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第11話:我、其を求めたり

#03

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 キノッサの言葉にソークンは、「ほう…」と声を漏らす。

「民のため…と申されますか? ノヴァルナ様は」

 キノッサは「はい」と応じて頷いた。

「オ・ワーリ、ミノネリラ、そして皇都キヨウをはじめとするヤヴァルト。戦場となったこれらの宙域では、救済が必要な領民が多数おります。財政出動をまず行うべきはこちらである…というのが、ノヴァルナ様のお考え。無論、軍の整備もございますれば、資金など幾らあっても足りるものではございません」

「また綺麗事を仰せになる」

「綺麗事でも事実にございます」

「ふむ…」

 大して興味も無さそうに息をついたソークンは、一応…といった空気を纏いながら、キノッサに問うた。

「ちなみに…ノヴァルナ様は如何ほどの額を、ご所望でしょう?」

 キノッサはソークンの問いに、こういった場合の主君ノヴァルナの振る舞いを真似て、驚くべき額をさらりと言った。

「なに、ほんの三千万リョウにございます」

「!!………」

 ソークンは額を聞いて、表情こそ変えなかったが、こめかみに冷たいものが流れるのを感じた。三千万リョウ…別の世界の別の時代のとある惑星文明では、“六十兆円”に換算される額である。宙域一個分の経済力を有する、自治星系のザーカ・イーだが、これだけの額となると流石に、おいそれとは出せるものではない。

「これはまた、大きな金額でございますな?」

 下手な冗談でも聞かされたような口調で、本気で言っているのか確認を取るソークン。キノッサは鷹揚に頷いて、ノヴァルナの意向を伝える。

「ザーカ・イーの財力からすれば、三千万リョウなどはした金でございましょう。それで星系周辺の治安維持が出来るならば、安いものではございませんか」

「治安維持ですと?」

 話が怪しげな方向へ向かい始めたのを感じ、ソークンは怪訝そうに言う。するとキノッサの顔に、僅かな笑みが浮かぶ。

「はい。『アクレイド傭兵団』中央本営艦隊を、年間三千五百万リョウで星系防衛に雇っておられましたようですので、それよりは格安にさせて頂いておりまして…当家の方が良心的ではないかと」

「む…」

 ここに来てノヴァルナの真意に気付くソークン。ノヴァルナはアン・キー宙域へ移動した、『アクレイド傭兵団』本営艦隊に代わり、ザーカ・イー星系の防衛役を買って出ようというのだ。契約金額などは、ウォーダ家に寝返ったミョルジ家の、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガ辺りが漏らしたのだろう。

 
※※※※――――――


「まるで、タカリじゃないッスか」

 これはキノッサがこの任務を仰せつかった際、ノヴァルナに向けて放った言葉である。ノヴァルナがアルワジ宙域に出発する直前の、総旗艦『ヒテン』での一場面だった。

「タカリたぁ、なんだ。人聞きの悪ぃ」

 人聞きが悪いと言いながら、当のノヴァルナ自身も悪い表情で応じる。

「だってそうでしょ? “悪いヤツから守ってやるから、カネよこせ”って、要はヤクザの“みかじめ料”って事ッスよねぇ」

「星大名ってもんは、ヤクザな稼業よ」

 胸を反らしてあっけらかんと言い放つノヴァルナに、キノッサは溜息交じりに言葉を返す。

「モルタナさんみたいに、カッコ良く言いたいだけっショ、それ」

 ノヴァルナは「うるせー」と言って苦笑いを浮かべ、「いいか、コイツは駆け引きってヤツだ」と続ける。

 以前、ノヴァルナがキノッサに告げた、“基幹艦隊司令官に登用するための大仕事”が、この話であった。この案件でのノヴァルナの最終目標は、自治星系であるザーカ・イーをウォーダ家の直轄領にしようという、大胆な…いや、大それたというべきものだ。

 ザーカ・イー星系は元は星帥皇室直轄の荘園―――植民星系だったものが、驚異的な経済成長を経て、およそ百年前の“オーニン・ノーラ戦役”時代に、莫大な額を支払って自治権を獲得。それ以来、ザーカ・イー星系の自治権は不可侵のものとなっていた。ノヴァルナはこれを統治下に置こうというのである。

 その理由はやはり、ザーカ・イーの経済力だ。

 オ・ワーリ宙域統一後からのイマーガラ家侵攻、ミノネリラ宙域征服、そして新たな星帥皇ジョシュアの上洛戦と、財政を圧迫する事態が数年の間に連続で発生したのは事実であり、戦乱で乱れた宙域社会の立て直しが、急務である事も確かだった。そしてそのために、急な増税などで領民に負担を強いる事はしたくないのも、ノヴァルナの本音だ。逆に支援を行って民間は民間で経済を回させた方が、復興は早まるという考えからである。
 そこでザーカ・イーの経済力であった。これを直轄領とする事により、ヤヴァルト宙域などの皇国中央部の復興に、資金を当てようというのだ。ザーカ・イーは皇国中央部の経済圏に属しており、その中で資金を回すのであるから、ザーカ・イー自身にとっても、悪い話ではないはずだった。

 そしてその交渉を任されたのがキノッサである。“スノン=マーダーの大空隙”に一夜城を出現させたり、名軍師デュバル・ハーヴェン=ティカナックを、ウォーダ家へスカウトした事以上の、大役だと言っていい。これに成功すれば、褒美に基幹艦隊を与えられてもおかしくはない。
 
 だがヒントはノヴァルナから得たものの、どう交渉するかはキノッサ次第という事である。戦略的に見ても、今後のウォーダ家の政策指針に大きな影響を与えるものだ。それでいてそんな重要な外交事案を、キノッサに丸投げする辺りがノヴァルナの豪胆さ…と言えなくもない。
 もっとも当のノヴァルナ自身が、バイオノイド:エルヴィスに直接会うために、単身に近い状態で、敵の勢力圏深くまで潜入しているのであるから、ザーカ・イーとの交渉に臨むのは不可能だった。

 このような無茶な行動をノヴァルナがとったのは、どちらの事案もウォーダ家とミョルジ家の決戦が直前に迫った、このタイミングで実行する必要があったためである。周辺の耳目がこの決戦に集中している今が、ノヴァルナにとっても、大きな賭けに出るチャンスであったのだ。



 一方のソークン=イーマイアからすれば話の流れから、キノッサの目的がカネの無心むしんに来た事であるを知って、最初は幾許いくばくかの金額を与えて、追い返してもよいと考えていた。
 ウォーダ家の隆盛は当然、認識していたし、イーマイア造船の貨物宇宙船を大量に購入してくれている、得意先でもあったからだ。ここは譲って投資と考え、互いに気持ち良く取引を続けていく方が、後々利益になるという判断である。

 ところがノヴァルナが求める金額を、キノッサが提示した途端、これはそういった類の話ではない…と、ソークンは悟った。
 三千万リョウという高い要求額もそうだが、ザーカ・イー星系の防衛任務請負を持ち掛けて来た事で、ノヴァルナは逆にこの星系を、ウォーダ家の戦略構想に組み込むつもりなのだろう。

「………」

「………」

 向かい合わせに座り、無言で相手の腹を探り合うキノッサとソークン。するとしばらくしてソークンは、両手でポン…と膝を軽く叩いてソファーから立ち上がり、静かに告げる。

「今日はここまで…ですな」

「そう致しましょうか」

 キノッサも、すぐに答えが出るような問題ではない事は承知しており、今日のところは軽いジャブの応酬に留めておくつもりであったのだ。

「近くにホテルを用意させましょう。少し予定が立て込んでおりまして、次の会見まで少々日を置く事になりますが、宿泊代は当方で持ちますので、市内観光などしてお待ち頂ければ幸いです」

 嫌なら帰れ…という意味合いも込めての、ソークンの言葉だと察するキノッサ。しかしそれも織り込み済みだ。主君譲りの“すっとぼけ”で飄々と応じた。



「これはありがとうございます。事のついでに観光名所など教えて頂ければ、とても有難く―――」





▶#04につづく
 
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