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第9話:魔境の星
#27
しおりを挟む「やったぜ!」
ヤスークの跳躍成功に、ノヴァルナはガッツポーズを見せる。屈強な陸戦隊員からも、控え目な「おお…」という感嘆の声が漏れた。当然ながら自己流で無駄が多く、棒高跳びとしては決して綺麗とは言い難いフォームであったが、ここは成功すれば何でもいい場面だ。
感情こそ口調には乗せないがテン=カイも、顔を隠す黒いホログラムスクリーンの奥で、ヤスークに対し高い評価を述べる。
「身体能力を人為的に向上させてあるとはいえ、素晴らしいですな。おそらくこの惑星の過酷な環境下で生きる事で、さらに肉体が鍛えられたのでしょう」
しかしヤスークの仕事はまだ終わってはいない。バックパックを肩から外しながら起き上がり、その横側にあるサイドポケットに入れられていた、小型カメラを取り出す。偵察用プローブから取り外したものだ。それを手にしてヤスークは、フェンスの制御盤に向かった。一方ノヴァルナらも、フェンスに設けられた扉の前へと移動する。
制御盤の前に辿り着いたヤスークは、小型カメラのレンズを向けた。その映像をデータパッドの画面に映し出した、カーズマルスが指示を出す。
「…そうだ。その左から二つ目と三つ目のスイッチを切って、右端にあるレバーを三つとも、下に下げるんだ」
ヤスークが指示に従って制御盤を操作すると、陸戦隊員の一人が手にしていたスキャナーが、フェンスの高圧電流の停止を知らせた。その隊員の「電流停止」の報告に、すぐさまカーズマルスが合図をし、別の隊員が扉に取り付いて、アナログ式の鍵をピッキングする。アナログ式であるのは、高圧電流が流れるフェンスに、電子錠は取り付け難いからだ。手際よくピッキングされた鍵は瞬時に開く。
「急げ!」
声量を抑えて促すカーズマルスの言葉に、まず二人の陸戦隊員がライフルを構えたまま、扉をくぐった。それに駆け足で続くノヴァルナ達。動体センサーは無効化してあるが、さすがにフェンスの電流が停止すれば、中にいる施設の者達に、何らかの信号が送られるはずだ。
ガンザザに続いて最後に入った陸戦隊員が、扉を閉めて鍵をかけ直すと、制御盤の前まで来ていたカーズマルスが、ヤスークに代わってフェンスへの通電を再開させる。ヤスークが電源を切ってから、ここまでおよそ三分の早業である。しかしそれでも警戒は必要だ。ヤスークがクッション代わりに使ったバックパックを回収して分散。離着陸床の支柱の陰に潜んで状況を窺う。
するとやはりフェンスの異変が知らされたのだろう、しばらくすると支柱に囲まれた中心部に、上からエレベーターが降りて来た。
到着したエレベーターが開き、中から三人の男がアサルトマシンガンを手にして出て来る。二人はヒト種で、一人はモグラのような頭を持つクロウラ星人だ。三人とも作業着に簡易型のボディアーマーを装着しているが、仕様はバラバラだった。
“ありゃあ、『アクレイド傭兵団』の第三か、第四階層だな…”
現れた男達の身なりから、ノヴァルナはそう判断した。ならず者同然の第四階層と、一応は兵士の体を成している第三階層は、どちらも武器以外の装備品は自前で調達しているため、見掛けで判断するのが難しい。
カーズマルスの陸戦隊が支柱の陰から、いつでもライフルを撃てるよう構える前で、三人の男達は急ぐでもなく、フェンスの制御盤の確認に向かった。そして元の状態に戻されている制御盤を覗き込み、一人が「どこも異常は無さそうだぞ」と言う。別の一人は横側のパネルを開いて、制御盤の中まで見たものの、最初から興味なさげだ。ろくに確認もせずに「壊れてなくないか?」と告げた。
さらにクロウラ星人はフェンスの近くまで進み、地面に落ちていた小枝を拾い上げて、フェンスに向かって投げつける。その小枝が触れた瞬間、バチン!…という音と共に火花が飛び散り、黒焦げになった小枝は、白煙を上げて落下した。これに驚いた二人のヒト種が抗議の声を上げるが、クロウラ星人の男は意に介さない様子で、「電流も通ってるぜ」と応じる。
クロウラ星人の粗忽さに批判的な眼を向けながら、一人の男が通信機を手にして電源を入れる。
「監視室。こっちは異常無さそうだぞ。フェンスも電流が通っている」
少しの間を置いて通信機から、面倒臭げな男の声で返答があった。
「了解した。どうせまたエラーだろ。ったく、このまえ修理したとこだってのに。いいぞ、三人とも引き上げてくれ」
これに「わかった」と応じて通信を切った男は、あとの二人に振り向いて“というワケだ”と、無言で両肩を大きくすくめさせる。やれやれ…といった様子で引き上げる三人が、エレベーターに乗り込んで上へ上がって行くのを見届け、ノヴァルナ達は支柱の陰から出た。油断していい場面ではないが、全員が少し息をつく。
「よくやった。ヤスーク」
ノヴァルナがそう褒めると、ヤスークは嬉しそうに相好を崩した。これまで他の人間に逢った事が無かったため、直接誰かに褒められるという経験が、なかったのだろう。
さらにノアも「ありがとう」と礼を言うと、ヤスークは頬を染めて目を輝かせ、カレンガミノ姉妹にも褒めてもらいたそうに振り向く。表情こそほとんど変えないものの、優しげな眼で二人揃って頷くメイアとマイアに、ヤスークは小躍りせんばかりの反応である。まぁこの辺りは、初めて女性を見る“年頃の少年”としては、無理のない反応といったところだ。自分も褒めた事を、一瞬で忘れ去られた感のあるノヴァルナは、傍らで少々不満そうであったが………
▶#28につづく
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