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第9話:魔境の星

#29

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 聞こえて来る会話に我慢できなくなり、ノヴァルナは物陰から様子を探るために使用する、ハンドミラーを取り出して、その先端を用心深くプラットフォーム上に突き出した。
 鏡に映ったのは十三人の男。五人はヒト種で、その中の三人は手にアサルトマシンガンを持った兵士。あとの二人は武装はしていないようだ。そして残る八人はやはり豚のような頭部の、ピーグル星人である。その中の二人もアサルトマシンガンを所持しており、護衛役らしい。

「ハスム・モクハシュ・ラハム・シェ・マシェス・ムツルシェ!」

 八人のピーグル星人の中で、一番大柄な男が不満そうに言う。肌が緑がかっているのは、全身に細かな刺青が施されているからであった。このピーグル星人が今の会話にあった、ドン・マグードという名の男だと思われる。態度からしておそらくリーダー格だろう。
 それに応じるのは、筋肉質で金髪を角刈りにしたヒト種の男。大きな鷲鼻が特徴的だ。こちらもこの秘密施設の、幹部以上のクラスに違いない。この二人はネックスピーカーのようなものを、首に装着していた。たぶん言語翻訳機だ。鷲鼻の男がドン・マグードの言葉に公用語で応じる。

「ムツルー宙域へ早く戻りたいのは分かる。だが弁えてもらわねば困るな。貴殿らピーグル人を銀河皇国へ参入させたのは、エルヴィス陛下のご温情によるものだという事を」

 なに!?…と、聞き耳を立てていたノヴァルナは、表情を険しくした。

“エルヴィスがピーグル人に、銀河皇国への参加を認めただと?”

 かつて、ノヴァルナとノアが跳ばされた皇国暦1589年の世界で、麻薬の“ボヌーク”は、ピーグル星人が銀河皇国に参加する際に持ち込んだ、という話であった。その時とは世界線が変化した今のこの世界で、エルヴィスがピーグル星人の銀河皇国への参加を、認めたという事なのであろうか。
 確かに短期間であったが、銀河皇国はエルヴィスにNNLのメインシステムを掌握され、行政執行権を掌握されていた。その間にピーグル星人の銀河皇国加盟の申請を受理し、認可していてもおかしくはない。裏で『アクレイド傭兵団』が関わっていたとなると、ミョルジ家や傀儡に過ぎないエルヴィスを操るのも、容易いはずだ。

 すると不意にピーグル星人のドン・マグードは、銀河皇国の公用語を口にした。喋ろうと思えば喋れるらしい。そしてその発した言葉の中身に、ノヴァルナとノアは仰天する。


「おい、オーク=オーガー。おまえはどう思う?」


オーク=オーガー!―――


 その名はノヴァルナとノアにとって、忘れ得ない名であった。

 イースキー家やイマーガラ家など、宿敵と呼ぶべき相手は多いが、それらは全てウォーダ家全体に対する宿敵であって、ノヴァルナとノアの個人的な宿敵と言えばオーク=オーガーを置いて他にはない。“ボヌーク”売買取引の元締めにして宇宙マフィアのボス。そしてムツルー宙域星大名アッシナ家から、惑星アデロンの支配を任された代官だったピーグル星人で、ノヴァルナとノアの前に、幾度となく立ち塞がった悪党である。

 だがオーク=オーガーは、ノヴァルナとノアがこちらの世界に戻る際に、死んだはずであった。同姓同名の別人…であろうか。怯懦の表情を見え隠れさせるノアの肩を抱き支え、ノヴァルナはハンドミラーの向きを変えた。

「ガフル・サシュ・シャルムシェ」

 ドン・マグードの問い掛けにピーグル語で答えたその男は、大柄のピーグル星人である。厳めしい顔つきは豚というより猪…見た目こそ、自分とノアが知っているピーグル星人より若く、体型も記憶より細いが、間違いなく…ムツルー宙域で自分達を散々苦しめた、あのオーク=オーガーだった。当時は顔全体に施していた、幾何学模様を思わせる顔の刺青は、まだ半分ほどしか無い。

「なんだ、その歯切れの悪い返事は? おまえも俺の後継者候補の一人だろう!」

 公用語でドン・マグード叱りつけると、オーク=オーガーという名のピーグル星人は、バツが悪そうに頭を掻く。それを見てノヴァルナは状況を概ね理解した。

 あのオーク=オーガーはかつて自分達が戦って斃した、皇国暦1589年のオーク=オーガーではなく、この皇国暦1563年のオーク=オーガーなのだ。つまり惑星アデロンの代官でも、麻薬マフィアのボスでもなく、まだドン・マグードというボスに従う、幹部の一人という事なのだろう。

「分かってるのか、オーガー。これでようやく俺達のパグナック・ムシュでも、ボヌリスマオウが栽培できるようになるんだぞ! こいつはその始まりとなる、一回きりの大事な積み荷なんだ!」

「すっ…すいやせん。ドン・マグード」

 若いオーク=オーガーは怒鳴りつけられて、公用語で返答しながら頭を下げる。のちのオーク=オーガーの凶暴ぶりを知る者にとっては非常に珍しい光景だが、そのような話より重要だったのは、ドン・マグードの“これでようやくパグナック・ムシュでも、ボヌリスマオウが栽培できるようになる”という言葉であった。つまり今の時点では、ムツルー宙域に“ボヌーク”は存在していない事を示している。
 
 するとドン・マグードは大きな身振りを加えながら、さらに言葉を発する。しかし今度はピーグル語であったため、ノヴァルナには理解できない。

「ラス・シャッシュ・モラフ・バフ・ロッシュ。メラシェ・“ヴォヌケッシェ”・エッパム・シェ・マフーサ。ルアシェ・“ムツールシェ”・シュラシュ!」

 自分の発言で自分の機嫌を直したのか、言い終えたドン・マグードは「ガハハハハ!」と笑い声を発する。ノヴァルナはピーグル語の分かるノアに振り向いた。そのノアは一点を見詰め、困惑と混乱が入り混じった表情をしている。

「どうした?」

 小声で問い掛けるノヴァルナに、ノアは表情そのままの口調で、ドン・マグードの言葉の意味を伝えた。

「あの三隻の貨物船には、これからパグナック・ムシュで栽培が開始される、ボヌリスマオウの改良種の種子が、積まれるらしいわ」

「なにっ!?」

「“ムツルー宙域は自分達のものだ”って言ってる…でも、まさかこんな所で、こんな偶然が起きるなんて…」

 それがノアの困惑と混乱の理由であった。そしてそれは無理もない。こちらの世界の、まだ若いオーク=オーガーと遭遇するのだけでも、恐るべき確率で発生した偶然であるのに、皇国暦1589年のムツルー宙域で蔓延していた、“ボヌーク”の原料となる、ボヌリスマオウの種子を積んだ貨物船を、指呼の距離に置いたのである。これを知らされたノヴァルナも、当然ながら戸惑いを見せた。

「冗談にしたって、出来が悪すぎるってもんだぜ…」

 そう呟くノヴァルナと、薄気味悪そうに自分の左の二の腕を摩るノア…そんな二人の姿を、やや離れた位置からテン=カイがじっと見ていた。黒いホログラムスクリーンに隠された顔の表情は掴めないが、この謎の人物には、今の状況に想うところがありそうに感じられる。

 それでも、すぐに発想を切り替えられるのが、ノヴァルナの持ち味である。

“やっぱコイツらは、ここで潰しておくべきだろ”

  神の采配か運命の悪戯か。いずれにせよこれは、将来的な銀河皇国とムツルー宙域でのための、千載一遇の機会である事には違いない。ノヴァルナの頭脳は回転を速め始める。
  この夫の心境の変化に気付いたノアは、小さく溜息をついた。そもそも“今やるべきと思った事をやる”のが、夫の根幹の考え方なのである。ただそのためには、本来の目的を捨てる覚悟が必要だろう。

“これはエルヴィスと会うのは、無理そうかも…”

 それがノアのため息の理由だ。ところがノヴァルナは“二兎を追うこと”を、諦めていないらしい。お得意の“悪だくみ”を思いついた眼になって、ノアに不敵な笑みを投げかけた………







【第10話につづく】
 
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