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第9話:魔境の星

#28

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 何とか農園内に入る事が出来たノヴァルナ達は、アクレイド傭兵の三人が使ったエレベーターではなく、そのシャフトの裏側に設置されている非常階段で、プラットフォームの上へ向かった。
 その途中でボヌリスマオウ農園を見下ろすと、汎用アンドロイドが何体も動き回り、ボヌリスマオウの世話をしているのが見て取れる。そこからさらにノヴァルナは改めて、注意深く農園そのものを観察した。

 そして非常階段からの俯瞰で初めて気づいたのは、長方形のエリアで区切られたボヌリスマオウの区画の幾つかが、他に比べて葉の緑が濃くなっている事だ。五つに分かれた葉の形状も幾分細く丸まっていて、長くなっている。それが何を示しているかに思い至ったノアが、「ノヴァルナ。あれって…」と声を掛けた。「ああ」と頷いたノヴァルナは、妻の言いたい事を代わって声にする。

「あれは…あの未開惑星で栽培されていたのと、同じ種類だな」

 葉の形状と色が違うものが植えられた区画。それはこの惑星の原生種から改良されたボヌリスマオウであった。ノヴァルナとノアが皇国暦1589年のムツルー宙域、惑星パグナック・ムシュで見付けたボヌリスマオウの農園で、栽培されていたのと同じ種類のものだ。

 パグナック・ムシュは乾燥した荒涼な惑星であり、この惑星ラジェとは真逆の環境であった。そのような環境下でボヌリスマオウの栽培を可能とするのが、この秘密施設に設置されているという、対象の遺伝子に人為的操作を行う“バイオマトリクサー”なる装置である。そしてこの装置がバイオノイド:エルヴィスの命を繋ぐ鍵であった。“バイオマトリクサー”が合成した体組織を、アヴァージ星系に居るエルヴィスに届ける事で、バイオノイド:エルヴィスは生きながらえているのだ。

「くそっ…潰してぇな」

 風になびくボヌリスマオウ改良種の農園を見詰め、ノヴァルナは呟いた。それはエルヴィスに対する感情ではなく、この植物から生み出されたものが、将来的に銀河皇国にとって大きな禍根となる事への、危惧からである。
 事実、数年前にはすでに、試験的に作り出されたものが、イースキー家のオルグターツの手に渡って使用されていた。そして今のこの世界は、ノヴァルナとノアが跳ばされた皇国暦1589年の世界とは、繋がらない世界線となって来ている。つまりこの先ムツルー宙域だけでなく、銀河皇国全体で“ボヌーク”が猛威を振るう可能性もあるのだ。
 
 ノヴァルナの心情を察したノアが、隣に寄り添って「私も同じ気持ちだよ…」と静かに言う。ただそれは賛意を示しただけでなく、今は他にやるべき事がある、と諭していた。無論、それを理解できないノヴァルナではない。“わかってるさ”とばかりにノアの肩に手を置き、非常階段を再び登り始める。
 今回ここへ来た目的は、バイオノイド:エルヴィスへの対処のためであって、優先事項を見誤るわけにはいかない。ここはミョルジ家の勢力圏内であり、好き勝手に暴れると“二兎を追う者は一兎をも得ず”の結果を招く恐れがあるのだ。

 ゴーグル型の対人センサーを装着した陸戦隊を先頭に、慎重に先へ進むが、今のところこの離着陸床に人間の反応は検出されず、無人であるらしい。おそらく全員が、崖に出来た洞窟内部の施設に居るのだろう。ノヴァルナ達にとっては、好都合というものだ。誰にも気づかれぬまま、程なく最上部の宇宙船プラットフォームへ到着する。
 非常階段の最上部から除くと、平坦なプラットフォームには三隻の貨物用宇宙船以外は、何も見当たらない。宇宙船はどれも、ザーカ・イー星系のイーマイア造船が販売している、最新型のC‐52『プリーク』だった。

「相変わらず、警備体制はザルなのね…」

 警備用ロボットの類すら配置されていない状況に、ノアは呆れたように言う。概して『アクレイド傭兵団』の中でも、レベルが低い第三階層や第四階層のは、装備やシステムなどに粗が目立つ。やはり傭兵団の中でも、数を揃えただけの存在だからであろうか。
 しかもそういったレベルの施設に、エルヴィスの生体維持に必要なものが含まれているのは、『アクレイド傭兵団』にとってエルヴィスは、最初から切り捨ててもよい位置にあった事を、示しているのかも知れない。

「案外、外の“怪獣”どもが、警備兵代わりになってるのかもな」

 冗談とも本気ともつかぬ軽口を発し、ノヴァルナはプラットフォーム上に上がった。だが貨物船の舷側を見上げた途端、軽口を発した表情はたちまち引き締まる。

「どうしたの?」

 夫の様子が変わった事に気付き、ノアが問い掛ける。ノヴァルナは顎を上にしゃくって、その理由を知らせる。

「あれを見てみろ、ノア」

 ノヴァルナが指摘したのは貨物宇宙船の舷側に書かれた、企業名であった。それを見たノアも、眼を見開いて「あっ…」と声を漏らす。


グラン・ザレス宙運―――


 それはノヴァルナとノアが、皇国暦1589年の惑星パグナック・ムシュで密航した、ボヌリスマオウの輸送に使用される貨物船の舷側に書かれていたものと、同じであった。そして今では皇都キヨウへ派遣していた、トゥ・シェイ=マーディンの調査によって、グラン・ザレス宙運は実際は、『アクレイド傭兵団』の傘下である事が判明している。
 
 だが待てよ…とノヴァルナは思った。マーディンから得た情報ではグラン・ザレス宙運は、ムツルー宙域やディ・ワッガ宙域といった、シグシーマ銀河系の外縁側が活動域のはずである。

まさかこの船は―――

 さらに考えを進めたところで、対人センサーを作動させている陸戦隊員が、カーズマルスへ報告して来た。即座にカーズマルスはノヴァルナへ伝達する。

「誰かが洞窟内の施設から出て来るようです」

 これを聞いてノヴァルナは、チッ!…と舌打ちした。平坦なプラットフォーム上には、身を隠す場所が無い。一時的にプラットフォームの下部へ戻るよう、身振りで示す。それに従って全員が小走りで、非常階段の所へ駆け戻った。滑り込むように身を潜めるのと、プラットフォームに繋がる秘密施設の扉がスライドするのは、ほぼ同時だ。息を殺して聞き耳を立てながら、ハンドブラスターの安全装置を外すノヴァルナ。

 すると複数の靴音が、施設の内部から出て来るのが聞こえる。響きが重々しいのは、ほぼ全員が男なのだろう。視認はしていないが、おそらくは『アクレイド傭兵団』の連中だ。プラットフォーム上に停泊している、貨物宇宙船に関すると思われる話が聞こえて来る。

「残りのブツは、これから積み込みなんだな?」

「へい。ですがまずアヴァージ星系行きの、高速クルーザーへの積み込みが、先になりやす」

「クルーザーの到着はいつだ?」

「あと三時間ほどになりやす」

 “アヴァージ星系行きの高速クルーザー”と聞いて、ノヴァルナは眼を鋭くさせる。おそらくこの高速クルーザーが、エルヴィスの生命を維持させる生体組織を、輸送する船だろう。ところがこれに続いて聞こえて来た異星の言語に、ノヴァルナの表情は強張った。傍らで身を潜めるノアもである。

「マクハッシュ・サシュムット・スッハ・メラシュ・サラハッシュ!」

 聞き覚えのある異星人言語…ピーグル語だった。ノアが皇国公用語に通訳する。

「我々の荷物の積み込みを後回しにするとは、冗談ではないのか。困る」

 ノアの通訳は直訳に近く、大人しい印象だが、当のノアが以前に言ったように、ピーグル語は感情表現が荒々しく、実際にはもっと口汚い言い回しだろう。

 そのピーグル語に対する返答が、皇国公用語で聞こえて来る。

「ああ。分かってるさ、ドン・マグード。待たせて悪いが、こちらも上からの命令なんでな。おろそかには出来んさ」




▶#29につづく
 
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