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第9話:魔境の星
#24
しおりを挟む“フロス”のコアメモリーを取り外し、船内で発見した遺体の埋葬を終えたその翌日朝、ノヴァルナ達は本来の目的地である、『アクレイド傭兵団』の秘密施設に向けて出発した。しかもヤスーク少年は、『バノピア』号から秘密施設までの道を知っているという。
意外であったのは計測と解析の結果、ヤスーク少年が教えた『バノピア』号のある谷底を進んだ方が、施設までの近道となる事である。しかも両側を高い崖が挟んでいるため、“怪獣”の巨体では、入って来られない。何度かは谷の上空を、巨大怪鳥の“ラドラオン”が行き来して、ノヴァルナ達を狙おうとしたが、谷底まで降りて来る気はないようであった。
だがそれでも、羽を広げると両端まで二メートルはある蚊や、谷を塞ぐ規模に巣を張った牛ほどもある胴体の蜘蛛など、小型怪獣とでも呼べそうな巨大昆虫と遭遇しては、これらを排除していく事になった。
特に閉口したのは、全長が七、八メートルはある、おそらく本来は巨大怪獣などに寄生しているはずの、赤黒い超大型のヒルが現れた時だ。鋭い歯がずらりと並んだ円形の口に咬みつかれれば、一瞬で全身の血液が吸い尽くされるに違いない怪物を、ブラスターライフルの集中攻撃で焼き殺したはいいが、息が詰まるほど酷い悪臭を放つ黒煙が発生し、ノヴァルナ達を苦しめたのである。
「そういや、ヤスーク―――」
キングサイズのベッド並みの大きなシダの葉を掻き分け、青草に覆われた地表に半ば埋もれた、黒い岩の上に右脚を掛けたノヴァルナは、後ろをついて来るヤスーク少年に問い掛ける。着衣にはまだ、先程の大型ヒルを焼いた悪臭が残っているらしく、背後を振り返った時に襟が鼻の前に来て、僅かに顔をしかめた。
「おまえは施設に居る人間達を、知ってるのか?」
十一年もここで暮らしていたのなら、ヤスーク少年が施設の人間達と接触していても、不思議ではない。しかしヤスーク少年は、首を左右に振って否定した。
「あれがいつ出来たのかは分からない。知らない間に出来ていて、見つけた時には中に入れなくなってた」
ヤスーク少年の言う事も理解できる。おそらく嘘では無いだろう。『バノピア』号から秘密施設までは直線距離でも十二キロほどはあり、幾らヤスーク少年の身体能力が高くても、密林の中で危険を冒してまで、見知らぬ場所まで出掛ける必要はないはずだ。成長するに伴って活動範囲が広がる過程で、発見したのだろう。
「中に入れなくなっていた…って、どういう事?」
ノアはヤスークの言った言葉の意味を問い質す。自分達はこれからその施設に、忍び込もうとしているのだから、情報は少しでも多い方がいい。
「あそこに居る人達は、洞窟の中に住んでるみたいなんだけど、その周囲で何かの植物を栽培していて、光の柵のようなもので囲んであるんだ」
ヤスークの答えを聞き、ノアはノヴァルナに振り向いた。栽培されているという植物は、おそらくこの星に来る前に聞いた、強力麻薬“ボヌーク”の原料となる、ボヌリスマオウだろう。それに“光の柵”というのは、対巨大生物―――怪獣用のエネルギーシールドの類だと思われる。
「施設のメインは地下か…まぁ、あり得たわな」
ノヴァルナは納得顔で頷く。“秘密施設”と銘打っている以上、主要施設が地下にあってもおかしくはなかった。そしてどのようにして忍び込むかまでは、行ってみなければわからない。
それからおよそ三時間後、ノヴァルナ達の前で両側に切り立っていた崖は姿を消し、円形の巨大な窪地が姿を現した。レーザー計測によると直径はおよそ二キロ。ノヴァルナ達がいる位置より、窪地の底まではおよそ百メートル。ここまで両側を挟んでいた崖の上から底までは、およそ百五十メートルといったところだ。
「形状から見て、クレーターのようですね」
辺りを眺めるカーズマルスの言葉に、ノヴァルナも「おそらくな」と同意する。どうやらこの円形の窪地は、太古に落下した隕石の衝撃によって生まれた、クレーターと見て間違いなさそうであった。『バノピア』号が墜落し、ノヴァルナ達がここまで歩いて来た谷は、クレーターの発生と同時に出来た、地表の裂け目だったのだろう。
するとヤスーク少年が不意に右腕を突き出し、「あそこだよ」と指をさした。そこはノヴァルナ達から見て視界の右下方、窪地の底の一箇所が正確に区画取りされている。密林に覆われた窪地は、植物の種類によって葉の緑色にも違いがあり、それらが複雑なモザイク模様を描いていた。自然とはそういうものだ。
ところがその区画取りされた箇所は、同じ濃緑色が同じサイズの長方形となり、幾つも並んでいた。明らかに人工的に作り出された“農園”である。そしてノヴァルナとノアはかつて、これとそっくりな農園を見た事がある…。
「ノア」
呼びかけるノヴァルナに振り向いて、ノアは頷いた。その表情は硬い。
「ええ。“ボヌーク”の原料…ボヌリスマオウの農園だわ」
▶#25につづく
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