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第8話:皇都への暗夜行路
#21
しおりを挟むイヴァーネルの参謀が報告したウォーダ軍の快速部隊とは、戦闘輸送艦『クォルガルード』を旗艦とした、第1特務艦隊の事であった。
恒星間警備艦隊に配備されている重巡や宙雷戦隊など、高速艦で編制されている第1特務艦隊は、その速力を活かして先行。八隻の戦闘輸送艦と、四隻の軽空母から艦載機を発進させ、第四惑星ショーリュジンの衛星軌道上に展開していた、ブラストキャノン衛星とそれを護衛する星系防衛艦隊に、襲撃を仕掛けたのである。
速攻プラス速攻で、実質的に不意を突かれる形となった惑星上の防衛艦隊は、慌ててBSI部隊を発進させたが、ノヴァルナのBSHOと、それに従うウォーダ軍BSI部隊の前に敗退。
さらに後方を追いついて来た別動本隊から、正確な遠距離射撃が開始されると、防衛艦隊より先に、ブラストキャノン衛星が破壊される結果となった。この事によりミョルジ側の士気の低さが顕在化し、防衛艦隊は半数以上が惑星ショーリュジン守備を放棄して逃走する。驚くべき怠慢さだがこの逃走した半数というのが、『アクレイド傭兵団』第三階層の寄せ集め部隊となれば、頷けるものである。
あてにしていた第四惑星ショーリュジンからの、遠距離砲撃が阻止された敵将イヴァーネルは、ショーリュジン城に対してウォーダ軍への降伏を指示。そして自らが率いていた艦隊はナグオーク・キヨウ星系から撤退を開始する。ショーリュジン城の兵は本来、皇国軍に属していた兵であり、ウォーダ側から“城兵を降伏させるのであれば、危害は加えない”との連絡があったためだ。
主恒星ナグオッグの戦場から離脱していく、イヴァーネル艦隊の姿を『ヒテン』の艦橋から眺め、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガは、仮面のノヴァルナに語り掛けた。
「本当に…逃がしてよいのですかな?」
「ノヴァルナ様からのご指示だ。ジョシュア陛下のご希望でもある」
ここに来て仮面のノヴァルナは、“ノヴァルナ様”という言葉を使い、目上のノヴァルナが別に存在している事を示した。つまり『ヒテン』の司令官席に座っているのは、影武者のヴァルミス・ナベラ=ウォーダという事になる。傍らに立つヒルザードも、芝居に付き合っていたわけだ。
「確かに、敵の士気が低い場合、追い詰めて死に物狂いにさせるよりも、逃げれば生き延びられると思わせた方が、良い時もありはしますが…」
ヒルザードがそう言うと、ヴァルミスは冷めた口調で応じる。
「いや。ジョシュア陛下が“慈悲の心を忘れず戦って欲しい”と、ノヴァルナ様に仰せになられたそうだ」
これを聞いたヒルザードは、苦笑いを浮かべて「なるほど」と告げた。
慈悲の心は良いが…とヒルザードは思う。今回の戦場となったナグオーク・キヨウ星系。そしてソーン=ミョルジが守るキーズ星系は、星帥皇室がNNLシステムの制御を奪回した、ヤヴァルト宙域の星系であったが、残る“ミョルジ三人衆”の筆頭格ナーガス=ミョルジがいるアクターヴァン星系は、エルヴィスがNNLシステムの制御を掌握したままの、セッツー宙域に位置している。
となると三人衆の戦略は、ナグオーク・キヨウとキーズの両星系でこちら側の足止めと戦力の削ぎ落し、さらに兵員の疲労を行う。その間に本命の防衛拠点であるアクターヴァン星系の防備を固めて、ナグオーク・キヨウとキーズから撤収して来た部隊を加えた戦力で、ウォーダ軍がNNLを使用できない環境のもとで、迎撃の主戦場にする事だと思われる。そうであるなら、ここでもっとイヴァーネル艦隊に損害を与えておいてから、逃がすのも手であろう。
“だがまぁ…これは考え方の違い、というものだろう”
ヒルザードは自分でそう納得した。ノヴァルナはまだ今の立場上、ジョシュアの顔を立てておく必要がある。それに本物のノヴァルナが現在、秘密裡に進めている“もう一つの作戦”が成功すれば、ミョルジ家の勢力はこの周辺から、一掃されるはずだ。そこにノヴァルナの影武者を務めたヴァルミスの、別動隊への指示が出される。
「別動隊に連絡。これからそちらに合流すると伝えてくれ」
その別動隊がいる第四惑星ショーリュジン衛星軌道。『クォルガルード』を背後にした宇宙空間に、ノヴァルナの機体が浮かんでいる。周囲には『ホロウシュ』や一般のBSIユニットが、低速で警戒飛行を続けていた。
だがそのノヴァルナの機体は『センクウ・カイFX』ではなく、先代の『センクウNX』である。その『センクウNX』に近づいて来る、ランの『シデン・カイXS』から専用回線で通信が入った。言葉遣いは丁寧だが敬語ではない。
「ご苦労でした、帰還しましょう。機体を降りる際、仮面を被るのを忘れずに」
『センクウNX』のコクピットに座る人物は、「かしこまりました」と応じてヘルメットを脱ぐ。ノヴァルナではない。『ホロウシュ』のジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムだ。
そして同じ頃、アルワジ宙域の一画で、DFドライヴが発生させたワームホールから、小船団が超空間転移して来た。数日前、正式にウォーダ家の配下となった宇宙海賊『クーギス党』の小船団である。
「着いたよ、殿様」
そう言って振り返るモルタナ=クーギスの視線の先には、不敵な笑みを浮かべた本物のノヴァルナの姿があった………
【第9話につづく】
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