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第11話:我、其を求めたり
#05
しおりを挟む黒いホログラムスクリーンの向こうに隠された顔に、困惑の気配を帯びさせるテン=カイに、ノヴァルナはさらに告げた。
「言っとくがな、遠巻きに見てるのが支援だってのが、アターグ家の考えなら、別に俺は寝返ってもらわなくても結構なんだぜ」
「………」
「下手に自分達の領域に、戦火を招きたくはねぇって考えは理解できるが、いざという時の覚悟ってヤツも、見せてもらわねぇとなぁ」
単純な話である。口先だけで味方すると言っても、現実では日和見を決め込むような相手は、信用するわけにはいかないからだ。特に戦国の星大名においては。正論を叩きつけておいて、ノヴァルナは無言のままのテン=カイに、不敵な笑みを向けた。
「ま。あくまでも、最悪の場合…さ」
ノヴァルナがそう言い捨てている間にも、高速クルーザーはBSD基地にさらに接近し、ドッキング態勢に入る。一部が欠けた卵の殻のように見える、第三衛星の地表…その欠けた箇所から覗く、鈍い銀色をした金属製の基地本体の一部が大きく開き、ドッキングポートが姿を現した。
クルーザーのモニター表示では、ドッキングポートは球状の本体最下部にあり、かなりの面積を占めている。どうやら宙雷艇格納庫も兼ねているのだろう。出入口は四方向にあり、緊急の場合は二個戦隊、おそらく二十四隻と思われる宙雷艇を、短時間で全て出撃できるようにしている。
クルーザーがさらに三分ほど進むと、基地の管制室から連絡が入った。
「クルーザー311。こちらポートコントロール。船の管制をこちらに渡し、オートモードに移行せよ」
ポートへのドッキング作業は基地の方で行ってくれるらしく、航宙士役の陸戦隊員は「クルーザー311、了解」と応答して、コンソールを操作する。インジケーターの幾つかが発光色を黄色から緑色へ変わると、船が速度を落とし始めた。すると再び管制室から通信。先程の通信は男性の肉声だったが、今度は電子的な響きが僅かに感じられる、落ち着いた女性の声だ。
「クルーザー311。こちらポートマスター01、到着を歓迎致します。専用ポートまでの管制は、ポートマスター01が行わせて頂きます。乗務員の皆様は持ち場にてご待機下さい」
最初の男性の声は人間で、『アクレイド傭兵団』宙雷戦隊とエルヴィス関係の船との、港の管制の振り分けを行っているのだろう。ここからは基地の自動システムが、高速クルーザーを誘導していくというわけだ。
基地内部に進入した高速クルーザーは、円形の棚状に設置された宙雷艇ポートの中央部まで移動。そこから垂直に伸びた誘導路を上昇する。シャッター状の隔壁を三つ四つ潜り抜けた先が、エルヴィスがいるバイオ・シンフォナイザー区画へ直通となる、専用ポートとなっていた。
誘導路上で浮かんだまま停止したクルーザーに、前方からクワガタムシの大顎を連想させる“U”字型のハンガーアームが伸びて来て、船体を間に入れると固定具が作動。同時にエンジンが停止し、クルーザーは底部から着陸ギアを出しながら、前方に運ばれる。
運ばれた先は長方形のランディングデッキとなっており、ハンガーアームに固定されたままデッキに置かれたクルーザーは、双胴となっている船体の右側にある船倉のハッチが開いた。船のコントロールルームに、ポートマスター01から丁寧な言葉遣いの指示が入る。
「専用ポートに到着致しました。乗務員の方は所定の手続きを終えられ、居住区画へお向かい下さい。お疲れ様でした」
それを耳にしながら、ノヴァルナはコントロールルームの窓から、専用ポートの様子を窺った。
オフホワイトとライトグレーの二色がメインの専用ポートは、直径が三百メートル程ある円形で、多くの汎用アンドロイドが動いている。その一方で傭兵団の兵士やその他の人間の姿は全く見られない。完全に自動化されているようだ。巨大な医療施設か実験施設といった印象を受ける。
「ノヴァルナ様、参りましょう。アクレイドの巡回兵が来る前なら、陸戦隊も全員船を降ろす事が可能です」
テン=カイの言葉に振り向いたノヴァルナは、「えらくすんなり行くもんだな」と尋ねる。するとテン=カイは事も無げに答えた。
「エルヴィス陛下が、望んでおられますので」
これを聞いてノヴァルナは、なるほど…と察する。この宙域とその周辺は、エルヴィスがNNLシステムを支配しており、現在はこの基地がその中心となっているのだ。そのエルヴィスがノヴァルナとの会見を希望しているのであれば、基地のシステムを都合のいいものに、改変してもおかしくはない。
「わかった。カーズマルス、指揮を執れ」
「御意」
数分後、ノヴァルナとテン=カイ、そしてカーズマルスに率いられた特殊陸戦隊一個小隊が、密かに高速クルーザーから降り立った。周囲には汎用アンドロイドが何体かいたが、惑星ジュマの秘密施設と同じように、警備機能は持っていないらしく、どれ一つノヴァルナ達に反応を示さない。
BSD基地の守備隊司令官はラウゼン=ヴェルターという、四十代後半のヒト種の男だった。
階級はジュマ基地のメッツァと同じく大佐。BSIパイロットでもあり、とある星大名に代々仕える武家階級に属していたものの、部下への度重なる暴行を咎められて主家から放逐された、いわゆる“ム・シャーくずれ”である。本来なら『アクレイド傭兵団』の主力、第二階層に居てもおかしくはないが、この経歴のせいで第三階層に置かれている。
「ジュマ基地の状況はどうか? まだ偵察船から連絡はないのか?」
両側にスライドする扉が開き、指令室に入って来たヴェルターは開口一番、連絡が途絶えた惑星ジュマの秘密施設に関する報告を求めた。そしてその足で、通信士がいるコンソールへと向かう。
昨日ジュマ基地から、何者かの侵入があり捜査中という超空間通信が入ったのだが、その後なんの音沙汰も無く、こちらからの呼び掛けにも応答がないため、待機させていた予備の高速クルーザーを、偵察に送っていたのだ。
苛立つヴェルターの問いに通信士が、ホログラムスクリーンに流れる情報を見ながら返答する。
「偵察船はそろそろ、ジュマに到着する頃ですので、間もなく何らかの連絡が、来ると思います」
「チッ…」
ヴェルターが舌打ちするのも無理はない。『アクレイド傭兵団』の最高評議会がミョルジ家との契約を打ち切ってから、残されたこのBSD基地や惑星ジュマの秘密施設などは、個別にミョルジ家との傭兵契約を結んだのである。
これにより個別の責任者となるヴェルターやメッツァは、傭兵団上層部を通さない契約で実入りは大幅に増えるが、傭兵団中央からの支援や保障は得られなくなった…つまり、全てを自分達で処理しなければならなくなったのだ。ジュマの秘密施設からの連絡途絶に、神経を尖らせるのも当然だ。
だが実はジュマの秘密施設から、その後のノヴァルナらによる破壊行為や、“怪獣たち”の襲撃なども、超空間通信で緊急情報として送信されていたのである。
ただ超空間通信は、通常の電波発信のように広域に放出されるのではなく、DFドライヴと同じように、目的地に向けて空間に次元の穴を開けて、その中に情報を送る仕組みとなっていた。
このため最初の通信で“通信路”を探知した、ノヴァルナ配下の潜宙艦『セルタルス3』がその“通信路”上へ進出。自艦の持つ高いステルス機能を応用し、遮断フィールドを展開して、超空間通信を妨害したのだった。秘密施設はその後、“怪獣”によって破壊され、通信機能を失ったのは言うまでもない。
そこへ指令室に数人の男がやって来る。ミョルジ家の家老エフェイド・セノラ=ゼーダッカと四人の側近達だ。ゼーダッカはヴェルターよりやや年上で、白髪交じりの頭髪…いわゆる“ごま塩頭”が目立つ。小柄であり、身長は172センチあるヴェルターの、顎の高さしかない。また四人の側近は三人がヒト種で、一人がノヴァルナの家臣のナルマルザ=ササーラと同じ、ガロム星人である。
「ヴェルター大佐」
ヴェルターに歩み寄ったゼーダッカは、上目遣いで呼びかけた。こちらも苛立ち顔をしている。
「惑星ジュマの施設はどうなっている? まだ連絡がつかんのか?」
「偵察船がもうすぐジュマに到着します。じきに何かしらの情報が入るはずです」
ヴェルターは今しがた通信士が言った事と、ほとんど同じ言葉をゼーダッカに返す。その眼は面倒臭げだが口調は丁寧だ。ミョルジ家の家老のゼーダッカは、主君である“三人衆”から、バイオノイド:エルヴィスの“管理と運用”を任されており、ヴェルターやメッツァの事実上の雇い主であった。となれば面倒臭くても、無下にはできないというものである。するとゼーダッカは、硬い口調で念を押して来た。
「エルヴィス陛下は、近日中に始まるであろう、ウォーダ家との決戦に備えなくてはならぬ御身。すぐに次の生体組織を、ご用意せねばならぬのだぞ」
「それは重々理解しております」とヴェルター。
ウォーダ家との決戦とは無論、“ミョルジ三人衆”が戦力を集中させたセッツー宙域の、アクダーヴァン星系へ向かおうとしている、ウォーダ家を中心とした星帥皇ジョシュアの、皇国直轄軍に対する迎撃戦を指す。
セッツー宙域はこのBSD基地にいるエルヴィスが、NNLシステムを掌握したままであり、皇国直轄軍の数的有利を覆す事が可能であった。だがエルヴィスの健康状態が低下すると、NNLシステム制御も低下して、皇国直轄軍に数で押し切られる恐れがある。そうならないためにも、ミョルジ家からすれば、エルヴィスの健康状態を是が非でも、安定させる必要があったのだ。
そこへ通信士が、待ち望んでいたジュマに派遣した偵察船から、連絡が入った事を告げた。ヴェルターとゼーダッカは揃って、通信士に振り向く。
「ジュマ基地に異常事態確認との報告です。光学観測、最大望遠で映像が届いております」
「メインスクリーンに転送しろ」
ヴェルターの言葉に指令室の大型ホログラムスクリーンへ、偵察船が送って来た画像が映し出された。怪獣達に破壊された惑星ジュマの秘密施設だ。
「なんだこれは!?」
ヴェルターとゼーダッカは声を揃えて言った。
▶#06につづく
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