銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
267 / 386
第11話:我、其を求めたり

#01

しおりを挟む
 
 十八個もの周回惑星を持つアヴァージ星系、アターグ家が支配するアルワジ宙域の首都星系である。領民が都市を建設して居住しているのは、ハビタブルゾーン内にある第四惑星と第五惑星だが、鉱物資源が豊富だが高温の第三惑星にも、地下に鉱業都市が建設されている。

 その十八個の周回惑星の十六番目にあたる惑星が、バイオノイド:エルヴィスが治療を続けている、BSD(バイオノイド・シンセサイジング・デヴァイス)が置かれている地だ。青いメタンガスで大半が構成された第十六惑星は、自転軸が星系の主恒星アヴァジアに対して九十度となっている、特異な惑星であった。

 この星を目指して、超空間転移を行って来たのが、ノヴァルナ達を乗せた『アクレイド傭兵団』の高速クルーザーである。
 星系最外縁部の第十六惑星公転軌道のさらに外側で、ワームホールが発生し、先行して姿を現した探査プローブに続いて、流線形の船体を二つ並べて結合させた、双胴型の宇宙船が飛び出した。

「転移完了。ディメンション・アウト、成功です」

「全システム異常なし」

「惑星間航行速度、32.8に設定」

 高速クルーザーのコントロールルームで船を操る、電探士、航宙士、機関士からの報告に、船長は頷いて「第十六惑星到着までの、時間を算出」と指示を出した。全員が『アクレイド傭兵団』の着衣を身に着けているが、中身はノヴァルナの家臣カーズマルス=タ・キーガー配下の、特殊陸戦隊員に入れ替わっている。

 そこへカーズマルスを連れたノヴァルナがやって来る。

「うす」

 右手を挙げて、軽い調子でコントロールルームへ入って来た主君に、陸戦隊員達は皆が一斉に席を立ち、直立不動で対応した。しかしノヴァルナは「いいって、いいって、普段通りやりな」と面倒臭げに言い、挙げていた右手をヒラヒラさせて、隊員達を席に着かせる。

 ただそんなノヴァルナも、コントロールルームの中央に浮かび上がる、航法ホログラムに視線を移すと眼差しは真剣になった。ホログラムが映し出しているのは、バイオノイド:エルヴィスが待つ、目的地の第十六惑星。
 当初は勝手に押しかけてエルヴィスと会見を行い、場合によってはセッツー宙域のNNLシステム支配の放棄に伴って、エルヴィスの身の安全の保障と、ミョルジ家との和睦も考えていたノヴァルナだったが、アターグ家の思惑もあって、今はエルヴィスをこの星系から、連れ出す事も考えなくてはならなくなった。

 船長役の隊員に問い質すノヴァルナ。

「第十六惑星に着くのは、いつになる?」
 
 ノヴァルナの問いに航宙士役の隊員が素早く航法計算を行って、第十六惑星への到着時間が約七時間後である事を報告する。結構な時間に思えるが、惑星の公転軌道は外縁部に行くほど間隔が広がっているため、高速クルーザーらしくむしろ早い方であった。

「周辺に他の船などの動きはあるか?」

 カーズマルスの問いには電探士が応じる。

「本船の探知圏内では、交易船の二個船団の反応があるのみ。二個船団とも超空間ゲートへ向かっている模様」

 このアヴァージ星系はアルワジ宙域の首都星系であるから、当然ながら銀河皇国の超空間ゲートが設置されていた。だがノヴァルナ達を乗せた高速クルーザーは、ゲートを使っていない。これはゲートが惑星ジュマのあるユラン星系には、まだ建造されていなかったからだ。
 なおコントロールルームの航法ホログラムには、星系内を航行するその他の船の情報もマーカー表示されている。これはこの船が『アクレイド傭兵団』のもので、NNLの全面接続が可能になったためである。
 そしてこの交易船団マーカーの中には、『パリウス宙運』の表示もあった。こちらを支援するための、モルタナ=クーギス指揮下の偽装交易船団だ。ほぼ予定通りの位置を航行している。

「潜宙艦はどこにいる?」とカーズマルス。

「探知は不可能ですが、時間的に見て、第十六惑星の近くにいるはずです」

 隠密性が命綱の潜宙艦であるから、作戦行動中は余程の事態でも無い限り、連絡を取って来て、自分の所在を明らかにすることは無い。しかし逆に言えば、何の連絡も無いというのは、作戦通りに動けている事を示している。

 そこへ通信士役の陸戦隊員が、目的地の第十六惑星を回る衛星から、データリンクを求めて来ている事を告げた。自動誘導のためだ。

「如何致しますか?」

 カーズマルスが振り向いて尋ねると、ノヴァルナは「いいんじゃね」と軽く応じる。ここでデータリンクを拒否すれば、かえって怪しまれるだけだ。それに、惑星ジュマで潜宙艦『セルタルス3』がこの船を拿捕した際、船のデータバンクは全て解析し、拿捕された事を含む自動航宙記録は、改竄処理を完了していた。

 ノヴァルナの指示でデータリンクを行うと、さらに先方から通信が入る。

「先方から、“ジュマ基地との恒星間通信が不通となっているが、何か知らないか”と、尋ねて来ていますが、どう返答致しますか?」

 通信士の問いに、ノヴァルナはあっけらかんと応じた。

「んなもん、すっとぼけとけ」

 良く言えば豪胆、悪く言えばいい加減なノヴァルナの物言いだが、根拠もなくそう言っているわけではない。高速クルーザーがジュマを脱出しようとしたのは、時間的に秘密施設を、“怪獣”が襲撃し始めたタイミングであり、航宙記録のデータ改竄によって、通常通りの手順で施設から発進した事にされているからだ。

「BSDコントロール。こちらクルーザー311。当船は通常体制で発進した。その後の基地の状況に関しては不明」

 通信士役の隊員がそう応じると、少しの間を置いて「了解した」と返答がある。少し間が開いたのはおそらく、データリンクから航宙記録をスキャンしたのだと思われる。そしてさらに先方から通信。

「“E検体”の受け入れ準備は完了している。当方の誘導に従い接近せよ」

 これを聞いてカーズマルスと陸戦隊員達は、小さく息をついた。ノヴァルナも表情こそ変えはしていないが、軽く胸を反らして内心で呟く。

“第一関門はクリアか…”

 テン=カイから得た情報ではバイオノイド:エルヴィスを製造し、現在は死滅組織の復元に使用されている、BSD(バイオノイド・シンセサイジング・デヴァイス)基地は、第十六惑星惑星を回る三番目の衛星にあるという事だ。そして大半が自動化されて、配置されている人員の数も少なく、特に『アクレイド傭兵団』の中枢部が、ミョルジ家との関係を解消してからは削減がさらに進み、防衛戦力も第三階層に属するBSI部隊が二個中隊。それに宙雷艇二個戦隊と、かなり弱体化している。
 この弱体化は、防衛の主体をミョルジ家一門のアターグ家が担っていたからで、その反動で、現有の防衛戦力が低くなっていたのだ。しかしその弱体化した防衛戦力であっても、今ノヴァルナが乗っている非武装の高速クルーザーにとっては、圧倒的な脅威であった。そう言った意味では、NNLのデータリンクが無事行われたのは、当面の危機が去った事を示している。

 ただ油断はならない。BSD基地の『アクレイド傭兵団』は、すでに惑星ジュマの施設に異変が起きた事を察知しており、今頃は状況把握の調査隊が送られている可能性がある。破壊されたジュマの秘密施設のシステムが再稼働出来た場合、高速クルーザーの航行データが、改竄されている事が発覚するのは確実だ。

 腕組みをして前を見据えたノヴァルナは、コントロールルームの陸戦隊員達に、きっぱりとした口調で告げた。

「いいか。ヤバくなったら、途中でほっぽり出して全速でとんずらすっからな!!」




▶#02につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の城 ~若き日の信長とその母・土田御前をめぐる物語

くまいくまきち
歴史・時代
愛知県名古屋市千種区にある末森城跡。戦国末期、この地に築かれた城には信長の母・土田御前が弟・勘十郎とともに住まいしていた。信長にとってこの末森城は「母の城」であった。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...