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第11話:我、其を求めたり

#24

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 腹の底から沸き出して来る、灼熱の塊―――血の塊だ。

 両の手に握る操縦桿を体の支えに、エルヴィスはヘルメットの中で吐血した。ノヴァルナの『センクウ・カイFX』が放った勝負を決める一撃が、コクピットにまで達して、エルヴィスの臓腑を掻き切ったのだ。コクピット内は赤い警報ライトが明滅し、充填剤の応急措置で空気の流出を停止させたものの、機体を制御するメインコンピューターは、パイロットの脱出を促す警告音を響かせている。

 急速に終焉を迎えつつある自らの生命に、エルヴィスはむしろ“これでよかったのだ…”と、満たされた想いを抱いていた。

 血液のような赤いプラズマが噴き出す脇腹を、両手で押さえた『メイオウSX-1』は、まるで手負いの武者のように、よろめきながら後退する。

「み…見事であった、ウォーダ卿」

 対するノヴァルナの『センクウ・カイFX』も、人間のように『メイオウSX-1』に向かって、深く一礼した。

「ご無礼…仕った」

 ノヴァルナの言葉に「よい」と応じたエルヴィスは、隠していた実情を明かす。

「どうせ卿に勝ったところで、余もすぐに命が尽きていた」

 惑星ジュマのバイオ・マトリクサーで生成された生体組織を移植されて、命を繋いでいたエルヴィスだが、実はそれは薬液に満たされた、バイオ・シンセナイザーのシリンダー内に、肉体を置いてこそであった。シリンダーを出て『メイオウSX-1』に乗った事で、その命は急速に消耗していたのだ。

「ウォーダ卿…聞かせて…くれ」

 荒くなる呼吸の中で、エルヴィスはノヴァルナに問い掛けた。

「今のけいの技…我が兄テルーザにも…勝てたか?」

 エルヴィスの言葉に、ノヴァルナは一拍置いてから、正直に答える。

「いいえ。テルーザ陛下であれば、見切っておられましたでしょう…」

 それはつまり、テルーザよりエルヴィスの方が、劣っている事を意味している。しかしこのノヴァルナの正直な返答を聞いたエルヴィスは、「うむ。そうでなくてはな…」と応じて、満足げな表情を浮かべた。そしてノヴァルナとの対決を望んだ自分の、本心を打ち明ける。

 それはおよそ半年前、ミョルジ家の艦隊と共に皇都惑星キヨウを襲撃し、『ライオウXX』で出撃した星帥皇テルーザを『メイオウSX-1』で撃破し、テルーザを殺害した時の事だ。


「あの戦いは…余の望んだ、戦い方では無かった―――」

 
 エルヴィスが語ったテルーザとの不本意な戦い。それは武人として一騎打ちを仕掛けての勝利ではなく、『メイオウSX-1』の特殊機能“アンチトランサーシステム”を使用し、テルーザの『ライオウXX』のAES(戦闘拡張システム)を封印した上で、自動操縦の大量のBSIユニットによって、撃破した事である。それはエルヴィスを無意識下で操作していた、ミョルジ家の思惑によるもので、その時はエルヴィスは、自分の戦い方が正しいと信じていた。

 いや事実、正しいのである。自分達が行っていたのは戦争であり、現実的に考えるのであれば、戦略的または戦術的に勝利を得るのが全て。将帥同士の一騎打ちで決着をつけるなどというのは、古典的な血塗られたロマンチシズム以外の何物でもない。テルーザを剣聖レベルのBSIパイロットにまで育てた、師匠のヴォクスデン=トゥ・カラーバもノヴァルナに、“君主に求められる強さは違うもの”だと告げている。

 それでもやはりエルヴィスは、テルーザの分身であった。

 ミョルジ家によって新たな星帥皇に祭り上げられ、日々を過ごすうち、テルーザとの戦いに対する後悔の念が…武人として一対一で戦いたかったという思いが、次第に大きくなっていったのだ。そしてその思いは、自らの体に異変を感じ、死期を悟って以来、さらにアルワジ宙域星大名ブラグ・ジルダン=アターグから、自身のバイオノイドの素性を明かされてからは益々、自分のオリジナルであり、古今無双の天才BSIパイロットと呼ばれた、テルーザと真剣勝負がしてみたかったという気持ちが、病的なまでに肥大化していったのである。

 そんな時、領主のブラグ・ジルダン=アターグから知らされたのが、ミョルジ家の重臣ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガの、離反とウォーダ側への寝返りの意志であった。
 ブラグはヒルザードの知人を名乗る謎の人物、テン=カイを通じてヒルザードの思惑を知り、かねてから主家のミョルジ家に反感を抱いていた自分も、ウォーダ側へ寝返る事を決心する。

 するとブラグは程なくしてヒルザードから、エルヴィスに直接会って和平の説得を行うため、ノヴァルナが僅かな供回りを連れ、アヴァージ星系へ向かおうとしているという情報を得た。これを好機と見たブラグは、その旨をエルヴィスに報告。説得に応じるよう進言した。
 そしてノヴァルナが来る事を聞いたエルヴィスは、表向きは会うことに同意したものの、内心ではノヴァルナと対決する事を、喜びをもって企んだのだ。




▶#25につづく
 
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