に、高速船のクルーが話してるのを聞いたんだ。ノヴァルナ様がイーゴン教団に使者を立てて、皇都復興と星帥皇室の復権のために、支援金を供出するようにって。たぶん、お猿がこのザーカ・イーへ来たあとにマーティー様が、ノヴァルナ様の使者としてオ・ザーカに送り込まれたんだろうね」

「………」

 キノッサのいるザーカ・イー星系と、イーゴン教総本山のあるオ・ザーカ星系はほほ隣接しており、なんとなく成果を比較されているようで、圧力を感じずにはいられない。
 また使者となったユーカンス=マーティーは、元はイル・ワークラン=ウォーダ家で、当主カダール=ウォーダの参謀長を務めていた人物であり、ノヴァルナがイル・ワークランを討伐した際に、その優秀さを認めて重臣に取り立てたという、言わば自分に近い拾われ方であったから、なおさら意識してしまう。

 するとアンドロイドながら、P1-0号はこの場の空気を読んだ発言をする。

「なに、気にする必要はないさ。イーゴン教よりこちらの方が難易度は高いんだ。それに早さを競っているわけでもないのだろう?」

「それはそうッスけど…」

 P1-0号から宥められ、キノッサはバツが悪そうな顔になった。人間との会話で瞬時に最適解を導き出すというP1-0号の機能に、まんまと嵌ったように思えたからだ。
 それでも確かにP1-0号の言う通りで、ユーカンス=マーティーとの競争をノヴァルナから命じられたわけでもなく、締め切りを決められているわけでもない。それにイーゴン教は当面の恭順の意思表示として、献上金を差し出したのであり、一方のザーカ・イー星系に対しては、最終的にウォーダ家の直轄領とするための交渉であるから、交渉の難しさには明確な差があった。

「とにかく、お猿達は夕食をとって少し休憩するんだ。あと少々糖分を補給して、頭の疲労も抜いた方がいい。僕はその間に少しNNLで資料を集めてみる」

 P1-0号の言葉を、キノッサは「わかったッス」と応じて受け入れる。今は誰であれ、協力してくれる者が欲しいのが本音だからだ。それでもキノッサには、まず言っておかなければならない事がある。P1-0号の顔を指さして「それはともかく、これだけは言っておくッス!―――」と切り出した。


「俺っちは、お猿じゃないッス!」



▶#02につづく
 
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