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第9話:魔境の星
#21
しおりを挟む『バノピア』号の内部は、ほとんどが暗闇であったが、一部では十一年経った今も電源が生きており、主通路の非常灯や装置の幾つかのパネルには、明かりが点いている。おそらく超低稼働状態の、対消滅反応炉があるのだろう。これならばマスターコンピューターの“フロス”が、作動し続けていてもおかしくはない。
ただこの『バノピア』号の部分的にいまだ正常な状態を見て、ノヴァルナ達は船の素性を訝しんだ。このような非常時に状況に応じて、対消滅反応炉を超低稼働状態に切り替えが出来るのは、軍艦かそれに近い位置にある宇宙船だからである。
また構造的にも、やはり貨物船や旅客船の類ではなさそうで、客室やコンテナなどは見当たらず、用途不明の見慣れない機材がかなりある。
「どう思う? ノア」
ヤスーク少年に続いて『バノピア』号の通路を進むノヴァルナは、隣を歩くノアに問い掛けた。あとに従うガンザザとテン=カイ、そして陸戦隊員の周囲には、野球のボールよりやや大きな球状プローブが宙に浮き、内蔵されたライトで周囲を照らし出している。
「そうね…何かの実験装置みたいなものを、幾つか見掛けたし、科学調査船のような気もするわ」
確かに皇国科学省に所属している調査船なら、軍用艦と同じく“対消滅反応炉超低稼働状態切替機能”が、装備されていてもおかしくはない。だが銀河皇国科学省の船であるなら遭難直後に、皇国が正式で大規模な捜索を行っているはずだ。それを考えてノヴァルナは、背後のガンザザに声を掛ける。
「ガンザザのおっさん」
「なんだい、殿様」
ガンザザは辺りを見回しながら応えた。そわそわと落ち着きが無いように見えるのは、この船に積まれていると噂の、“お宝”が気になるのだろう。
「おっさん達が前に、この船を捜索した時…皇国も動いてたのか?」
ノヴァルナの問いに、ガンザザは四つの眼を上に向けて、首を捻る。
「いんや…そんな記憶はないなぁ。捜索に出たのは、ラジェに居たサルベージ業者や、俺達みたいな山師連中ばっかだったはずだ」
「てことは、科学省の船じゃねーのか…だけど腑に落ちねーな」
皇国科学省の調査船では無いとすれば、大学などの民間調査船の可能性もある。しかしそうであったとしても、やはり正式な捜索が行われるはずである。
もしかしてこの船、ワケありなのか?…とノヴァルナが考えたその時、前を行くヤスーク少年が開いたままのドアを指さし、「ここが“フロス”の居る部屋だよ」と告げたのであった。
ヤスーク少年の言葉に、ノヴァルナ達はドアが開け放たれたままの、コンピュータールームと思しき部屋に入る。
中は薄暗いが、入って正面の壁に半ば埋め込まれた形となった、円柱状の装置だけがぼんやりと光を放っている。おそらくこれが、マスターコンピューターの“フロス”だろう。民間の長距離旅客船などに採用される、R‐55SKシリーズをカスタマイズしたものだと思われる。
ただ“フロス”が据え付けられている部屋はそう広くはなく、全員が入り切るだけのスペースは無い。そこで陸戦隊の五名を率いる、カーズマルス=タ・キーガーが提案した。
「ノヴァルナ様。我々は船内を探って参りたいと思います」
頷いたノヴァルナはヤスーク少年に尋ねる。
「いいよな? ヤスーク」
ヤスーク少年が「うん」と応じると、ノヴァルナはカーズマルスに「じゃあ、頼まぁ」と告げる。これに加わったのがガンザザだ。
「俺も一緒に行かせてくれ」
ガンザザの目的は“お宝”探しだろうが、ノヴァルナは止めない事にした。たぶんこの男が求めるような“お宝”は、この船には無いだろうと思ったからだ。これで残ったのはノヴァルナとノア、カレンガミノ姉妹とテン=カイとなり、ヤスークを含めた全員が、部屋に入る事が出来た。ヤスーク少年は、“フロス”の前に進み出ると、起動スイッチを入れて呼び掛ける。
「“フロス”。人間を連れて来たよ」
その声に、円柱形の“フロス”本体がぼんやりと放っていた光は輝きを増し、控え目な男性の声が聞こえて来た。
「おかえりなさい。ヤスーク=ハイマンサ」
“フロス”はスリーブ状態だったのだろうが、ノヴァルナらはヤスークが起動スイッチを入れたのを珍しく思う。NNLのローカルリンクで繋がっていれば、起動スイッチを入れる必要はないからだ。
「来て頂いたのは、どちらの方々でしょう? 宜しければご紹介下さい」
“フロス”の呼び掛けにノヴァルナは、ヤスークの隣へ来て名乗る。
「俺はノヴァルナ・ダン=ウォーダ。オ・ワーリ宙域星大名ウォーダ家当主だ」
「はじめましてノヴァルナ・ダン=ウォーダ様。わたくしは“フロス”。『バノピア』号のマスターコンピューターです。わたくしのデータではウォーダ家のご当主は、イル・ワークラン=ウォーダ家のヤズル・イセス=ウォーダ様と、キオ・スー=ウォーダ家のディトモス・キオ=ウォーダ様の、二頭体制となっておりましたはずですが、違っておりましたでしょうか?」
“フロス”の問いにノヴァルナは、あっけらかんと返答した。
「そいつは七年前までの話だ。俺がウォーダ家を統一した」
「これは失礼致しました」
そう応じる“フロス”に、ノヴァルナは疑念を抱く。ウォーダ家の当主がノヴァルナとなったというような大きな情報は、銀河皇国のNNLシステムにリンクしていれば即座に伝わるはずで、それはたとえ十一年前に遭難した船のコンピューターであっても、稼働しているのであれば変わらないないはずである。
「おまえは銀河皇国のNNLシステムに、リンクしていないのか?」
「はい。わたくしをはじめ、この船のシステムは全て、銀河皇国のNNLメインシステムから、切り離されております」
「なに?」
“フロス”の返事を聞いたノヴァルナは、ノアと顔を見合わす。その背後にいたテン=カイが、「これは怪しいですな」と小声で言う。遭難後に正式な捜索が行われなかった事と合わせ、『バノピア』号は何か訳ありな宇宙船であった可能性が、高まったからだ。
「おまえとNNLのリンクを行いたい。ローカルでいいが、どうだ?」
「申し訳ありませんが、わたくしはカスタマイズ化の際に、リンク機能を取り外されております。また当船船長権限により、保有する情報の一部は開示不可能となっております」
“フロス”の返答に、“コイツは厄介な事になって来たぞ…”と、ノヴァルナは思った。ローカルでもNNLのリンクが出来れば、こちらが知りたい情報は取り出しも自由だが、そういった機能すら取り外されているとなると、この『バノピア』号の存在そのものに、何か事件性を感じずにはいられない。
するとここで珍しく、メイアが発言して来た。
「ノヴァルナ様、ノア様。ここは私達にお話しさせて頂いて、よいでしょうか?」
これを聞いたノヴァルナが頷くのを見て、ノアは双子姉妹に「任せます」と告げる。ノヴァルナとノアに入れ替わって前へ出た双子姉妹は、全く別の角度から“フロス”に質問する。
「あなたがこのヤスークを、教育したのですか?」
このメイアの問いには、“フロス”も隠す事無く「そうです」と返した。さらにマイアも問い掛ける。
「この少年には、NNL端末の半生体ユニットが、無いのではないですか?」
「仰る通りです」
それを聞いて僅かに眼を見開くノヴァルナとノア。銀河皇国に生を受けた人間は主体民族のヒト種だけでなくあらゆる種族に、NNLの端末となる半生体ユニットが脳幹部分で、神経組織と同化しているはずなのだ。ところがこのヤスーク少年には、そのユニットが埋め込まれていないという。
それから“フロス”に幾つかの質問を行ったカレンガミノ姉妹は、揃ってノヴァルナとノアを振り返り、驚くべき結論を告げた。
「この少年は、おそらく…強化奴隷です」
▶#22につづく
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