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第11話:我、其を求めたり
#30
しおりを挟む硬軟織り交ぜて主導権を握ろうとして来る辺りは、セッツァーの巧妙さと言えるであろう。普段からこういったやり取りに慣れていればこそである。しかしながらノヴァルナからすれば、このようなくだらない言葉遊びに、付き合うつもりなど毛頭なかった。
「いいえ。矛盾はしておりません」
さらりと言ってのけるノヴァルナに、セッツァーは「む…」と、僅かに口許を歪める。その理由を穏やかな口調で続けるノヴァルナ。
「主敵たるミョルジ家を撃退し、ヤヴァルト宙域周辺に残っているのは、言うては悪いですが小勢力ばかり。この先はわたくしは総司令部にあり、各武将にこれらを平定させる所存にて、当分は仮面を被る必要もなくなる…という事です」
「そ…それは…いや、それは頼もしいですな」
本当は“それは慢心というものではないか?”と、煽りたかったセッツァーだったが、ノヴァルナの穏やかだった口調と裏腹に、“いい加減にしろ”と凄みを利かせた鋭い眼光に気付いて、急いで台詞を修正した。セッツァー達上級貴族にとっても、“今はまだ”ノヴァルナの力を頼らねばならず、あからさまに敵対してしまうわけにはいかないからだ。
対するノヴァルナの方も本音はともかく、あまり意固地になっても流石に大人げない…と思ったらしく、妥協案というわけでは無いがジョシュアと上級貴族達に、褒美代わりの三つの要求を行った。
一つはウォーダ家の保護下にあるヨゼフ・サキュダウ=ミョルジを、ミョルジ家嫡流として星帥皇ジョシュアが直々に認可を与える事。
もう一つはヤヴァルト星系とミノネリラ星系の間の超空間ゲートの使用権を、星帥皇室の独占から、ウォーダ家へ割譲する事。
さらに残る一つは、現在交渉中の自治星系ザーガ=イーが、ウォーダ家の直轄地となる事を受け入れた場合、これを認める事。
これを聞かされたセッツァーは、特に二番目の要求に一瞬、たるんだ頬の肉を引き攣らせた。一部とはいえ、星帥皇室の特権となっている超空間ゲート網の使用権を、一介の星大名に分け与えるなど、前代未聞であったからだ。
「これはまた、大胆なご希望ですな」
間を取り繕う苦笑を交えて応じるセッツァー。ノヴァルナがこのような要求を、褒美の代わりに口にするとは思ってもいなかったのだ。セッツァーはこれを呑む事で、ノヴァルナを懐柔する一歩に割が合うのか…という眼をする。それだけ実利主義のノヴァルナを、セッツァーが見誤っていたというわけだ。
事実、ノヴァルナが要求した、ヤヴァルト星系~ミノネリラ星系間の超空間ゲート使用権の割譲は、戦略的に見ても非常に大きな意味を持つ。
その意味とは、今後皇都惑星キヨウを何者かが襲撃しようとした場合、ウォーダ家は自己の判断で、短期間に大軍をキヨウへ送り込む事が、可能となるというものである。
ところがこれはバルガット・ヅカーザ=セッツァーら、現状に含むところのある上級貴族達にとっては、諸刃の剣だった。
上級貴族が腹の内に秘めた野心は、かつての銀河皇国のように、上級貴族が実質的に政治を動かし、権勢を振るえるようになる事だ。そのためには今はまだノヴァルナとの関係がどうであれ、皇国の運営にはウォーダ家に頼らなければならない不安定な状況であるが、いずれはタ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家辺りを味方に引き込み、ウォーダ家の勢力を削いでいく必要がある。
しかしその構想も、ウォーダ家の領域のミノネリラ星系から、いつでもすぐに大軍が押し寄せる事が出来るようになると、巨大な障壁となる。もしウォーダ家に敵対しようものなら、超空間ゲートから到着したウォーダ軍の銃口は、上級貴族達に向けられる事になるからだ。
するとセッツァーの懸念を混ぜ返すように、ノヴァルナは事も無げに言う。
「銀河を事実上統べる関白や摂政の地位よりも、超空間ゲート網のごく一部の割譲の方が重要…などという事は、よもや無いとは思いますが?」
「む…う…」
言葉に詰まるセッツァー。ノヴァルナの言う通りではあるが、ヤヴァルト星系が超空間ゲートでミノネリラ星系と繋がるのは、関白や摂政の地位を与えて、取り込みを仕掛けるのとはワケが違う。
ノヴァルナはさらにヨゼフ・サキュダウ=ミョルジを、星帥皇室がミョルジ家嫡流であるのを正式に認可する事で、ジョシュアの寛容さを強調する事が出来。またザーカ=イー自治星系をウォーダ家直轄領とする事で、星帥皇室復権の資金源となる旨の、“表向きの理由”をわざとらしく述べる。
これを聞いて、セッツァーにとって要らぬ口出しをしたのが、星帥皇のジョシュアであった。ジョシュアはノヴァルナの上っ面の言葉のみを聞き、深く考える事も無くこれらの要求を良しとした。
「さ…流石はノヴァルナ殿。“皇国の秩序と安寧の回復”を謳われたは、く、く…口だけではなかった。ヅカーザ卿。ここは一つノヴァルナ殿の望み通りにしてやっても、良いのではなかろうか?」
ジョシュアの不用意な賛同に、ノヴァルナはすかさず感謝の言葉を述べ、既成事実にしようとする。
「ジョシュア陛下のご厚情、まことに有難く存じます」
このジョシュアの差し出口にセッツァーは一瞬、鬼のような形相になった。しかしすぐに表情を穏やかにし、ジョシュアに振り向いて恭しく頭を下げる。
「陛下がそのように仰せになられるのであれば、わたくし共に反対する理由はございません」
そしてノヴァルナに向き直ったセッツァーは、先程までと同じ、人工的な笑顔を顔に張り付けて告げた。
「…という事ですな、ノヴァルナ殿。ヨゼフ殿のミョルジ家嫡流の公式認定は、NNLを通して即日公布させて頂きます。そしてザーカ=イー星系の扱いにつきましては、御家の交渉次第となりますので、結果が出ましたらそれに沿って、という事にて―――」
ここでセッツァーは、超空間ゲートの案件については、抵抗を見せる。
「ですが超空間ゲートの件につきましては、ゲートの防衛を担当する皇国直轄軍などの、関係機関との調整もございますれば、今少し時間を頂戴する事になりまする事を、ご承知おきください」
これを聞いてノヴァルナは、“まぁ、そうだわな…”と、セッツァーの物言いに納得した。超空間ゲートの制御権の割譲は、皇国支配の基礎的権益の一部を失う事であり、星帥皇室と貴族達の威信に関わる問題なのだ。できるだけ引き伸ばしたいという、セッツァーの考え方も理解出来る。
これ以上事を荒立てたくないノヴァルナは、セッツァーの申し出を是とした。ただしこれは、妥協したわけではなく、ノヴァルナにはノヴァルナで、ミノネリラ星系からヤヴァルト星系までを、短期間で部隊の移動を行うための、新たな手法を思いついており、それを先に実用化してみたいという構想があったからだ。とどのつまり、ノヴァルナにとって親友と呼べたテルーザ亡きあとの星帥皇室と、上級貴族達は、“どうでもいい”存在となりつつある事を示していた。それらを踏まえてノヴァルナは、「かしこまりました」と当たり障りのない返答をする。
これに安堵した様子のセッツァーと、状況があまり理解出来ていないままのジョシュアを残し、ノヴァルナは謁見の間をあとにした。そこでふとノヴァルナは、自分が行った要求の三つ目の方へ、思考を巡らせる。
「そういやキノッサの野郎…ザーカ=イーで上手くやれてんのかよ?…………」
▶#31につづく
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