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第11話:我、其を求めたり

#08

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 ノヴァルナの高笑いに負けないエルヴィスの高笑い。だがその笑い声はノヴァルナの場合に感じる熱量とは逆に、真冬に吹く寒風を思わせる。エルヴィスはノヴァルナを見据えて言った。

「余に向けて、臆面も無く“我が兄”の名を出すとは…良い度胸をしておるのう、ウォーダ卿。面白い男じゃ」

 そしてエルヴィスは天井から差す光を見上げて呟く。

「“我が兄”……か」

 バイオノイドのエルヴィスは、製造時に疑似記憶を与えられ、自分を前星帥皇テルーザの双子の弟だと思い込んでいた。だが今は、このアルワジ宙域を治める星大名、ブラグ・ジルダン=アターグから真実を聞かされて、自分が何者かを知っている。自分がミョルジ家の野望のために、テルーザの遺伝子から作り出された、人工生命体である事を…



「余はバイオノイドじゃ」

 エルヴィスはノヴァルナに視線を戻して、ポツリと言った。ノヴァルナは無言で視線を返す。構わず語り続けるエルヴィス。

「テルーザの双子の弟どころか、人間ですら無いのだ…とんだ道化ではないか」

 そう言ってクックックッ…と低く笑い声御漏らしたエルヴィスは、ノヴァルナに問う。

「聴かせてくれ、ウォーダ卿。卿はこの戦国の世に、何を目指す?」

 対するノヴァルナの返答には、一秒の停滞も言葉の淀みも無い。

「戦乱に満ちた今の銀河に、秩序を回復させる事にございます」

 これを聞いて、ふぅ…と息を吐いたエルヴィスは、テルーザと同じ端正な顔に、儚げな笑顔を浮かべる。

「ならば今の余は卿にとって、皇国の秩序を乱す…元凶というわけじゃ」

 そこでノヴァルナは本題に斬り込んだ。

「エルヴィス陛下。もう終わりになされませ」

「………」

「ここを出て、静かに暮らす…それも良いではありませんか」

 普段の砕けた言い方ではなく、真面目な言葉遣いでノヴァルナは訴えた。本来の人格を隠さずに晒していると言っていい。それだけエルヴィスを助けてやりたいという、自分の気持ちに偽りはない事を示していた。友人のテルーザの命を奪い、皇国の立て直しを目指すノヴァルナにとって、大きな障害とはなったが、全ては誕生までも含めて、ミョルジ家と『アクレイド傭兵団』の道具として動かされた結果なのだ。

「静かに暮らすか…だが余は、ここでなければ生きられぬ」

 そう応じるエルヴィスだが、惑星ジュマの秘密施設にあった、生体組織を生成するバイオ・マトリクサーを破壊した今となっては、もはやそれも不可能となった。その事をノヴァルナが告げると、エルヴィスは大した動揺も見せず。「ほう…」と声を漏らす。
 
「そうか…バイオ・マトリクサーを破壊したか」

 半ば独り言のように言うエルヴィスに、テン=カイが進言する。

「キヨウのクローン人間製造施設で機器を応用すれば、バイオ・マトリクサーの代用となりましょう」

「そしてまた余は、誰かの庇護を受けて生きてゆくわけか…」

「陛下…」

 テン=カイが呼びかけると、エルヴィスは視線を逸らして、両手をゆっくりと広げた。そしてドームの中に浮かんだままの、星空のホログラムを見渡しながら、静かに言う。

「この星空を見よ…じつに壮観で、美しいではないか」

 エルヴィスはそう言いながら、近くに浮かんでいた恒星の一つを、右手で掬い上げるような仕草をした。その光景は一種、神の手を思わせる。しかしその顔に浮かぶのは、皮肉めいた表情だ。右手を握って恒星のホログラムを掴み取るが、その光は拳をすり抜け、元の位置で輝いたままであった。

「だがこれは虚像…実体を持たぬ」

 そう言い放ったエルヴィスは、口許を歪めて付け加える。


「余も同じだ。中身など何も無い…」


 エルヴィスが言いたい事は、ノヴァルナにも理解できた。ミョルジ家も『アクレイド傭兵団』も必要としていたのは、前星帥皇テルーザが有していたNNLシステムの全面統括能力という、いわば“器”の部分であり、その中身はとどのつまり、自分達の言う通りに動く人格であれば、何でもよかったのだ。

「中身はこれから先、ご自分で見い出し、作ればよいでしょう」

 ノヴァルナの言葉であった。エルヴィスは眼を細め、ウォーダ家の当主を興味深げに見据える。

「強き言葉じゃ、ウォーダ卿。そちは眩しいな…余を照らす、この頭上からの光よりも眩しい。確信を持って生きたる者の光、というべきであろうか」

 これを聞いたノヴァルナは、エルヴィスの放つ気配が変わり始めた事に気付く。自分の中のいくさ人としての部分が、警戒感を増すよう促して来る。そのエルヴィスは、テルーザと同じ声に不吉な響きを纏わせて告げた。


「余が自らの手で卿を討ち取れば、その眩しき輝きの一端でも、余のものにする事が出来ると思わぬか?」


 ノヴァルナの背後に並ぶカーズマルスと特殊陸戦隊が一斉に身じろぎし、武器に手を掛ける。困惑気味に問い質すテン=カイ。

「ヘ、陛下。何を仰せになられます!?」

 エルヴィスがこのような事を言い出すとは、テン=カイには想定外の事であったのだろう。だがノヴァルナ当人は、“なるほど、そう来るか…”という表情で動じる様子はない。
 
 武人の波長…というものであろうか。ノヴァルナはなぜ自分が、危険を冒してまでこの敵地深くまで来ようと考えたのか、その真の理由を知ったような気がした。機械仕掛けの玉座に座るエルヴィスを、きっと見上げて強く問う。

「エルヴィス・サーマッド=アスルーガ陛下。我との果し合いをご所望か!?」

 エルヴィスは胸を反らして「おう!」と肯定。さらに言い放つ。

「余が求めるは、漫然と生きる日々にあらず。ただ迷い無き武篇ぶへんの輝きを、一時なりとも放つ事のみ!」

 秘めていた本心を聞き、ノヴァルナは無言でエルヴィスを見上げる。対するエルヴィスも無言の視線を返した。

「………」

「………」

 つまりは自分と、それ以外の全ての事に決着を付けたい―――それが、自分の本当の素性を知り、命の尽きかけたエルヴィスの願いであったのだ。そしてその手段として、最期は武人たらんとするところこそ、エルヴィスが稀代の天才BSIパイロット、テルーザの複製である事を示している。

「エ、エルヴィス様!―――」

 翻意を促そうとするテン=カイだが、右腕を前に突き出したエルヴィスの声が、それを遮った。

「もはや止め立て無用じゃ。テン=カイ」

 果し合いを求め、武篇の輝きを求めるというのであれば、この場で捕えて殺害するつもりではあるまい…ノヴァルナは、エルヴィスの言葉の意味を理解した。意を決して言う。


「我が専用機を持参しております」

 これを聞いて、「おお…」と声を漏らしたエルヴィスは、満足そうに二度、三度と大きく頷いて告げた。

「流石じゃ…流石じゃ、ウォーダ卿。それでこそたおし甲斐が、あるというもの。手加減の必要は無さそうじゃの」

 そしてエルヴィスは、会見はこれまで…と、椅子の肘掛けに設置されたコンソールを操作し、ヴェルターやゼーダッカのいる、基地司令部へ連絡を入れる。

「曲者じゃ。誰ぞある」

 間髪入れず、ノヴァルナ達は出口に向かって駆け出した。その後ろ姿に「アハハハハハ…」と笑い声を投げ掛けたエルヴィスは、「急げ急げ。傭兵どもに捕まるでないぞ。余を失望させるな」と言い放つ。
 そうしておいてエルヴィスは、ゆっくりと玉座から立ち上がった。するとそれに呼応して、基地深部の一画にある格納庫内に明かりが灯る。同時に響き始める複数の機械の起動音。灯った明かりに浮かび上がったのは、数か月に皇都惑星キヨウ上空でテルーザを屠った、正体不明のBSHOであった………




▶#09につづく
 
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