238 / 377
第9話:魔境の星
#25
しおりを挟む振り返ること、皇国暦1589年のムツルー宙域は惑星アデロン。恒星間マフィアが牛耳るこの星から脱出するため、ノヴァルナとノアは強力麻薬“ボヌーク”の精製工場に潜り込んだ。
そしてそこで見たものは、支給される僅かばかりの“ボヌーク”を求め、ボロ雑巾のようになってまで働く、老若男女の姿であった。精製装置の傍ら、そして通路の各所には、“ボヌーク”に体を蝕まれ廃人同然となった中毒者が、幾人も放置されていたのである。
「くそ…」
その時の光景を思い出して、ノヴァルナは小さく毒づいた。致し方なかったとは言え、何の救いの手も差し伸べられなかった事が、歯痒さを蘇らせたのだ。そんなノヴァルナの心情を知ってか知らずか、ノアが静かな声で促す。
「行きましょう。ノヴァルナ」
さらに農園に隣接した区画は、宇宙船の離着陸床が設けられており、地上から二十メートル程の高さに、約三百メートル四方のプラットフォームが建設され、三隻の貨物船らしき宇宙船が上に乗っているのが見えた。おそらくこの惑星ジュマに来る途中で、ノヴァルナらが遭遇しそうになった三隻だろう。三隻はこちらに向けて船尾を向けており、ここからはどのような船かは分からない。もっと近付けば色々と得られる情報もあるはずだ。
ヤスーク少年の先導でノヴァルナ達は窪地を底まで降り、『アクレイド傭兵団』の秘密施設へ向かった。周囲を断崖に囲まれたクレーターの内側は、風もなくて非常に蒸し暑い。そのような環境の密林を、平然と進むヤスーク少年と対照的に、ノヴァルナ達はすでにバテバテである。
「キンキンに冷えたビールが、飲みてーなぁ…」
「下戸のくせに、なに言ってんの…」
などと些か精彩を欠いた冗談を交わし、一時間以上を掛けて、ノヴァルナ達は農園の近くまで到達した。距離は農園の端から約二百メートル。やはり植えられているのはボヌリスマオウである。だがノヴァルナとノアが、惑星パグナック・ムシュで見たものとは葉の形状が違っており、やや幅が広い。こちらが原生種ということか。
地下にあるという『アクレイド傭兵団』の主要施設は、農園を隔てたクレーターの壁面に開いている、洞窟が入り口になっている。偵察に出たカーズマルスとその部下が、帰って来て報告したところでは、農園の周囲はやはり、エネルギーシールドが展開されているようだ。その一方、警戒システムは動体センサーが等間隔で配置されているだけの、レベルの低いものだった。これらの状況から、カーズマルスは意見を述べた。
「宇宙船の離着陸床の脇から回り込んで、洞窟に入る事が可能だと思われます」
さらにカーズマルスが報告したところでは、農園を囲むエネルギーシールドは、壁状に張られているのではなく、等間隔に地中に埋められた発生装置から、直径が二メートル近いエネルギービームが格子状に上へ伸びているようだ。その高さは五十メートルぐらい。ビームとビームの間隔は三メートルほどもあり、人間は通り抜けられる幅で、おそらく大型の“怪獣”用だろう。
そしてそのビーム格子の向こう側には、高さが六メートル程度の網状の金属フェンスが張られ、隙間なく農園を囲んでいた。カーズマルスの行ったスキャナー解析の反応では、高圧電流が流されているらしい。こちらは小型の“怪獣”用だと思われる。
「上のプラットフォームにいる貨物船が、アヴァージ星系に向かう船なのかどうかを、まず確認せねばなりませんな」
密林の中から農園の様子を窺いながら、テン=カイが意見する。この惑星ジュマから、バイオノイド:エルヴィスがいるアヴァージ星系までは、相手側の船に忍び込んで向かう予定だが、いま離着陸床に降りている三隻が、それであるかは不明であった。ノヴァルナも異存はなく、むしろ楽観視はしていない。
「三隻ってのが、気に掛かるな。エルヴィスの生体部品を運ぶのに、貨物船が三隻もは必要ねぇだろ」
「確かにそうね。何か他に目的がある船かも」
ノアもノヴァルナの見解に同意する。そこにガンザザが加わって来た。
「それよか、まずどうやって、この中に入るかだろ?…ビームの格子をすり抜けるのは容易いが、その向こうの、電気が流れてるフェンスは厄介だぞ」
頷いたノヴァルナは、カーズマルスに振り向いて尋ねる。
「カーズマルス。ここの警戒用の動体センサーは、無効化できるか?」
「はっ。民間レベルのものですので、雑作もないかと」
「よし、すぐやってくれ。無効化が完了したらもっと接近して、入れる場所が無いか確かめよう」
カーズマルスの言葉通り、動体センサーの無効化には三十分も掛からなかった。ただ、近くからボヌリスマオウ農園の周囲を回っても、フェンスに入れるような場所は見つからない。
「こうなったら、この金網を破るしかないが…」
そう言ったのはガンザザだ。しかし語尾を濁すのと合わせて、その右手が頭を掻くのは、フェンスを破ろうにも、高圧電流が流れているという事実を無視してはいない事を物語っている。するとそこへ、手分けしてフェンスの調査を行っていた、カーズマルスの部下から通信が入る。
「タ・キーガー様。このフェンスの制御盤らしきものを、発見致しました」
これを聴いたカーズマルスは、ノヴァルナが頷くのを見ると、「わかった。そちらへ向かう」と応答した。
▶#26につづく
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児
潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。
その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。
日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。
主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。
史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。
大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑)
※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者
潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる