290 / 344
第11話:我、其を求めたり
#24
しおりを挟む腹の底から沸き出して来る、灼熱の塊―――血の塊だ。
両の手に握る操縦桿を体の支えに、エルヴィスはヘルメットの中で吐血した。ノヴァルナの『センクウ・カイFX』が放った勝負を決める一撃が、コクピットにまで達して、エルヴィスの臓腑を掻き切ったのだ。コクピット内は赤い警報ライトが明滅し、充填剤の応急措置で空気の流出を停止させたものの、機体を制御するメインコンピューターは、パイロットの脱出を促す警告音を響かせている。
急速に終焉を迎えつつある自らの生命に、エルヴィスはむしろ“これでよかったのだ…”と、満たされた想いを抱いていた。
血液のような赤いプラズマが噴き出す脇腹を、両手で押さえた『メイオウSX-1』は、まるで手負いの武者のように、よろめきながら後退する。
「み…見事であった、ウォーダ卿」
対するノヴァルナの『センクウ・カイFX』も、人間のように『メイオウSX-1』に向かって、深く一礼した。
「ご無礼…仕った」
ノヴァルナの言葉に「よい」と応じたエルヴィスは、隠していた実情を明かす。
「どうせ卿に勝ったところで、余もすぐに命が尽きていた」
惑星ジュマのバイオ・マトリクサーで生成された生体組織を移植されて、命を繋いでいたエルヴィスだが、実はそれは薬液に満たされた、バイオ・シンセナイザーのシリンダー内に、肉体を置いてこそであった。シリンダーを出て『メイオウSX-1』に乗った事で、その命は急速に消耗していたのだ。
「ウォーダ卿…聞かせて…くれ」
荒くなる呼吸の中で、エルヴィスはノヴァルナに問い掛けた。
「今の卿の技…我が兄テルーザにも…勝てたか?」
エルヴィスの言葉に、ノヴァルナは一拍置いてから、正直に答える。
「いいえ。テルーザ陛下であれば、見切っておられましたでしょう…」
それはつまり、テルーザよりエルヴィスの方が、劣っている事を意味している。しかしこのノヴァルナの正直な返答を聞いたエルヴィスは、「うむ。そうでなくてはな…」と応じて、満足げな表情を浮かべた。そしてノヴァルナとの対決を望んだ自分の、本心を打ち明ける。
それはおよそ半年前、ミョルジ家の艦隊と共に皇都惑星キヨウを襲撃し、『ライオウXX』で出撃した星帥皇テルーザを『メイオウSX-1』で撃破し、テルーザを殺害した時の事だ。
「あの戦いは…余の望んだ、戦い方では無かった―――」
エルヴィスが語ったテルーザとの不本意な戦い。それは武人として一騎打ちを仕掛けての勝利ではなく、『メイオウSX-1』の特殊機能“アンチトランサーシステム”を使用し、テルーザの『ライオウXX』のAES(戦闘拡張システム)を封印した上で、自動操縦の大量のBSIユニットによって、撃破した事である。それはエルヴィスを無意識下で操作していた、ミョルジ家の思惑によるもので、その時はエルヴィスは、自分の戦い方が正しいと信じていた。
いや事実、正しいのである。自分達が行っていたのは戦争であり、現実的に考えるのであれば、戦略的または戦術的に勝利を得るのが全て。将帥同士の一騎打ちで決着をつけるなどというのは、古典的な血塗られたロマンチシズム以外の何物でもない。テルーザを剣聖レベルのBSIパイロットにまで育てた、師匠のヴォクスデン=トゥ・カラーバもノヴァルナに、“君主に求められる強さは違うもの”だと告げている。
それでもやはりエルヴィスは、テルーザの分身であった。
ミョルジ家によって新たな星帥皇に祭り上げられ、日々を過ごすうち、テルーザとの戦いに対する後悔の念が…武人として一対一で戦いたかったという思いが、次第に大きくなっていったのだ。そしてその思いは、自らの体に異変を感じ、死期を悟って以来、さらにアルワジ宙域星大名ブラグ・ジルダン=アターグから、自身のバイオノイドの素性を明かされてからは益々、自分のオリジナルであり、古今無双の天才BSIパイロットと呼ばれた、テルーザと真剣勝負がしてみたかったという気持ちが、病的なまでに肥大化していったのである。
そんな時、領主のブラグ・ジルダン=アターグから知らされたのが、ミョルジ家の重臣ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガの、離反とウォーダ側への寝返りの意志であった。
ブラグはヒルザードの知人を名乗る謎の人物、テン=カイを通じてヒルザードの思惑を知り、かねてから主家のミョルジ家に反感を抱いていた自分も、ウォーダ側へ寝返る事を決心する。
するとブラグは程なくしてヒルザードから、エルヴィスに直接会って和平の説得を行うため、ノヴァルナが僅かな供回りを連れ、アヴァージ星系へ向かおうとしているという情報を得た。これを好機と見たブラグは、その旨をエルヴィスに報告。説得に応じるよう進言した。
そしてノヴァルナが来る事を聞いたエルヴィスは、表向きは会うことに同意したものの、内心ではノヴァルナと対決する事を、喜びをもって企んだのだ。
▶#25につづく
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
関白の息子!
アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。
それが俺だ。
産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった!
関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。
絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り!
でも、忘れてはいけない。
その日は確実に近づいているのだから。
※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。
大分歴史改変が進んでおります。
苦手な方は読まれないことをお勧めします。
特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。
Solomon's Gate
坂森大我
SF
人類が宇宙に拠点を設けてから既に千年が経過していた。地球の衛星軌道上から始まった宇宙開発も火星圏、木星圏を経て今や土星圏にまで及んでいる。
ミハル・エアハルトは木星圏に住む十八歳の専門学校生。彼女の学び舎はセントグラード航宙士学校といい、その名の通りパイロットとなるための学校である。
実技は常に学年トップの成績であったものの、ミハルは最終学年になっても就職活動すらしていなかった。なぜなら彼女は航宙機への興味を失っていたからだ。しかし、強要された航宙機レースへの参加を境にミハルの人生が一変していく。レースにより思い出した。幼き日に覚えた感情。誰よりも航宙機が好きだったことを。
ミハルがパイロットとして歩む決意をした一方で、太陽系は思わぬ事態に発展していた。
主要な宙域となるはずだった土星が突如として消失してしまったのだ。加えて消失痕にはワームホールが出現し、異なる銀河との接続を果たしてしまう。
ワームホールの出現まではまだ看過できた人類。しかし、調査を進めるにつれ望みもしない事実が明らかとなっていく。人類は選択を迫られることになった。
人類にとって最悪のシナリオが現実味を帯びていく。星系の情勢とは少しの接点もなかったミハルだが、巨大な暗雲はいとも容易く彼女を飲み込んでいった。
銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児
潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。
その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。
日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。
主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。
史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。
大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑)
※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる