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第9話:魔境の星

#19

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「“ガビッド”は“グラッグ”に擬態して、群れの中に紛れ込んでついて回り、一つずつ捕食していくんだよ。でも途中で“グラッグ”より襲い易い獲物を見つけると、擬態を解いて襲い掛かるんだ」

 言葉を続ける謎の少年。だがノヴァルナは、本筋と離れた部分で反応する。

「誰がおじさ―――」

「ちょぉおおおーーーっと!!」

 おじさんと呼ばれた事に腹を立て、怒鳴ろうとするノヴァルナの襟を、後ろから掴んで引き止めるノア。

「もう。初っ端から、話をややこしくしない!」

 そう言い放ったノアは、ノヴァルナと入れ替わって進み出ると、少年に静かな口調で注意深く問い掛ける。

「“ガビッド”というのは、あの大きなムカデみたいな生物で、“グラッグ”というのは、カタツムリの大きなのですか?」

 ノアの両側にメイアとマイアが護衛に付く。すると少年は大きな眼を見開き、急にたじろいだ様子になって、「う…うん」と躊躇いがちに返答した。さらに問い掛けるノア。

「では、あの瓶に入っていたものは?」

「マ…“マルベラの実”を集めて磨り潰した薬…昆虫類に効…効くんだ」

「そう。ありがとう、助かりました。私はノア。あなたのお名前は」

 ノアの質問に、少年は眼を泳がせながら答えた。

「ぼ…くは、ヤスーク。ヤスーク=ハイマンサ」

 名乗った後も眼を泳がせる、ヤスークという名の少年。ただ眼は泳がせながらもヤスークの視線は、ノアやカレンガミノ姉妹に興味津々といったていで、せわしなく注がれた。それに気付いたノアとカレンガミノ姉妹は、無言で互いの顔を見合わせる。そこにヤスーク少年は戸惑いながら、少々奇妙な言葉遣いで訊いて来た。

「きみたちは…実際の女性ですか?」

 どうやらこのヤスーク少年には、女性を見るのは初めての可能性がある。ノアが頷いて「そうよ。あなたは女の人を見た事ないの?」と尋ねると、ヤスーク少年は小首を傾げ、「オンナノヒト?」と返す。“女性”という言葉は使っても、“女の人”という言い回しは知らない様子だ。さらに少年はメイアとマイアを見比べて、不思議そうに呟く。

「同じ女性が二つ」

 やはり奇妙な言い回しである。双子という知識が無いようであり、人を“二つ”と数えるのもおかしい。ノヴァルナ達全員の間に、困惑の空気が流れる。そしてその直後、ヤスーク少年は皆を驚かせた。カレンガミノ姉妹に歩み寄った少年は、躊躇いも無く両腕を伸ばし、メイアとマイアの胸を掴んだのである。
 
「えええーーーっ!!??」

 ヤスーク少年の思いも寄らぬ大胆な行為に、ノアはのけ反って叫び、メイアとマイアがどういった人間か知る男達は、謎の少年の別の意味での“勇気ある行動”に「おおぅ…」と、感嘆じみた声を漏らす。しかもヤスーク少年は指を動かして、メイアとマイアの胸の膨らみを揉みながら、その感触を口にした。

「思ってたより、柔らかい」

 これにはさしものノヴァルナも、唖然として呟いた。

「ゆ…勇者あらわる」

 ところがメイアとマイアは胸を触られているのに、それをしているヤスーク少年の手を見下ろしたまま無反応だ。慌てたのはむしろノアである。

「ちょおっと! ダメダメダメ!」

 そう叫びながらノアは赤面して、メイアとマイアの胸を揉むヤスーク少年の両手を振り払う。そして“なんで?”と言いたそうなヤスーク少年に、強い口調で注意した。

「女の人の胸は、気安く触っちゃダメなの!!」

 さらにノアはツッコミも忙しく、カレンガミノ姉妹にも苦言を呈す。

「あなた達も、どうして無反応なの!? もっと女性として尊厳を持って!」

 しかしカレンガミノ姉妹の考えは、方向性が全く違っている。双子姉妹は声を揃えてノアに告げた。

「姫様に危害は及んでおりませんので、放置致しました」

 こういった非常時において、メイアとマイアにとっては、ノアの身の安全の確保が全てなのだ。したがってもし、ヤスーク少年の手がノアの胸に伸びていたなら、たちどころに組み伏せられて、地面に転がる事になっていただろう。

 この光景を見ながらノヴァルナは腕組みをし、“うーん…”と考える眼になる。ところがこれが、思わぬとばっちりを喰らう事になった。

「ちょっと、あなた!」

 ノアから指さしと共に強い口調で不意に呼びかけられ、ノヴァルナは「な、なんだよ?」と困惑気味に返事をする。

「“自分もワンチャン、触っても怒られないんじゃないか?”とか、思ってるんじゃないでしょうね!?」

「はぁ!!?? ちげーよ! “どっから来たんだコイツ”って、思ってたんだって!!」

「どうだか!」

「いやいやいや! 俺、なにもしてねーだろ!」

 もらい事故案件に当然、不納得顔のノヴァルナ。だがこういう時に限って、普段口数の少ないカレンガミノ姉妹が、余計な事を言う。

「胸をお触りになるのは、構いませんが―――」とメイア。

 即座に真顔で「いいんだ…」と呟くノヴァルナ。その頭を「いいわけあるか!」と、ノアが平手ではたく。“コイツら、やっぱり芸人じゃないのか?”と言いたげな、ガンザザの視線が傍らで痛い。メイアのあとの言葉を、マイアが続ける。

「わたくし共よりノア姫様が、どう思われるかをお考え下さい」

 これを聞いて「ほら見なさい!」と膨れっ面になるノアに、首を左右に振ったノヴァルナは強く訴えた。

「何が“ほら見なさい”だ! おめーら、理不尽が過ぎるだろーよ!!」




▶#20につづく
 
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