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第8話:皇都への暗夜行路
#10
しおりを挟むノヴァルナが厳しくしたのは、『アクレイド傭兵団』の残党だけでなく、自軍の兵達に対しても同様であった。ミノネリラ宙域を攻略していた時と同じく、キヨウの住民へ危害を加える事を固く禁じ、違反者には厳罰を持って対処する旨を、上洛軍総員へ発布したのだ。
このノヴァルナの強硬は反応には、五年前に一度キヨウを訪れ、戦乱で荒れ果てた市街地と疲弊した住民達を、目の当たりにしていたからである。
事実、キヨウの住民達はいつまで経っても回復しない治安に、怯え切っていた。地上に降下して来たウォーダ軍の陸戦隊が、『アクレイド傭兵団』の残党を全て駆逐し終わっても、住民達は住居の中で息を殺して隠れていた。今度はウォーダ兵による略奪行為が始まると、大半の人間が考えていたからだ。
ところが三日が過ぎ、四日が過ぎ、一週間が経過しても、住民に対するウォーダ兵の略奪行為が行われたという話は、SNSでも口コミでも聞かれない。それどころか十日目になると、ウォーダ軍がキヨウの民衆に、食料品や生活必需品の配給を始めたという噂が、かなり信憑性の高い噂として流れ始めた。
これを知り、恐る恐る住居の外へ出てみた彼等の視界に入って来たのは、噂通りの配給だけでなく、早くも復興に向けた作業を始めている、ウォーダ兵達の姿だったのだ。
ノヴァルナの指揮は、ジョシュアと上級貴族達に、必要最小限の護衛を付けてキヨウへ送り届けたあとは、艦隊をキヨウの衛星軌道から離脱させる、というものであった。宇宙艦隊が衛星軌道上に展開していると、晴れた日には地上からも、空の中に白く僅かに見えるため、住民達から信頼されるようになるまでは、無用な不安を煽るからである。
さらにノヴァルナは住民達に、たっぷりの配給を行った。その役目を仰せつかったのが、カルネード=ウォーダの補給艦隊と、それを護衛するキノッサの第2護衛艦隊だ。キヨウ全体への配給はカルネードに任せ、キノッサは他の惑星から配給品を調達する係として、宇宙を駆けずり回る事となった。そして―――
「今度来たウォーダ軍は、これまでと違うようだぞ」
「略奪とかあったって話…聞かないな」
「東地区じゃウォーダの兵士が、商店でちゃんと支払いをしたって話よ」
「ノヴァルナ公ってのは、名うての乱暴者って噂じゃなかったのかい」
「これは本当に我々の救援に、来てくれたのかもしれん!」
…などと、日を追うごとにウォーダ軍の評価は、好転し始めたのである。
一方、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガはキヨウ到着後、すぐに中央行政府の『ゴーショ・ウルム』へ入った。NNLシステムの中枢にダイレクトアクセスを行い、トルダー星系のハブステーションからアクセスしている、エルヴィスのリンクの排除作業を開始する。
ただこの作業は、ク・トゥーキ星系のハブステーションで行ったような、システムの一部を乗っ取るのとは違い、NNLシステムの中枢からエルヴィスを締め出した上に、ジョシュアを正式な星帥皇として認証させ直させるため、上級貴族のさらなる協力のもと、数日は掛かるかなり複雑なものとなり、現在でもその作業は続いていた。
「ニージョン…新たな宇宙城にございますか?」
5月25日。総旗艦『ヒテン』の会議室に集められた、重臣達―――各艦隊司令官の等身大ホログラムの前で、ノヴァルナは新構想を打ち出した。皇都惑星キヨウの衛星軌道上に、防衛拠点となる宇宙城を新たに建造する構想である。『ニージョン』という名の新たな宇宙城は、『ゴーショ・ウルム』の上空の静止軌道で、防衛艦隊への補給と、キヨウに接近して来る敵を阻止する役目を負うものだ。
「おう、『ニージョン』宇宙城。だいたいキヨウは、無防備過ぎるんだ。“オーニン・ノーラ戦役”ん時も、八年前にミョルジ家に攻め込まれた時も、ショボい戦闘衛星が、何基か浮かんでただけだって話じゃねーか」
カッツ・ゴーンロッグ=シルバータの問いに、ノヴァルナは腕組みをして、座席の背もたれに身を沈めながら答えた。
「ですが皇都惑星キヨウは、銀河皇国の平和統治の象徴として、宇宙要塞の類は衛星軌道上に置かない事を、伝統としております。それに反する事になりますが…」
ノヴァルナのクローン猶子のヴァルカーツが、慎重な意見を出す。これに反論したのは弟のヴァルタガだった。慎重な性格のヴァルカーツと対照的に、ヴァルタガは積極果敢な性格である。
「そのような伝統が、現実的にキヨウを守ったりしましたか? 違う。だからこそ御義父上は、宇宙城の建造を考えられたのでしょう」
強気なヴァルタガの発言だが、的は得ていた。これまではキヨウを守るのは防衛艦隊の役目で、それが失われてしまうと、他に高い防衛戦力は無かったのだ。だが宇宙城のような強力な防衛拠点があれば、それが敵を食い止めている間に、ミノネリラ宙域から増援を送り込む事も可能となる。ノヴァルナとしてはこの先、キヨウを確保していくにあたり、当然、考えておくべき事であった。
ヴァルタガの発言が終わるタイミングを見計らって、ノヴァルナのもとへ新任の事務補佐官のジークザルト・トルティア=ガモフが歩み寄り、一礼して小声で来客を告げた。
「ノヴァルナ様。商工会と金融機関、市民議会らの各代表が到着しました」
これを聞いてノヴァルナは「わかった」と頷く。そして重臣達のホログラムを見渡し、ジークザルトの肩にポンと右手を置いて言う。
「俺はちょいと中座する。『ニージョン宇宙城』については、こいつが説明の続きをするから、聞いといてくれ」
ノヴァルナはキヨウの『ゴーショ・ウルム』がある、ゴーショ行政区の住民や商工・金融界の代表が、自分達から謁見を申し込んで来るのを待っていたのだ。ミョルジ家や『アクレイド傭兵団』の前例もあって、キヨウへ来ていきなりこちらから出頭を命じては、企業や市民の代表達に余計な警戒心を抱かせる事になるという、ノヴァルナなりの配慮である。向こうからの謁見の申し入れが、会議と重なったわけだが、ノヴァルナは謁見を優先したのだった。
「それでは私がノヴァルナ様に代わり、『ニージョン宇宙城』の概要をご説明致します―――」
会議室内に『ニージョン宇宙城』の、立体ホログラムを出現させたジークザルトが、新参の若輩にも拘らず胸を張り、重臣達に落ち着き払って概要説明を始める。その様子をノヴァルナは肩越しに眼を細めて一瞥し、会議室をあとにした。
今のノヴァルナがまず腐心しているのは、ともかくキヨウの人心の安息である。メンタル面をケアしてこそ皇都復興に際し、自主性を持たせる事が出来るからだ。配給品を大量に運び込んだり、復興作業を早々に開始したのも、人々に視覚から安心感を与えたいという考えがあった。謁見を望む人々が待つ応接室の扉が開くと、ノヴァルナは君主らしい余裕のある、穏やかな笑顔を見せて口を開いた。
「よく来て頂いた。ウォーダ家当主、ノヴァルナ・ダン=ウォーダであります…」
その三日後の5月28日。ジョシュア・キーラレイ=アスルーガの、星帥皇認証がようやく完了し、銀河皇国のNNLシステムを、こちらの制御下に置く事に成功する。しかしながらトルダー星系にいるエルヴィスも、セッツー宙域からミョルジ家の祖国アーワーガ宙域にかけて、新たなプロテクトを構築して対抗。ジョシュアの銀河皇国のNNLシステム完全掌握は、阻止される事となった。
そして皇国暦1563年6月1日。ジョシュア・キーラレイ=アスルーガは、正統新星帥皇として公に宣言を行った。一方でエルヴィス・サーマッド=アスルーガも星帥皇を退位してはおらず、ここに銀河皇国は二重政権となったのである………
▶#11につづく
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