銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第10話:シンギュラリティ・プラネット

#13

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 一方、空洞内の施設の混乱が収まる様子は、ここまでまったく見られない。メッツァの懸念通り、第三階層や第四階層の訓練不足や、ほとんど訓練していない兵士では、断続的に起きる爆発に右往左往するばかりだ。

 アサルトライフルを小脇に抱えて焦る様子を隠せずに、侵入者を捜索している三人組の傭兵が、向こうから小走りでやって来る二人の傭兵に声を掛ける。辺りには複数回発生している爆発の煙が立ち込め、ヘルメットを被った相手の顔は、あまりよく見えない。

「おい。どうだ?」

 三人組から訊かれた二人の傭兵は、片方の男が「だめだ。さっぱり見当もつかない」と返答して通り過ぎた。
 ところがその二人の傭兵はしばらく行くと、今しがた三人組に答えたのと別の一人が、サバイバルベストのポケットからタイマー付手榴弾を取り出し、「ポポイのポイっと」などと軽口を言いながら、曲がり角の奥に転がした。

 この状況でそういった軽口を叩きながら、大胆かつ剣呑極まりない行為をするのは、ノヴァルナ以外に考えられない。ノヴァルナはカーズマルスと共に、奪った傭兵の着衣を身に着けたまま、周囲の状況を見ては、タイマー付手榴弾をバラ撒いて回っているのである。

 無謀ともとれる行動であるが、これは一種の心理戦でもあった。今しがた述べた通り、『アクレイド傭兵団』の第三階層や第四階層の兵は、練度が絶対的に低い。傭兵団の兵に変装した侵入者が紛れ込んでいる、という警戒警報に対して彼等は、

“侵入者はどこかに潜んでいて、自分達はそれを探し出さねばならない”

“侵入者は本物の傭兵団の自分達と出くわしたら、逃げ出すはず”

と、勝手な先入観を抱いていた。これが空洞内に立ち込める、煙による視界の不良と相まって、一見すると同じように警戒行動をとっているふうに見える、堂々としたノヴァルナとカーズマルスを、味方だと誤認させていたのだ。

 ノヴァルナが曲がり角の奥へ、勢い良く転がした手榴弾が爆発すると、並走するカーズマルスが、クロノメーターで経過時間を確認して声を掛ける。

「ノヴァルナ様。そろそろ宜しいのではないかと」

「おう。そろそろか」と応じるノヴァルナ。

 ノヴァルナとカーズマルスが行っているのは、破壊活動ではなく陽動…時間稼ぎであった。そもそも手榴弾程度で、この巨大施設を破壊できるはずはない。そしてこの陽動は、その施設を破壊出来る可能性を得るための、布石なのである。
 
 しかしながら、変装して堂々と振る舞い過ぎるのも、考えものであるのは然り。引き上げてノア達と再合流を図ろうとしていたノヴァルナとカーズマルスに、脇道から男の叫び声が聞こえた。

「いたぞ! 俺達の装備を奪った奴等だ!」

 これに振り向けば、二人の男が半裸でこちらを指差している。その周りには二人を発見したらしい五人の傭兵が一緒にいた。『アクレイド傭兵団』の第三階層や第四階層に属する者は半ば私兵で、武器以外の戦闘服や装備品は市販品や、各星大名軍の払い下げを自分で調達している。したがって外見に統一性は無いが、その代わりに個々の判別はつき易いと言える。

「やべ!」

 ここで装備を奪った相手と出くわしたのは、不運な偶然であった。五人の傭兵がブラスターライフルを構えるより早く、ノヴァルナは身を翻してカーズマルスと共に逃走を図る。

「待て!」
「待ちやがれ!!」

 口々に怒声を発した五人の傭兵は、装備を奪われて武装を持たない二人を置き去りに、ノヴァルナとカーズマルスを追い始めた。ろくに走らないうちに一人がライフルを放つが、あてずっぽうであり威嚇以上の効果はない。そしてその程度の威嚇で、逃走を諦めるノヴァルナではない。逃げ足の速さも一級品で、追手をぐんぐん引き離してゆく。身体能力ではヒト種より優れている陸棲ラペジラル人の、カーズマルスも舌を巻くほどだ。

“ノヴァルナ様、なんとお速い。いや…これは速度的な速さというより、出足の速さと言うべきか”

 猛スピードで駆ける年下の主君の背中を追いながら、カーズマルスは考えた。見たところ、ノヴァルナの足の速さは人並みなのだが、敵に見つかった時の初動と、速度の乗せ方が格段に上手い。
 これも才能であって、その才能を伸ばそうとご自分で努力されたのだろう…と、想像したカーズマルスだった。しかし“中途採用”でウォーダ家に来たこの男は、ノヴァルナの逃げ足の速さが実際は、“大うつけ”だの、“カラッポ殿下”だのと呼ばれていたナグヤ=ウォーダ時代に、悪ふざけをしては後見人のセルシュに見つかり、風のように逃げ去る事で鍛えられた事までは知る由もない。

「カーズマルス! あれを分捕るぜ!!」

 走りながらノヴァルナは、前方を指差す。その先にいたのは、倉庫から出て来たカーゴキャリア用の牽引カートだった。“改良ボヌリスマオウ”の種子を運ぶのに使用していたものである。運転しているのはピーグル星人、ドン・マグードの手下に違いない。
 
「そこのカート。止まれ!」

 人が歩くほどのゆっくりとした速度で、倉庫から出て来たばかりのカートの運転手は、いきなり銃を向け脅して来たカーズマルスに驚き、急ハンドル急加速で逃走しようとする。
 しかし、そこへ速度を全く落とさないままのノヴァルナが、カートの上へ駆け上がって来た。慌てて銃を取り出そうとする運転手のピーグル星人を、ノヴァルナは容赦なく蹴り飛ばす。ピーグル星人の特徴の豚鼻を強打した運転手の男は、カートからもんどりうって転落した。気を失ったのか、男はその場で動かなくなる。

 この間にカーズマルスは立ち止まって後ろを振り返り、追手の傭兵達に発砲。敵を物陰に隠れさせて、足止めするための牽制射撃であったが、上手い具合に一人仕留めた。そこにカートを奪い取ったノヴァルナが急ブレーキをかけて呼び掛ける。

「カーズマルス!!」

 カーズマルスは「はっ!」と応じて、さらに敵に向かって三回トリガーを引き、カートの助手席に飛び乗る。即座にノヴァルナがアクセルを踏むと、彼の上体は大きくのけ反った。首を痛めそうな手荒な発進だが無論、命懸けの場面で文句を言うつもりは無い。

 ただノヴァルナとカーズマルスを発見した傭兵達も、訓練不足の第三階層だったものの、当然ながら侵入者発見の緊急通信を発してはいた。ノヴァルナがカートを走らせ始めるとすぐに、施設のあちこちから数人単位で駆け出て来始める。中には今しがたの、ノヴァルナとカーズマルスに声を掛けたが、気付かずに別れた三人組の姿もあった。その三人組も含めて、大半の者が早くもブラスターライフルを撃って来る。だが距離があり過ぎだ。カートを激しく蛇行させて高速で走る、ノヴァルナとカーズマルスに命中するはずもない。

 ヒュンヒュンと行き交うブラスターライフルのビーム。赤い曳光粒子を纏った光の矢は全て、見当違いの場所を飛んでいく。それでもカートのハンドルを握っているノヴァルナは不機嫌だった。

「あー、くそ。やっぱバイクじゃねぇと、調子が出ねぇ!」

 そういう事か…と、助手席で少々呆れ顔をするカーズマルス。我が主君のこの豪胆さは、今も昔も変わらない。実際に初めて出逢った日も、当時はまだ敵とも味方とも分からない、自分達旧ロッガ家特殊陸戦隊と宇宙海賊『クーギス党』に囲まれる中、上着の背中に描かれたウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』を見せびらかし、大見栄きって名乗りを上げたのである。





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