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第11話:我、其を求めたり
#31
しおりを挟む“本物の”ノヴァルナが仮面を付けずに、星帥皇ジョシュアに拝謁して翌々日、約束通り星帥皇室からヨゼフ・サキュダウ=ミョルジを、ミョルジ家の正統な当主とする旨の宣言が公になされた。これにより、ヨゼフをセッツー宙域に置き去りにして、アーワーガ宙域へ撤退した“ミョルジ三人衆”は、ミョルジ家の叛乱分子と見なされる事になる。
もっとも、ヨゼフ側には領地も大規模な軍備も無く、ウォーダ家との戦いで降伏したミョルジ軍を再編して、兵力として与えられる事が決定した程度だ。これに対して三人衆側は、事実上アーワーガ宙域を支配し続けており、双方の勢力には大きな差があった。
ただこれは、この件を星帥皇室へ要求したノヴァルナも、承知の上の事である。ノヴァルナの戦略はミョルジ家を分裂状態に置き、勢力を削ぐ事だった。セッツー宙域から撤退したとはいえ、ミョルジ家は主戦力を温存したままであり、本来の領地であるアーワーガ宙域の国力は、無傷であったため、再び侵攻を企てる可能性が高い。そこで星帥皇室が公式に認めたヨゼフを皇国側につけておく事で、アーワーガ宙域内の世論と、ミョルジ家の家臣団に揺さぶりをかけ、三人衆のもとでミョルジ家が一枚岩となるのを、妨げようというのだ。
しかしその一方でノヴァルナは星帥皇室に対し、三人衆が支配するアーワーガ宙域の、NNLシステムを停止するような要請は行わなかった。今や銀河皇国の最重要社会基盤となっているNNLシステムを停止すれば、結局のところ三人衆だけでなく、アーワーガ宙域に暮らす一般の領民達にまで、大きなダメージを与える事になるからだ。
これにはノヴァルナ自身、かつてノアと共に飛ばされた皇国暦1589年の世界で、関白となって事実上銀河皇国を支配していた“自分”が、敵対を続ける星大名家の領地のNNLシステムを封印し、その宙域の領民に苦難を強いていた事に、気負いを感じていた…という事もある。
ところが総旗艦『ヒテン』の執務室で、ヨゼフの案件が公布された事を、データパッドからの情報で知ったノヴァルナは、「ふん…」と軽く鼻を鳴らせただけだった。それを執務室を訪れていたノアが聞き咎める。
「何かご不満?」
妻からの問い掛けに、ノヴァルナは苦笑いで応じる。
「いんや。星帥皇室の威を借りるなんざ、俺もヤキが回ったもんだと思ってな」
これを聞いてノアは、あっさりと言い切った。これも夫を得た女性は、より現実的になるという事の一例であろうか。
「いいじゃない。役に立つなら、使わなきゃ」
それでもやはり、テルーザが星帥皇であった時とは、気持ちの持ち方が変わってしまった事を、ノヴァルナは感じずにはいられない。
今のジョシュアにも、下落した銀河皇国の秩序を回復したいという、志は見えるのであるが、それらは受動的で、どこか“担ぎ出された”感がある。無論、今までの経緯を考えると、そう感じられても仕方ないのであるが、テルーザと言葉や意志を交わした時のような、打てば響くものが無いのである。
「ま、無いものねだりをしても、始まらねーけどな」
自分に言い聞かせるように独り言ちたノヴァルナは、一つ息を吐いてノアに問い掛けた。
「んで、どうだノア。“双極宇宙論”とかいう話…何か掴めたか?」
場面は変わって、自治星系ザーカ・イー第三惑星ラグート。
ホテルの一室のドアが開き、疲れ顔のトゥ・キーツ=キノッサが入って来る。事実、キノッサは疲れていた。この星系を取り仕切るザーカ・イー行政評議会会頭、ソークン=イーマイアとの会談が、今日も不調に終わったからだ。
「いま戻ったッスよ」
何時も騒がしいキノッサらしくない、ぶっきらぼうさに対して、帰りを待っていた側近で、バイシャー星人のカズージ=ナック=ムルが、訛りの強い皇国公用語で愛想よく出迎える。
「お帰りだバ。キノッサぞん、ホーリオぞん」
もう一人の側近のキッパル=ホーリオは、ソークンとの会談にこそ同席していないが、護衛を兼ねてキノッサについて行っており、開いたドアから一歩遅れて巨躯を現した。カズージはホーリオから鞄を受け取りながら、キノッサに問い掛ける。
「今日も、イマイチだっただバか?」
「この顔を、見ての通りッスよ」
キノッサは自分の顔を指さしながら、苦笑いを浮かべた。そうしてスーツの上着を脱いで、ホーリオに手渡す。軍装以上にキノッサには似合わないスーツ姿だが、ウォーダ軍の軍装を着てこの惑星をうろうろするのは、控えるべきだからだ。
正直、キノッサは交渉に手詰まりを感じていた。ソークン会頭とはこれまで何回か交渉を行い、ようやく献上金の話も纏まりそうな感触は得ている。この辺りはキノッサの交渉力の賜物であろうし、現実的に見れば、ミョルジ家がセッツー宙域から撤退したのも大きく作用していた。『アクレイド傭兵団』中央本営艦隊も去り、ウォーダ家に武力侵攻されても、ザーカ・イー星系を守ってくれる勢力は、周辺に存在しなくなったからだ。しかしキノッサは武力を背景に、恫喝的な交渉は行いたくなかった。主君ノヴァルナが自分に臨んでいるのは、そのようなやり方ではない事を理解しているからである。
ソークン=イーマイアも当然ながら、自分達が置かれた立場は分かっている。それに献上金だけでなく、その先にあるウォーダ家による直轄領化についても、認識しているはずである。
ところが逃げ場のない状況で、それでもソークンは首を縦に振らない。これは相手も、武力を背景に屈服させるような事は、ノヴァルナが望んでいないのを、正しく推察しているからに違いなかった。つまりはやはり、キノッサの交渉力次第という事になる。そしてそれが最大の難関であったのだ。結論を求めようとしても、毎回のらりくらりと躱されて、明確な返答を得られない。
何かの時間稼ぎか?…とも思ったが、そうでも無いようで、ソークンが何を求めているかが分からないキノッサはこの日、“もしかしてソークン自身に対する、賄賂を求めているのだろうか?”と考え、交渉の間でそれとなく探りを入れたのであるが、「金銭を求めるほど、懐事情に困ってはおりません」と一笑に付されただけで終わり、気恥ずかしさもあって、余計疲労を増したのだった。
“どうしたもんスかねぇ…”
上着を脱いだだけで、突っ立ったまま考え込み始めるキノッサ。思えばこれまで自分が交渉して来たのは、一本気な武人や、求めるものが明白な山師のような人間であり、ソークンのような人間は初めてだった。治める星系は一つだが、その経済力は宙域国なみの規模、そうかと言って星大名ではない財界人…おそらく交渉への入り方が違うのだろうが、何が違うのかが分からない。
考えれば考えるほど深みに落ちていくキノッサ。それを何度も呼び掛けるカズージの声が、現実に引き戻す。
「―――ぞん。キノッサぞん!」
「え?…な、なーんスか?」
どんぐり眼を瞬かせながら振り向くキノッサ。バイシャー成人のカズージは、魚のような大きな眼球を、ぐりぐり回して告げる。
「やっぱはァ、聞こえんかったダか。キノッサぞんが出掛けてる間に、ミノネリラから応援が来てるだに、隣の部屋んザ待たしとるバ」
「応援スと?」
眉をひそめるキノッサ。一応交渉の状況は逐一、参謀長のデュバル・ハーヴェン=ティカナックへ報告を入れており、そちらの方から手を回したのかも知れない。キノッサが「誰ッスか?」と尋ねると、カズージはそれには答えす、隣の部屋へ向かって歩いて行き、扉を開けて「キノッサぞんが帰っただバ」と声をかけた。隣の部屋から現れたそれは電子音声でありながら、どこかに親しみを漂わせてキノッサに呼び掛ける。
「お帰り。お猿」
呆気にとられた顔で、キノッサは眼の前のアンドロイドの名を呼んだ。
「PON1号。こんなとこで何してるッス!?」
【第12話につづく】
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