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第9話:魔境の星
#22
しおりを挟む“強化奴隷”―――表向き正式には“環境適応化労働者”と名付けられているそれは、銀河皇国の版図拡大における闇の部分であった。
まだ年端もいかぬ子供を、遺伝子操作によって強化・洗脳、過重労働に耐えられるように改造し、植民星開拓に使役する。銀河皇国がその版図を拡張し始めた頃から、裏社会で取引されていた“商品”だ。
対象となる子供は、植民に失敗した惑星などで、困窮を極めている貧民家庭から多額の“保護費”で、引き取ったもので、平たく言えば“人身売買”である。買い取られた子供は、闇バイヤーを通じて改造業者に売り渡され、クローン技術を応用した肉体の再構成が行われる。
改造が完了した“強化奴隷”は、常人より高い身体能力を持つ反面、常人より少ない食料と睡眠時間で、体力の維持が可能となっている。しかしそのリスクは肉体に蓄積されていき、寿命は三十年程度しかない。それにNNL端末の半生体ユニットも摘出され、皇国のNNLネットワークからも、切り離されている。
当然ながら彼等“強化奴隷”は非合法で、銀河皇国では製作と使役が固く禁じられており、人道的観点からも厳しく取り締まられていた。だがそういった非合法なものに、需要があるのも世の常である。植民惑星開拓業者の孫請け辺りでは、悪質な業者も存在していて、そういった者達が“強化奴隷”を求めているのだ。
メイアとマイアはこの『バノピア』号へ着くまでに、ヤスーク少年を注意深く観察し、深い密林をものともせず、鍛えられた陸戦隊員を置いてけぼりにして、どんどん進んでいく身体能力の高さと、食べ尽くすまで何年も、船の非常用食料ばかりを食べていたという、ノヴァルナやノアとの会話から感じた、味や嗜好に対する執着の無さに、違和感を覚えていたのである。
そこでメイアとマイアは、ヤスーク少年に公用語と生きるための情報を与えたという、マスターコンピューターの“フロス”に、直球の問いを投げ掛けるのではなく、情報開示が可能な範囲で肯定または否定が回答となる、単純な質問を積み重ねていく手法で、ヤスーク少年の素性を導き出した。
そしてヤスーク少年が本当に“強化奴隷”であるなら、『バノピア』号の素性もおのずと知れて来る。“強化奴隷”を届ける“奴隷輸送船”だ。“フロス”がマスターコンピューターでありながら、皇国のNNLシステムとのリンクを遮断されていたり、著しい情報の開示制限を受けている理由も、これで説明がつくというものである。
果たしてこの直後、タイミングを合わせたかのように、ガンザザや配下の陸戦隊員と共に、『バノピア』号の船内調査に出ていたカーズマルスから連絡が入った。
「俺だ。何かあったか? カーズマルス」
呼出音に通信機の回線を開いて呼び掛けるノヴァルナ。対するカーズマルスは普段から冷静な人物だが、通信の口調は冷静さの中に、悲痛さが加わっているような気がする。
「はっ。現在、船の最後尾区画に来ているのですが…」
「どうした?」
「ミイラ化した子供の遺体を発見致しました。数は二十五。破損したクローニングシリンダーらしき装置の中に入っております」
それを聞いてノアは身を竦めた。カーズマルスは「映像を送りましょうか?」と訊いて来るが、ノヴァルナはノアのこの反応を見て、「いいや、必要ねぇ」と告げる。さらにカーズマルスは、クローニングシリンダーらしき装置はもう一基あるが、それは空である事を報告した。おそらくこの空の一基が、ヤスーク少年の入れられていたものだろう。テン=カイが顔を隠す黒いホログラムスクリーンの向こうで、控え目な声で言う。
「そのクローニングシリンダーらしき装置が、肉体の強化再構成を行う装置なのでしょうな」
「航行しながら、肉体改造をする仕組みってワケか?」
見解を述べるノヴァルナに、「仰る通りでしょう」と応じたのはマイアだった。さらにメイアが言葉を続ける。
「宇宙を自由に航行しながら強化改造を施した方が、当局から摘発され難いという利点がありますし」
これを聞いて、なるほど…とノヴァルナは感じた。星大名は須らく銀河皇国の方針に従って“強化奴隷”の存在を認めていない。どの宙域であれ、どこかに拠点を構えると、摘発される可能性が高まる。だが売買する宇宙船そのものが、強化処理拠点であるなら、簡単に捕捉される事は無い。モルタナ辺りが聞いたなら、一緒くたにされて激怒するであろうが、大型タンカーの『ビッグ・マム』を根城にして、中立宙域を自由気ままに遊弋していた、宇宙海賊『クーギス党』と同じ理屈だ。
「それにしてもメイアもマイアも、この少年の素性がよくわかりましたね」
感心したように言うノア。これに対しメイアが淡々とした口調で応じた。
「子供の頃の私とマイアは、この少年が使役されるべき環境と、近しい世界に居りました。事実、使役されている“強化奴隷”を見た事もあります」
その言葉を聞いた途端、ノアはハッ!…として表情を暗くする。このカレンガミノ姉妹も、奴隷のような少女時代を過ごして来たからだ。
「ご…ごめんなさい」
自分の発言が不用意だったと感じたノアは、メイアとマイアに詫びの言葉を告げる。それに対して「いいえ」と返すメイアとマイアの表情は、姉のように優しい。パフォーマンス集団を名乗る売春組織で、奴隷のような日々を送っていたメイアとマイアを、陽の当たる場所へ導いてくれたのは他ならぬ、ノアとその母オルミラなのである。
そんなメイアとマイアが見た“強化奴隷”は、パフォーマンス集団でアクロバットをやらされていた、三人の少年だったという。
「たぶん、闇業者間の借金のカタで、流れて来た少年らだったのでしょう…」
宇宙船の天井を見上げ、当時を思い出しながらマイアが言う。見物人達は三人の少年が強化奴隷だとは知らず、高い身体能力から繰り出されるパフォーマンスに、驚いていたという。だがこの三人も多聞に漏れず、そちらの趣味の客を取らされていたようである。メイアとマイアは途中で逃げ出す事が出来たが、三人がその後、どうなったかは不明らしい。
話を本筋に戻し、メイアとマイアは“フロス”に、『バノピア』号がどこから来て、どこへ行こうとしていたか尋ねた。しかし予想通り船長命令で、情報の開示は許されていないとの事であった。
ただ引き続き、“フロス”が開示できる範囲の情報で得たヤスーク少年は、カーズマルスの報告にあった通り、この船の中で肉体の強化再構成が、行われていたようである。その一方で幸いな事に、洗脳処理は行われていない。これはヤスーク少年が当時まだ四歳であり、買い手が見つかる前であったからだと思われる。
『バノピア』号の現在の状態を見ればわかるが、左舷側には大きな穴が開いており、実際のところ不時着というよりは、墜落に近いものであったのだろう。その時の衝撃で、ヤスーク少年が入っていた強化再構成シリンダー以外は損傷。内部にいた強化奴隷は死亡したに違いない。
そして“フロス”の役目の一つが、強化奴隷の身体維持と最低限の教育であった事から、生き残ったヤスークを今日までサポートしていたのだ。
「でも他に船の乗組員が、複数生き残っていたようじゃない。この子だけ置いて、どこへ行ったのかしら?」
ノアが疑問を口にすると、ノヴァルナが推論を述べた。
「いくら強化されてるったって、四歳のガキじゃ足手まといになるのは、同じだろうからな。おおかた見捨てて逃げて、怪獣どもにでも喰われたんだろうぜ」
▶#23につづく
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