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第9話:魔境の星

#20

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「おう。ともかく、そこのガキ!」

 ノヴァルナに呼び掛けられてヤスーク少年は再び、「ガキ?」と言って首を傾げる。どうもこの少年は銀河皇国公用語は話せても、全ての単語を覚えているのではないらしい。記憶インプラントで、公用語を学習したのではない可能性がある。さらにノヴァルナはまたノアから、ペン!と頭をはたかれた。

「誰にでも、高圧的にならない!」

 ノアに注意を受けたノヴァルナは、はたかれた頭を手で摩りながら、言葉遣いと口調を幾分穏やかに改めて、問い掛けを続けた。

「俺の仲間を、助けてくれた事には礼を言う。それでおめーは、この星で暮らしてんのか? 家族は居るのか?」

「僕は十一年と百十二日前に、宇宙船『バノピア』号でこの星に不時着した。家族は居ない」

 このヤスーク少年の返事に、真っ先に反応したのはガンザザだ。

「十一年前に不時着した、宇宙船だって!!??」

 いきなり大声を発するガンザザの隣に立っていたテン=カイが、迷惑そうに顔をそむける。ただガンザザが叫ぶ理由も分かった。“十一年前に不時着した宇宙船”とは、ガンザザ達がかつて、一攫千金を狙ってこの惑星ジュマへ来て探した、お宝を満載して墜落した、宇宙船の事だと思われるからだ。

 しかし、傍らで四つ並んだ眼を期待で輝かせるガンザザはともかく、家族は居ないという少年の言葉は、ノヴァルナやノアも気になるところである。

「家族は居ないって、じゃあ今まで、どうやって暮らして来たの?」

「『バノピア』号のマスターコンピューター“フロス”が、僕に言葉と生きるための情報を、与えてくれたんだ」

 なるほど…と思いながら、ノヴァルナはノアと顔を見合わせる。そうであるなら言葉遣いの一部が奇妙であったり、女性の存在は知っていてもいきなり胸を触るような、常識的な部分の欠如があるのも頷けた。

「みんなは、僕を迎えに来てくれたの?」

 問い掛けるヤスーク少年。

「どうしてそう思うの?」とノア。

「“フロス”がいつか、僕を助けるための人間がやって来ると、いつも言ってたからだよ」

 ノヴァルナ達の目的は、『アクレイド傭兵団』の秘密施設に潜入し、バイオノイド:エルヴィスのいるアヴァージ星系へ向かう貨物船に、忍び込む事であって、このヤスーク=ハイマンサ少年との出逢いは、全くの偶然に過ぎない。しかし知ってしまった以上、見捨てるわけにもいかないのも事実だった。ノヴァルナに振り向いたノアは、夫が頷くのを見てからヤスーク少年に告げた。

「じゃあ、ヤスーク。あなたの宇宙船に案内してもらえる?」


 
 夜が明けるのを待って、ヤスーク少年の案内のもと、少年の乗っていた宇宙船へ向かうノヴァルナ達。その道のりは、ここまで辿って来たものより険しかった。密生した樹木の間を埋め尽くす蔓草の中をぬけ、切り立った断崖を降り、腐臭を放つ濃緑色の沼に半ば沈んだ大木の上を渡る。ここで桁違いの身体能力を見せたのが、ヤスークだ。
 ノヴァルナはもとより、さらに身体能力が高いカーズマルスら特殊陸戦隊員までもが、ヤスーク少年の身体能力に置いてけぼりを喰らう羽目となる。そして距離が開いてしまう度に、ヤスーク少年は皆が追いつくまで待つ状況が繰り返された。ただその代わり、ノヴァルナの言うところの“怪獣”の襲撃はピタリと止んだ。

 その事をヤスーク少年に尋ねると、それぞれの“怪獣”の縄張りの間を抜けているから、遭遇しないらしい。道理と言えば道理だった。目的地である『アクレイド傭兵団』の秘密施設へは回り道になるが、ここは仕方がない。

 道すがら少年から聴いた話では、ノヴァルナ達がこれまでに襲撃を受けた、巨大怪鳥は“ラドラオン”。二足歩行の巨大怪獣は“ゴーデュラス”。地底怪獣は“アングルアード”。密林の中を泳ぐように追って来たのは“ボリューズ”という名があった。もっともこれらの名称は全て、ヤスーク少年が自分で名付けたものだが…
 ともかく“怪獣”の勢力図としては、巨大怪獣ゴーデュラスがこの辺りの主であり、地底怪獣アングルアードがその対抗馬で、常日頃から顔を合わせては、戦っているという事であった。


 また、それ以上に気になるヤスーク少年についてであるが、年齢は十五歳。乗っていた宇宙船『バノピア』号が、この惑星ジュマに不時着したのが十一年前であるから、不時着当時はまだ四歳だった事になる。
 最初の五年ほどは、宇宙船の船倉に積んであった、非常用保存食ばかりを食べて暮らし、それが尽きてからは木の実や川魚などを採取して、食していたという。

 さらに少年の話によると、不時着した時には大人の生存者が何人かいたが、いつの間にか居なくなってしまったそうである。だが奇妙なのは大人の生存者の記憶の中に、ヤスークの両親は居なかった…いや、そもそもヤスークには両親に関する記憶が、全く存在していない事だった。
 子供の記憶は三歳からと言われ、不時着時に四歳ならその記憶は微妙なところではあるが、一つも存在しないというのはおかしい。それに記憶は無くとも、彼に言葉と生きるための情報を与えたという、『バノピア』号のマスターコンピューターの“フロス”なら、何かを知っていそうなものだが、それを問うても、両親に関する情報は何もないという返答だったようだ。
 
 話をしながら進むこと半日。ノヴァルナ一行が辿り着いた宇宙船『バノピア』号は、密林の間の狭い谷底に静かに横たわっていた。
 全長は百五十メートル程で、それほど大型ではない。左舷側に大きな穴が開き、十一年の月日が穴の中にも、土砂と野草を運び込んでいる。銀灰色をした船体は、幾重にもツタに巻き付かれ、地面付近は黒に近い緑色の苔と、毒々しい紫色をした小さなキノコの群生体が、モザイク模様を形成していた。この狭い谷底ならば、巨大な怪獣も入って来れそうにない。

「こんなところにあったとはなぁ…」

 そう声を発したのはガンザザである。十一年前の捜索に加わったガンザザは、他の参加者らと遥か南方を墜落予想地点にして、無駄足を踏んだ挙句、様々な危険生物に襲われてて多数の死傷者を出していた。

 だが今のガンザザには、当時を思い出して感慨に浸るような感じは全くない。ゴラルダン星人特有の横一直線に並んだ眼を、欲望にギラギラ輝かせているのだ。
 その理由は他でもなく、墜落した宇宙船が積んでいると言われる、“一生遊んで暮らせるほどのお宝”である。
 ここへ着くまでにもガンザザは、ヤスーク少年にお宝の事を訊いたのだが、価値観の違いからヤスーク少年には、ガンザザの尋ねているものが理解できず、美味しい食べ物や綺麗な石などを、お宝として返答するばかりで、全然要領を得なかったのだ。であるから宇宙船に辿り着いた以上、ガンザザが自分の手でお宝を探そうとするのも、無理からぬ事だった。

 一方、早くお宝探しに取り掛かりたそうにしているガンザザを捨て置き、ノヴァルナは『バノピア』号の外観を、注意深く見渡している。

「量産型の貨物船じゃ無さそうだし…客船や貴族のクルーザーでも無さそうだな。オリジナルのオーダー船か?」

 量産型の宇宙船なら大抵のものは知っているノヴァルナだが、目の前にある『バノピア』号は、初めて見る形であった。
 この惑星近郊に潜んでいる、ウォーダ軍の潜宙艦『セルタルス3』にNNLでアクセスすれば、『バノピア』号の船名を銀河皇国船舶登録局のデータから、検索することも可能だが、NNLの使用を封印している現在はそれも出来ない。

“仕方ない、フロスとかいうマスターコンピューターに、直接訊くか…”

 ノヴァルナがそう思っているところに、舷側の穴の前に立ったヤスーク少年から声が掛けられた。

「ここから入れるから、おいでよ」




▶#21につづく
 
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