銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第8話:皇都への暗夜行路

#14

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 旧知の仲のように馴れ馴れしく、ノヴァルナに語り掛けて来るヒルザードは六十代前半。黒と浅葱に染め分けられた軍装を身に纏い、髪は全て白髪で銀狐のように見えた。切れ長の眼が闘将というより、知将というイメージを強くさせる。

「よく来たマツァルナルガ。ノヴァルナだ」

 あえてぶっきらぼうに応じたノヴァルナは、腕を差し出す身振りでヒルザードに座るよう促す。ヒルザードは些か芝居じみた大袈裟な動きで、「ははっ」と鷹揚に頷いて腰を下ろした。そしてノヴァルナではなく、いきなりランに顔を向けて声を掛ける。

「そなたがラン・マリュウ=フォレスタか。噂は聞いておる。ノヴァルナ様によく忠義を尽くしておるとの話、同じフォクシア人として嬉しく思うぞ」

 まるでこの応接室へ来るまでの、ノヴァルナとランの会話が聞こえていて、それに対する皮肉であるかのような、ヒルザードの物言いだった。ランは表情を見せずに、「ありがとうございます」とだけ応じる。ただランという人間を知るノヴァルナは、彼女が纏う空気から“うわぁ…怒ってるぞ、コイツ”と察知した。おそらくランは、ヒルザードがノヴァルナを無視して、自分に話しかけて来たような態度を見せた事に、腹を立てているのだろう。

 しかし当のヒルザードは、ランの苛立ちを知ってか知らずか、気に留めるふうも無く、応接室の天井をゆったりと見回しながら、感嘆した口調で告げる。

「いやそれにしても…『ヒテン』でしたか? 良いふねですな。ううむ…いい。実にいい」

 自由勝手に振る舞うヒルザード。対峙するノヴァルナも気圧される事無く、いつもの不敵な笑みと共に、気兼ねも見せずヒルザードに問い掛ける。

「へえぇ…どこが、そんなにいい?」

「シャトル格納庫から、こちらへ参るまでに拝見したのですが、まず…掃除が行き届いておりますな」

「変わったところに、眼を付けるもんだな…それがそんなに、いい事なのか?」

「はい。清掃が行き届いているのは、艦の状況に余裕がある事を示しております。そしてその余裕が総旗艦のものであるならば、それは即ち、全艦隊が余裕を持って行動出来ているという事…重畳ちょうじょうこの上無き事で、ございましょう」

「なるほどな」

「次に、シャトル格納庫の整備兵。眼も生き生きとして、動きも機敏…末端の兵までがこうであるのは、高い士気を維持できているという事にございます。この二つを見ただけでも、ここへ来た甲斐があったというもの」

 上手い褒め方だな…とノヴァルナは感心した。だがそれ故に、ノヴァルナの感性がヒルザードは危険な人物だと感じる。
 
「艦とウチの連中を褒めてくれるのは有難いが、前置きがげーのは嫌いなんでな。ここは腹を割って話そうじゃねーか」

 ノヴァルナがそう言うと、ヒルザードはニタリ…と口許を歪めて、「仰せのままに…」と頭を下げる。細めたその眼の奥では、“喰えぬ若造が…”と呟いているのが見て取れた。おそらくヒルザードは自分主導で話を進めようとして、ノヴァルナを持ち上げるような掴みの言葉を、口にしたのだろう。しかしそうは問屋が卸さないのが、ノヴァルナであった。普段の砕けた口調にすると、簡単にはヒルザードに話のペースを渡さない。もっともヒルザードの方もノヴァルナの普段の口調に、興味を抱いたようではある。

「まずは、テルーザ陛下が殺害された時、ジョシュア陛下を逃がしてくれた事に、感謝するぜ。いずれ改めて、ジョシュア陛下に拝謁できるよう整える」

「ありがとうございます」

「で? なんでミョルジ家と手を切ったんだ? 何の利があった?」

 ミョルジ家の実権を握った“三人衆”との関係が悪化したとはいえ、完全に敵に回してしまうには、ヒルザードにもそれなりの理由があるはずだった。それを知るために、本題を正面から斬り込んで来るノヴァルナだが、ヒルザードに動じる様子は微塵も見えない。さらりとその理由を打ち明ける。

「使えなくなった…からに、ございます」

 さりげなく言うその口調が、むしろ背筋を寒くさせる。ヒルザードは僅かに鼻を鳴らして、言葉を続けた。

「戦国の世で弱き事、見通しの甘き事は、悪にございますれば、早めに切り捨てるのが上策…そうでございましょう?」

「ま、分からんでもねーがな。あんたの言ってる事は、俺が知ってた人間が言ってた事と似てるし」

 ノヴァルナがそう言うと、ヒルザードは「ハッハッハッ…」と、笑い声を上げて応じる。

「それはドゥ・ザン=サイドゥ様の事ですな。よく比較されます。実に光栄な話でございます」

「そんで、ミョルジ家の“三人衆”とやらに失望して、見切りをつけたってか?」

「さようです。ナーグ・ヨッグ様はもう少し長い眼で、戦略を練られておられた。しかし“三人衆”は先を急ぎ過ぎた。いまテルーザ陛下を殺す必要は、全く無かったのです。そしてその結果がこれですので、それ見た事か…ですな」

「そのナーグ・ヨッグだが、実際のところ、なんで死んだんだ?」

 ミョルジ家前当主のナーグ・ヨッグの死は、“急死”とだけ公表され、その死因は伏せられたままであった。そのため実際は、身内に暗殺されたのではないかという説が広まっている。
 
 ノヴァルナの問いにヒルザードは、重要な真実を、これもまたさらりと告げた。

「精神を病んだ末の自殺、でございます」

「なんだそりゃ?…星大名の死に方とは思えねーけど。マジなのか?」

 ナーグ・ヨッグの思わぬ死因を聞かされ、ノヴァルナは眉をひそめる。ナーグ・ヨッグ=ミョルジは少なくとも、天下に手を掛けようとしていたのだ。それを目前にして精神を病み、自ら命を絶つなど、普通では考えられない。

 そこから先のヒルザードの話では、これまでの戦いでナーグ・ヨッグは嫡男と弟を失い、元から神経質な性格であった事もあって、実際のところ普段からかなりのストレスを抱えていたらしい。
 それが高じて昨年あたりからは、疑心暗鬼がひどくなり、他人への疑いの眼が、止まらなくなっていたようである。そしてそこへ持ち込まれたのが、ナーグ・ヨッグのもう一人の弟で、アルワジ宙域を治めるアターグ家の養子となっている、フーバン・イスケンデル=アターグが謀叛を企てている、という情報だった。

 このフーバン・イスケンデル=アターグは、ミョルジ軍の中核を成す副将格の武将であり、アルワジ宙域の全艦隊戦力を率いる立場にあった。またその一方で、人徳に富んだ人物で、アルワジ宙域軍だけでなくミョルジ家の全ての将兵達から、支持されていたと言われる。
 しかしその人望の厚さゆえに、ナーグ・ヨッグに批判的な者達が集まって、その中心に据えられるのではないか…つまりミョルジ家を、フーバンに乗っ取られるのではないか、という噂が流れ始めたのである。

 そしてこの噂を聞き付けたナーグ・ヨッグは、疑心暗鬼により結果的にフーバンを暗殺。だが調べてみると、そのような謀叛の計画など微塵も無く、本当に単なる噂であった事が判明したのだ。
 あらぬ疑いをかけて自分の弟を暗殺させたナーグ・ヨッグは、自らの愚行に失望し、自責の念に堪えられなくなって、程なくして服毒自殺したのだという。

 ところがヒルザードの話は、それで終わりではなかった。

「…ですがこの謀叛の噂、わたくしが独自に調べさせたところ、“三人衆”と『アクレイド傭兵団』が発信源と思われまする」

「なに?」とノヴァルナ。

「人望が高かったフーバン様は、ナーグ・ヨッグ様よりもむしろ、“三人衆”にとって脅威でした。そしてフーバン様は、『アクレイド傭兵団』との繋がりが、ミョルジの家中で大きくなる事を警戒していた…いわば、目障りだったのでございます」



▶#15につづく
 
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