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第10話:シンギュラリティ・プラネット
#18
しおりを挟むさらにオーガーは、残る手下達にも強い口調で指示を与える。
「“おまえ達は先に船に乗れ。いま積んでいる分だけでも持ち帰る。すぐ飛ばせるようにしておけ! 急げ!”」
本心では早く逃げ出したかったピーグル星人達は、この指示に“待ってました”とばかりに走り出した。オーガーはドン・マグードの眼の前に転がっていた、愛用の黒い金属製六角棍を拾い上げ、ドン・マグードを両側から肩に担いだ二人に声を掛ける。
「“俺達も行くぞ。だが急ぎ過ぎるな”」
ここへ来て急に、的確な動きを見せ始めるオーク=オーガー。離着陸床の基部では、アングルアードの棘付き尻尾の一撃を、小振りな方のゴーデュラスが頭部にまともに喰らい、片目を潰されて退散を始めた。さらに振り回した尻尾が、離着陸床の支柱の一本を破壊。プラットフォームの傾きが大きくなる。破孔から噴き出す煙の量も増え、視界はひどく悪い。
とその時であった―――
六角棍を強く握りしめたオーガーが背後を振り向きざま、ドン・マグードを肩に担いでいた手下の一人の側頭部を、力任せに殴りつけた。怪力自慢のオーガーの打撃を喰らった手下は、頭蓋骨を砕かれて即死。両脚の潰れたドン・マグードと一緒に、その場でへたりこむように崩れ落ちる。何事が起きたのか即座には理解できずに、茫然となったもう一人の手下も、オーガーは容赦なく撲殺した。
「“うぐぐ…オ、オーガー…何の真似だ!?”」
プラットフォーム上に倒れたドン・マグードが、乱心したように見えるオーガーを見上げて咎める。するとオーク=オーガーはドン・マグードに、今まで見せた事のない、禍々しい表情を向けて言った。
「“いやなに、こんなせっかくのチャンスを、逃がす手は無いんでねぇ”」
「“な…なんだと?”」
「“俺が麻薬草の種を持ち帰る…これで俺が、あんたの後継者レースのトップに、躍り出るって話さ”」
「“おまえ!!…”」
オーガーの口ぶりには、ドン・マグードの最期をも予感させる響きがある。組織のトップの象徴でもある、黒い六角棍をドン・マグードに向けて振り上げ、口許を歪めながら言い放った。
「“今まで散々、俺の事を小馬鹿にしてくれたよなぁ…”」
そして貨物宇宙船のタラップを駆け上がって来たオーク=オーガーは、ブリッジに飛び込んで、発進準備を完了していた手下達に告げたのである。
「“駄目だ、ドン・マグードは死んだ。すぐ離陸しろ!!”」
ピーグル星人の宇宙マフィアが、グラン・ザレス宙運から借り受けていた貨物宇宙船は三隻だったが、プラットフォームに並んだ三隻のうち、離陸したのは二隻であった。残る一隻はコンテナが空っぽの状態であるため、放置されたのだ。
オーク=オーガーとマフィアの手下達を乗せた二隻は、舳先を下げ気味にして空へ舞い上がる。だが次の瞬間、地底怪獣アングルアードに体当たりされた、巨大怪獣ゴーデュラスが後ろによろめいた。すると後頭部が一隻の貨物宇宙船に激突、バランスを崩した貨物宇宙船は、プラットフォームに叩き付けられる。そしてさらに地表へ落下して、動力部から炎を噴き出した。
ただこれも運命の悪戯と言うべきであろう。危機を脱して上昇を開始する、もう一隻の貨物宇宙船の方に、オーク=オーガーは乗っていたのである。
「ムハッシャ・サッシュッ!!」
船を操縦している手下を急かすオーガーを乗せ、生き残った貨物宇宙船は加速を続けると、惑星ジュマの大気圏を離脱する。ここでも運命の悪戯か、ピーグル星人の宇宙船のコースは、アヴァージ星系行きの高速クルーザーを捕えた潜宙艦、『セルタルス3』の探知できない、惑星ジュマを挟んだ反対側だった。
「“ここまでくりゃ、安心だろ…”」
船の後方ビュアースクリーンに映る、段々と小さくなってゆくジュマの姿を眺めながら、オーガーは一つ、大きな息を吐いた。すると早くも、ドン・マグードの死によって自分の前に拓けてきた道を想像し、頬の肉が緩むのを感じる。無論、どさくさ紛れに自分が殺害したのだが。
そこへオーガーよりやや格下となる、若手幹部が声をかけて来た。この男も船が安全圏に達したと思い、意識に余裕が出来たのだろう。
「“おいオーガー。ドン・マグードは、本当に死んだんだろうな?”」
今更なにを言ってやがる…と言いたげな眼を、オーガーはその幹部に向ける。
「“ああ。潰れた脚からの出血が酷くてな。俺にコイツを託すと言い残して…死んだ。俺だって、いまだに信じられねぇがな”」
そう応じたオーガーは、ドン・マグードと二人の手下を撲殺した黒い六角棍を、右手に握って見せつける。その六角棍は、彼等の組織のトップの象徴でもあった。しかし若手幹部の男は、双眸に疑いの光を帯びさせたまま、さらに確認する。
「“本当にドン・マグードが、そいつをあんたに託したんだろうな?”」
「“おうよ。嘘じゃねぇぜ”」
平然と言ってのけるオーガー。ただ若手幹部はまだ納得していないようで、さらにオーク=オーガーに問う。
「“ドン・マグードを担いでた二人はどうした?”」
「“もう一隻の方に乗った。船ごと死んだがな”」
これもオーガーには都合のいい出来事であった。二人の手下を自分が撲殺した事を隠すための作り話に、頭を捻る必要が無くなったからだ。そしてオーガーは、黒い六角金属棍の先端を、脅すように…いや脅すために、若手幹部の顔の前に突き付けて、「“そんな事より”―――」と警告する。
「“てめぇも、帰ってからの身の振り方を、考えた方がいいんじゃねぇか?…誰につくかをなぁ”」
オーガーの言葉を聞いた相手は、ピーグル星人の豚の鼻をブゴッ…と鳴らして、身をすくめた。確かにムツルー宙域にある彼等の“縄張り”に戻れば、死亡したドン・マグードの正式な後継者を決める動きが待っている。場合によれば血を見る抗争も考えられるだろう。
後継者候補としては、順位は高くなかったオーク=オーガーだが、偶然にも“改良ボヌリスマオウ”の種子が独占状態になった事で、一気に有力候補となったのである。なぜなら今回の、シグシーマ銀河系の中央部まで来て、“改良ボヌリスマオウ”の種子を持ち帰る事案は、彼等の組織の将来を左右する、一大プロジェクトであったからだ。若手幹部は状況を察した表情になって何度か頷き、それからは何も言わなくなった。
彼等宇宙マフィアの“縄張り”にある惑星パグナック・ムシュには、すでにボヌリスマオウの大規模農園が、『アクレイド傭兵団』と関わりのある『ラグネリス・ニューワールド社』によって完成している。
かつて、人型トカゲの原住民が住むだけで、荒涼として何もない事を皮肉って、ピーグル語で“お宝の山”を意味する、“パグナック・ムシュ”と名付けたその惑星が、ボヌリスマオウ農園によって、本当に“お宝の山”となるのだ。
輸送する種子の量は三分の一になってしまい、当初に想定した新型麻薬“ボヌーク”の精製量まで達するには、些か多くの年月を要するだろうが、そこは我慢するしかない。
それにこれからの組織をどうして行くかは、今回の旅の間、ドン・マグードから散々聞かされていた。“ボヌーク”で稼げるだけ稼いで、ムツルー宙域を支配する有力星大名家に取り入るのだ。アッシナ家かダンティス家辺りがその候補である。
そこからは、取り入った星大名家で上手く立ち回り、自分の植民惑星を手に入れる。そしてかつての母星ピグラオンの爆発で、散り散りになっているピーグル星人を呼び寄せ、王となるのだ。
▶#19につづく
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