銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
223 / 386
第9話:魔境の星

#10

しおりを挟む
 
 ユラン星系第三惑星ジュマは、前述の通り極地方を除く陸地のほぼ全土が、密林に覆われた熱帯惑星である。周回する衛星は三つ。その中の二つはいびつな形をしている。また赤道上には岩石の細いリングがあり、これは太古に二つの衛星が衝突して出来たもので、二つの衛星がいびつな形をしているのは、衝突の結果だとされている。

 そのジュマに接近していくガンザザの持ち船、旧式貨物船『ブローコン』は、ひどくくたびれた船であった。船の型番のC‐44とは皇国暦1544年販売開始を示しており、船暦二十年は“とても古い”という程ではない。しかしまともな整備を、ほとんど受けていないとなると、船暦以上のが来ていてもおかしくはない。

「おい、おっさん! この船マジで、大丈夫なんだろうな!?」

 不審な震動が続く貨物船『ブローコン』の操舵室で、副操縦士席に座るノヴァルナは、右隣の主操縦席に座るガンザザに問い掛ける。

「いやぁ。なんせコイツを飛ばすのは、三年ぶりだからなぁ」

 呑気な口調で、操舵装置を再チェックするガンザザ。

「三年だか三十年だが知らねーが、整備はしてんのかって話だろ!」

 問い詰めるノヴァルナにガンザザは、「ムハハハハ」と笑い声を上げて煙に巻こうとする。整備などやっていないのは明らかだ。

「まぁまぁ、いいじゃないか。もうすぐ着くんだし。しかしさっきは、ビックリしたぞ。俺は潜宙艦なんて見たのは、初めてだからな」

 ガンザザが口にしたのは、一時間ほど前に不意に『ブローコン』号の、斜め前上方に姿を現した、潜宙艦『セルタルス3』についてであった。ただの民間貨物船である『ブローコン』では、間近に来るまでセンサーが反応せず、いきなり窓の外に見えていた無数の星の光が遮られたかと思うと、真っ黒な艦体が迫って来たのだから、ガンザザが肝を冷やしたのも無理はない。
 『セルタルス3』の目的は、前述の未確認宇宙船が三隻、『ブローコン』の後方を同じ針路で進んでいる事を、知らせるためだった。至近距離からの光信号でその件を伝えた『セルタルス3』は、再び三隻を監視するために動き出し、宇宙の闇の中に溶け込んで行ったのである。

 この知らせを受けて、『ブローコン』は一旦針路を変更し、様子を見た。すると三隻は『ブローコン』を追跡するでもなく、そのまま第三惑星ジュマへのコースを直進し通過する。やはり尾行していたのではないようだ。ただ推察的には、『セルタルス3』の艦長の判断と同じく、『アクレイド傭兵団』の秘密施設絡みの可能性が高い。
 
「貨物船が三隻…もしかして、秘密施設への補給かしら?」

 ノアが思い付きを口にすると、テン=カイが小さく頷く。

「可能性は高いですな。ジュマは開拓されていない星ですので、施設の維持に自前で調達できるものは、皆無に近いでしょうから」

 現実的に考えて、遥か彼方の誰も知らない秘密基地など、難しい話である。補給物資の輸送を必要としないならば、それは衣食住から各種機材まで、全てを自給自足出来なければならない。
 そしてそのような事は、実際には不可能だ。となると必要なのは、効率のいい補給路だった。であれば、植民惑星として一応の開拓が進められているラジェと、未開惑星のジュマの関係は好条件と言える。ミョルジ家と手を切ったはずの『アクレイド傭兵団』が、バイオノイド:エルヴィスの生体組織維持に協力しているのも、このユラン星系を保有し続けるためのものかも知れない。



 意図的に追い抜かさせた三隻の未確認宇宙船は、やはり惑星ジュマの秘密施設の方へ向かって行った。一方でノヴァルナ達を乗せた『ブローコン』は、計画通り秘密施設とは惑星ジュマを挟んで反対側へ向かう。秘密施設の限定的な上空警戒センサーの、探知範囲外から着陸地点を目指すのだ。

 眼前でジュマの深緑の大地が大きくなって来る。操舵室のコンピューターが女性の電子音声で、「まもなく大気圏です」と告げる。ノヴァルナがモニターの一つに眼を遣ると、惑星ジュマの秘密施設がある地点から上空に向け、漏斗状に広がる警戒センサーの探知範囲が表示されていた。自分達の船が、その探知範囲の反対側に居る事も、マーカーが示している。

 タイミングを見計らってコクピットパネルの、小さなレバーを大きな指で倒すガンザザ。反応するコンピューター。

「大気圏突入用デフレクター作動」

 一瞬、緑色の光に包まれる『ブローコン』。大気圏突入時に起きる、様々な障害を解消するためのエネルギーシールドである。軍用宇宙艦が戦闘時に展開するエネルギーシールドは、これを大幅に強化したものだ。
 ジュマの大気圏に突入した『ブローコン』は、一気に地表近くまで降下。船首を起こして水平飛行に入る。眼下は見渡す限りの、緑の樹海だった。すると視界の左奥に、空を飛ぶ巨大怪鳥の群れが現れる。翼長は二十メートル以上あるだろう。首が長く、鳥類で言えばサギかツルだろうが、見た目はまるでドラゴンだった。

「おおー、いいねぇ」

 眼を輝かせるノヴァルナ。だがノアはこの先に待ち受ける不安を隠せず、他人事のように喜ぶ夫を、真顔で叱りつけた。

「ちっともよくない!」
 
 巨大怪鳥の群れを一瞬で抜き去った貨物船『ブローコン』は、超低空飛行のままで、『アクレイド傭兵団』秘密施設へ向かう。そして施設から三十キロほどまで接近したところで、一時的に空中で停止。着陸に適した場所を探すため、八基の偵察用反重力プローブを放った。このようなものをガンザザが持っているはずは無く、モルタナの『ラブリードーター』から運び込んだものだ。したがってその放出も、ノヴァルナの護衛として同行している、陸戦隊員達が手作業で行っていた。

「北西に約六キロ…それと、南に約七キロにも、開けた場所があるわ」

 プローブからの偵察情報を映し出したモニターを見詰め、操舵室後方の電探席に座っているノアが報告する。

「着陸は出来そうかい?」と振り返るガンザザ。

「北西のは、なだらかな丘陵。南のは川岸ね。こっちは平地。どちらもギリギリの広さ。自然火災か何かの跡だと思う」

「どうするよ? 殿様」

 ガンザザの問いにノヴァルナは、「南かな」と応じる。

「傭兵団の施設までの直線距離なら、そう変わりはないし、着陸するなら丘陵地より平地の方がいい」

「わかった」

 頷いたガンザザは『ブローコン』の向きを変えると、微速で移動を開始させる。反転重力子の下方放出で、『ブローコン』の周囲の樹木が、枝を激しく揺らせて大量の葉を舞い上げた。同時にその樹木に潜んでいたと思われる、羽が生えた蜘蛛のような巨大昆虫が、何匹も飛び出す。体長は二メートルぐらいであろうか。これを窓から見たノヴァルナは、人の悪い笑顔を浮かべて言った。

「モルタナねーさんが来なくて、正解だったな」

 モルタナは“パリウス宙運”の代表者であるから、ラジェに残っている必要がある…というのは、半分以上が建前であった。ジュマに行くという話になった時、モルタナはノヴァルナを見据えて、第一声で言ったのである。

「あ・た・い・は、ぜーーーったい、行かないからね!!」

 本当の理由はジュマのような密林惑星には、大型の昆虫が生息しているのが当たり前だからだ。大の昆虫嫌いのモルタナにすれば、“怪獣”よりこちらの方が問題だろう。窓の外を見てニヤニヤするノヴァルナに、ノアがジト目で言う。

「あなた。モルタナさんに、“いい土産話が出来た”と思ってるでしょ?」

 ノアの言葉に「なんの事かな~」とすっとぼけるノヴァルナを乗せ、『ブローコン』は樹海の上を滑るように、低空飛行で着陸地点へ向かって行った。





▶#11につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

予言

側溝
SF
いろいろな話を書いていると、何個かは実際に起こってたり、近い未来に起こるんじゃないかと思う時がある。 そんな作者の作品兼予言10遍をここに書き記しておこうと思う。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

母の城 ~若き日の信長とその母・土田御前をめぐる物語

くまいくまきち
歴史・時代
愛知県名古屋市千種区にある末森城跡。戦国末期、この地に築かれた城には信長の母・土田御前が弟・勘十郎とともに住まいしていた。信長にとってこの末森城は「母の城」であった。

処理中です...