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第10話:シンギュラリティ・プラネット

#06

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 同じ頃、秘密施設外部の離着陸床では、一隻の貨物宇宙船を前に“若かりし頃”のオーク=オーガーが、ピーグル星人宇宙マフィアの首領、ドン・マグードに頭を小突かれていた。

「“おい、オーガー! おまえ、何度言やぁ、俺の話が理解出来るんだ!!??”」

 ピーグル語で怒鳴りつけるドン・マグードが、オーク=オーガーの頭を小突いているのは、巨大な黒い金属製の六角棍である。これはバッグル=ドン・マグードが先代の首領から引き継いだ、代々継がれるピーグル星人宇宙マフィアの、ボスの象徴だった。

「“すっ、すいやせん…”」

「“俺がここまで金を掛けて、パグナック・ムシュに麻薬草のでかい農園を、作ってると思う? 母星を失った俺達ピーグル人に、新しい惑星を与えてやるためだろうが!…今度の取引は、麻薬で小金を稼ぐのが目的じゃねぇ。これを使って、どっかの星大名に取り入るのが目的だ。目先の売人どもの話なんか、ほっとけ!”」

 ピーグル星人は皇国暦1502年に、ムツルー宙域にあった母星であるピグラオンが爆発を起こし、流浪の種族となった。無軌道・無計画な資源採掘が原因とも言われている。ドン・マグードの野望は、銀河皇国のどこかの星大名に取り入り、植民惑星の一つを分け与えられて、それを自分が支配する、ピーグル星人の新たな母星とする事であった。
 
 種族の新たな母星を手に入れるというドン・マグードの目的は、当然ながら自身の野望に根差している。自らがピーグル星人の頂点に立ち、支配者として君臨するというのが、この男の野望である。

 約六十年前にかつての母星ピグラオンを失って以来、ピーグル星人は臨時政府のようなものも存在しないまま、ムツルー宙域を中心に、銀河皇国の幾つかの植民惑星にコミュニティを作って暮らしていた。
 だが当時、このコミュニティは非合法なもので、戦国期に入った銀河皇国の混乱に乗じて、目ぼしい皇国の辺境植民星に、勝手に住みついたのである。

 そんなピーグル星人コミュニティの中で、ダンティス家の植民惑星アデロンに根を下ろした一派は、裏社会全体を牛耳る事に成功。
 さらに、三代目の首領となったドン・マグードは、『グラン・ザレス宙運』との接触を通じて『アクレイド傭兵団』との関係を構築。そこからミョルジ家とも繋がりを持つと、多額の賄賂…献金を用意して皇国中央域のトルダー星系を訪れ、ミョルジ家当主ナーガス=ミョルジと面会。ナーガスを後ろ盾とする新星帥皇エルヴィスより、正式なピーグル星人の銀河皇国参入が認可されたのだった。

 そして『アクレイド傭兵団』との取引で、“ボヌーク”という新たな強力麻薬のムツルー宙域における販売権を得た。ドン・マグードが事実上領有している惑星パグナック・ムシュに、傭兵団が何らかの施設を建設するのを認め、以後も建造物に対して不干渉を続ける、という項目も踏まえてだ。これによってドン・マグードの野望は、その前段階まで届いたといえる。

 ただ野望の達成のためには、自分の後継者を含む優秀な幹部を揃えたい。この辺りは星大名家当主と変わりない。そこでドン・マグードは、若手を中心とした幹部の育成も重要視していた。
 今回この惑星ジュマまで試験的に連れて来たオーク=オーガーも、ドン・マグードの見たところ、有力な若手幹部の一人ではある。まだ幾分体の線は細いが、ピーグル星人の優劣を決め手となる、巨躯である事はクリアしていた。怪力も申し分ない、いずれは組織の首領の証である、六角棍も使いこなすようになれるだろう。

 だが、如何せん頭の回転が悪い。

 思考が短絡的で、要領が悪いのだ。ピーグル星人の欠点が服を着ている、と言ってもいい。先程からの話も、ムツルー宙域の売人組織の優先順位を、どうするかばかりを尋ねて来ている。そんな事よりも大局的に見て、ムツルー宙域に勢力圏を持つ、ダンティス家とアッシナ家のどちらに取り入るべきかを、将来性も踏まえて考えるべきだ。
 
“オーク=オーガー…こいつは凶暴過ぎる、幹部にするとしても、実力行使部隊の隊長役どまりだろうな…”

 腹の中でため息をついて、ドン・マグードはオーガーに伝える。

「“いいかオーガー。もう一度だけ言っておく。俺達の最終目的は、都合のいい星大名に取り入って、俺達ピーグル人の新しい惑星を手に入れる事だ。売人どもの組織の順位とかは、当事者で決めさせておけばいい。それよりも今はまず、パグナック・ムシュの農園を拡大する話が先だ。アデロンに戻ったらすぐ、『ラグネリス・ニューワールド』に連絡を入れるんだ”」

「“わ、わかりやした”」

 本当に分かっているのか、こいつは…という視線で一瞥したドン・マグードのもとに、『アクレイド傭兵団』の男が歩み寄って来て知らせた。

「ドン・マグード。アヴァージ星系行きのクルーザーは、三時間ほどで出発する。そのあと、すぐにコンテナの積み込みに掛かる。予定通り、明日の朝には完了しているだろう」

 ドン・マグードは「わかった」と頷き、プラットフォーム上の貨物宇宙船の一隻を指さして、ピーグル語でオーガーに指示する。

「“この積み込みが終わってる一隻を、先に最終チェックしておけ。人手が勿体ないからな。それとさっきも言ったが、今夜は酒を飲むんじゃないぞ”」

「“承知してます”」

 オーガーの返答を聞いて、ドン・マグードはピーグル星人の豚に似た鼻を、「ブゴッ…」と鳴らした。高い湿度が苦手なピーグル星人に、惑星ジュマの湿気を多く含んだ熱帯雨林の風は忌々しい。額に浮かんだ汗を手首で拭い、宇宙マフィアの首領は、秘密施設の中へ引き上げて行った。



 同じ頃、ノヴァルナ達はどうにか気づかれる事無く、倉庫の最下部まで降りて来ていた。辺りには約三メートル四方の立方体をした、銀河皇国では標準的なコンテナが、ひどく雑に積まれている。またコンテナの間には、宇宙船か何かの部品らしい、スクラップまで集めて置かれてあった。

 ここから反対側の壁の扉までは、積まれているコンテナの裏側を、見つからないようにすり抜けて行くしかない。コンテナとコンテナの間は二メートルほど、だが問題は、その集められたスクラップのある空間だ。その箇所だけコンテナは無く、幅が四メートルほど開けている。集められたスクラップの山は、高さが一メートルほどしかなく、作業員の眼を盗んで立った状態で通過するのは難しい。

“コンテナの間を隙を見てすり抜け、スクラップの山の裏は匍匐前進。それでまたコンテナのすり抜けだな…”

 まるで出来の悪いアクションゲームだ…と、ノヴァルナは口許を歪めた。




▶#07につづく
 
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