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第10話:シンギュラリティ・プラネット
#22
しおりを挟むブラグ・ジルダン=アターグの名を出した事で、テン=カイは合わせてこの人物の意図するところを、ノヴァルナに打ち明けた。
「ブラグ様は、ウォーダ側につく事を望んでおられます」
「俺の方へ寝返りたい…と?」
“寝返り”という聞こえの良くない言葉を避けたテン=カイに、言い回しなどに興味はないノヴァルナは、そのものズバリな問い掛けをする。テン=カイは仕方なく頷き、話を続けた。
それによると、ブラグ・ジルダン=アターグは、主家であるミョルジ家の現状を良くは思っておらず、皇都進攻の本来の目的であった星帥皇室の廃止と、新たな政治体制による改革など忘れ、『アクレイド傭兵団』の事実上の言いなりと化している事が、許せないらしい。
特にナーガス=ミョルジ、ソーン=ミョルジ、トゥールス=イヴァーネルのいわゆる“ミョルジ三人衆”が、ミョルジ家を運営するようになってからは、三人とも先代のナーグ・ヨッグ=ミョルジ以上に私利私欲に走り、皇国の政治体制の改革どころか、『アクレイド傭兵団』が持ち掛けた“バイオノイド:エルヴィス計画”を強引に推進したことが、怒りを招く要因となったようだ。
するとここまで聞いた時、ノヴァルナは一つの疑問を呈した。
「ちょい待った。アターグ家はエルヴィスの存在に、批判的って事なのか?」
テン=カイは「はい」と、短く答えるだけだ。
「じゃあなんで、自分が統治するこの宙域で、エルヴィスを作り出した?」
ノヴァルナが疑問に思うのも当然である。バイオノイドの偽皇エルヴィス・サーマッド=アスルーガを“製造”した、バイオニクス・シンセナイザーはこの宙域の首都星系アヴァージにあり、アターグ家の管理下に置かれているはずなのだ。さらなるノヴァルナの問いに、テン=カイは静かに応じる。
「それについては、現当主のブラグ様ではなく、父君で先代のフーバン様が是非にと、建設を求められたからにございます」
ブラグ・ジルダン=アターグの父、フーバン・イスケンデル=アターグはブラグと違い、兄にあたるナーグ・ヨッグ=ミョルジに長年仕えて忠義を尽くしていた。
その忠義心からバイオノイド:エルヴィス計画にも賛同し、自分が統治するアルワジ宙域に、エルヴィス製造用の施設の建設を求めたのである。
しかしその忠義は、心を病んだナーグ・ヨッグの猜疑心によって打ち砕かれた。謀叛を疑ったナーグ・ヨッグにより、フーバンは暗殺されたのだ。
…となると、ブラグ・ジルダン=アターグの寝返り希望は宗家のミョルジ家や、自分の統治領域にいまだ勢力圏を維持している、『アクレイド傭兵団』との完全な決別が目的で、バイオノイド:エルヴィスとの会見は、寝返りへの手土産といった辺りであろうか、とノヴァルナは考えた。
ただ、そこから先のテン=カイの話を聞くと、どうやらそうではないらしい。
「実は…エルヴィス陛下御自身が、ノヴァルナ様との会見をお望みなのです」
「なに?」
訝しげな表情になるノヴァルナ。淡々と答えるテン=カイ。
「陛下のお望みを聞かれたブラグ様が裏から手を回し、マツァルナルガ殿の食客となっていた私が、“現地協力者”としてノヴァルナ様をご案内する…これが今回の計画の実像です」
「ブラグ殿は、エルヴィスがお荷物なんじゃないのか?」
「いいえ。さような事はございません」
アヴァージ星系の第十六惑星にあるという、エルヴィスを“製造”したバイオ・シンフォナイザーは、いまだ『アクレイド傭兵団』が所有しており、領主のブラグにとっては目の上の瘤に等しい。
ましてや今は身体機能が低下したエルヴィスが戻って来ており、最終的にはこのアルワジ宙域まで、ジョシュアの正統皇国軍に攻め込まれる可能性が、高まっているのだ。宗家に批判的で寝返りすら考えているなブラグからすれば正直、エルヴィスは迷惑な存在なはずである。
「どういう事だ?」
「今のブラグ様は、エルヴィス陛下を…哀れに思っておられます」
“哀れ”という言葉を使う事に、少し躊躇いを感じられたのは、このテン=カイという謎の人物の、核心に触れる部分なのだろう…ノヴァルナはそう思った。もしかすればこの男は、数少ないエルヴィスの直臣なのかもしれない…とも考える。
「哀れに…?」
「今のエルヴィス陛下はご自分が何で、何のために造られたのかをご存じです」
「ほう…」
ノヴァルナが得た当初の情報では、エルヴィスは製造時に偽の記憶を植え付けられ、自分を前星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの、双子の弟だと思っているとされていた。だが現在は自分の素性―――バイオノイドである事を、知っているようだ。
「ブラグ様がエルヴィス陛下に、真実を告げられたのです」
「………」
テン=カイの言葉に、ノヴァルナは無言で頷いた。真実という物言いにはおそらく、エルヴィスに自身の死が近い事をも、告げているに違いない。そして惑星ジュマの秘密施設にあった、エルヴィスの生体組織を合成するバイオ・マトリクサーも今は、破壊されているはずだ。
エルヴィスの存在は煙たいブラグだが、『アクレイド傭兵団』とミョルジ家の野望の道具として生み出され、利用されるだけの立場には、同情を禁じ得ないのだろう。そんなエルヴィスが死を目前にして、ノヴァルナと会う事を望んだなら、それを叶えてやろうとしてもおかしくはない。
いや、皇国科学省のクローニングデバイスを応用すれば、マトリクサーやシンセサイザーが無くとも、エルヴィスを再生する事が可能かもしれない。連れ出す事が出来れば、の話だが。
「もし俺達がエルヴィスを、アヴァージ星系から連れ出そうとした場合、ブラグ殿は…アターグ家はどう出る?」
テン=カイに問うノヴァルナ。対するテン=カイはすでに、答えを用意していたようだ。
「騒ぎが大きくならない限り、アターグ家は静観するはずです。しかし『アクレイド傭兵団』の方は、そうも参りませんでしょう」
道理ではある。ミョルジ家や『アクレイド傭兵団』は、まだエルヴィスの戦略的価値は認めており、特にミョルジ家が支配するセッツー宙域とその周辺は、いまだNNLシステムをエルヴィスが掌握していた。ここへウォーダ軍を引き込んで、自軍に有利な状況で決戦を行うのが、ミョルジ家の戦略となっている。
一方でアターグ家は現実的に考えると、ミョルジ家の勢力圏内に支配宙域があるため、いまウォーダ家への寝返りを公にして、宙域内にいるノヴァルナへの支援を行っても、袋叩きに遭うだけだ。したがってここでノヴァルナがやっている事を、見て見ぬふりをするという“消極的支援”にとどめるのは、妥当な判断だとも言える。星大名とは、自分の統治する宙域の領民を守る事も当然に重要で、わざわざ戦火を自国に広げるような真似はしないものだ。
「つまり、ジュマの施設を破壊したように、俺達が『アクレイド傭兵団』の連中相手に暴れるのは、勝手にやってくれ…ってわけか」
「そういう事になります」
頷くテン=カイを見て、ノヴァルナは思った。『アクレイド傭兵団』の秘密施設を破壊したのは、むしろコイツらにとっても好都合だったんじゃないか…と。生体組織を合成する事が出来なくなれば、エルヴィスが生きようと思うなら、ノヴァルナに同行してキヨウへ向かうしかない。
「わかった」
そう応じたノヴァルナは、コントロールルームに連絡を入れ、停船させていた高速クルーザーを、アヴァージ星系へ向けて超空間転移させるよう命じた。そしてテン=カイに向き直り、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「あんたらの思惑に乗ってやるぜ」
【第11話につづく】
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