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第8話:皇都への暗夜行路

#09

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 そして当然ながら、『アクレイド傭兵団』主力部隊の離脱は、ミョルジ家にとって最大レベルの痛恨事となった。
 ミョルジ家そのものの主力部隊は、同盟軍のユーサ家の主力部隊と共にセッツー宙域にあり、エルヴィスのいる『ハブ・ウルム・トルダー』を警護しているため、皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域が、『アクレイド傭兵団』主力の離脱で、手薄になってしまったのである。

 しかもヤーマト宙域に勢力圏を得ていたミョルジ家側の有力武将、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガが完全に離反。叛旗を翻す事を表明した。キヨウには『アクレイド傭兵団』の、第三階層と第四階層の部隊が残ってはいるが、予備戦力的なレベルでは、正規のウォーダ軍に敵うはずもない。
 
 ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガは、前星帥皇テルーザが“ミョルジ三人衆”によって殺害された際、ヤーマト宙域にいたジョシュア・キーラレイ=アスルーガの逃亡を助力。この時点ですでに、ミョルジ家から離反する気であったのだろう。そしてウォーダ家がジョシュアを擁し、ヤヴァルト宙域へ入った事で、旗色を鮮明にしたという事だ。

「おのれヒルザード。忌々しい奴め」

 セッツー宙域トルダー星系第五惑星ガルンダにある、NNLハブステーションの『ハブ・ウルム=トルダー』に隣接したトルダー城の会議場で、ナーガス=ミョルジが呪詛の言葉を口にする。“ミョルジ三人衆”の筆頭格であって、急死したナーグ・ヨッグ=ミョルジの従叔父にあたる、六十代の小柄な男だ。

「“宇宙ギツネ”のフォクシア人が、本性を現した…という事だろう」

 そう吐き捨てるように言うのは、ソーン=ミョルジ。同じく“三人衆”の一人であり、ミョルジ一族では分家筋になる、四十代のスキンヘッドの男である。“宇宙ギツネ”とは、マツァルナルガの種族であるフォクシア星人に対する蔑称だ。しかしそのような蔑称を用いてはいるが、声には迫力を欠いており、対応に苦慮している事を滲ませていた。

「それより問題は、キヨウの防衛をどうするかだ」

 話を本題に戻したのがトゥールス=イヴァーネル。この男が“三人衆”の残る一人。褐色の肌をした肥満気味の四十代の武将。ヤーマト宙域の独立管領家の出身であり、厳密にいえばミョルジの一族ではない。

「キヨウ近郊には現在、我が方の武将イルク=ワムルの艦隊を中心にした四個艦隊と、『アクレイド傭兵団』の残存部隊が居ります。これにウォーダ軍を迎撃させるべきでは?」

 会議に参加している重臣の一人が、意見を述べる。しかし別の重臣が、それに否定的な反応を見せた。

「ワムル殿の軍はともかく、傭兵団の方は第三階層と第四階層…寄せ集めとならず者ばかりではないか。まともな戦力とはいえんぞ」

 以前にも述べた通り、『アクレイド傭兵団』は四つの階層で構成され、第三階層は艦船やBSIユニットも保有し、それなりの戦力はあるが、その中身は各宙域で廃棄された宇宙艦や、BSIユニットを集めて来て修理した寄せ集めであり、予備戦力的な能力しか持たない。
 そして第四階層の部隊に至っては、戦闘よりも略奪や破壊行為による攪乱や、心理戦を生業とした、盗賊や海賊並みの犯罪集団レベルの者達であった。このような者共を、ウォーダ軍迎撃の最前線に配置しても、味方の足を引っ張るだけだ。
 
「ウーサー殿の軍を動かすのはどうか? またタンバールのナイート殿に、援軍を請うのも良いのではないか?」

 重臣のやり取りを聞いて、ソーンがナーガスに提案する。だがナーガスは首を横に振った。

「ウーサー殿はハダン・グェザン家の動きに、備えさせておかねばならん。それにタンバール宙域も、ウォーダ軍のヤヴァルト宙域侵入で、動揺が広がるはずだ。その抑えにナイートの軍は温存する必要がある」

 ウーサー家は元々カウ・アーチ宙域の、ハダン・グェザン家に従属していた。そしてハダン・グェザン家は、旧星帥皇室派としてミョルジ家と敵対しており、今回のジョシュア上洛に呼応して、戦闘を仕掛けて来る可能性がある。これへの対応のため、ユーサ家を動かす事は出来ない。
 一方のヤヴァルト宙域と隣接するタンバール宙域には、もう一つのNNLハブステーション『ハブ・ウルム=キャメオルガ』が設置された、キャメオルガ星系を防衛する役目を持つ、同盟軍のナイート家がヤ・ギア星系にいるが、星帥皇室の直轄領も多いこの宙域には、ミョルジ家と敵対する独立管領も多く存在し、ナイート家も動かせない。

 それでミョルジ家自体はどうかと言えば、こちらも本国であるアーワーガ宙域の状況が、不安定となりつつあった。アーワーガ宙域と隣接する、トゥーザ宙域統一を果たしたスティスベガ家が、さらに勢力を拡大し、アーワーガ宙域にも進出しようとしているのだ。したがってミョルジ家の本国に残している部隊も、動かすのは不可能となって来ていた。気が付けば八方塞がり…今のミョルジ家が置かれた立場が、まさにこれである。

 するとここまで全く発言していなかった、ミョルジ当主のヨゼフ・サキュダウ=ミョルジが、躊躇いがちに意見を述べた。当主になったばかりと言っていい二十代半ばの細身の若者は、迫力に欠き、まるで安価な置物のように見える。

「や…やはり、NNLシステムの封鎖と超空間ゲートの運営を盾に、各星大名への支配権の確立を急いだのが、まずかったのでは…」

 ヨゼフの見識は正しかった。新星帥皇エルヴィスを使って銀河皇国の支配権を、各星大名へ早期に認めさせようとしたのが、逆に反発を招いたのだ。無論、前星帥皇テルーザを弑逆しいぎゃくしたのも、反発の原因の一つではあるが、自分達に直接火の粉が降りかかって来たのが大きい。
 そしてウォーダ軍の上洛開始が早かったのも、各星大名への影響としては小さくない。ミョルジ家への反発と相まってロッガ家以外は皆、傍観という名のウォーダ家への支援に回ってしまったのだ。
 
 ただヨゼフの言葉は現状への対策でもなんでもなく、“三人衆”筆頭のナーガスに、「今はそのような事を、論じている時ではございません」と一蹴される。もっとも、お飾りだと思っているヨゼフに痛いところを突かれた…という、忌々しさもあるのだろうが。

 結局、『アクレイド傭兵団』の主力部隊を欠いた現有戦力では、ウォーダ軍の撃退は難しいと判断。自分達が現在いるトルダー星系の集中防衛と、エルヴィスによる『ハブ・ウルム=トルダー』の支配権維持に専念。皇都惑星キヨウは“一時的に”明け渡す事を決定した。消極策ではあるが、無理に迎撃を行って大損害を出すよりは、立て直しの機会を確保するという点で現実的な選択であり、間違ってはいない判断だろう。



 そして皇国暦1563年5月12日。ノヴァルナの上洛軍は抵抗を受ける事無くヤヴァルト星系へ到達。翌13日早朝には第三惑星キヨウの衛星軌道へ進入する。もっとミョルジ家と『アクレイド傭兵団』から、激しい抵抗があると想定していたため、思いのほか他愛ないと言えば他愛ない。

 だがキヨウへ着いたノヴァルナには、治安の回復という仕事が待っていた。キヨウに残っていた『アクレイド傭兵団』の第四階層の兵達が、撤退前にキヨウ全土で略奪行為を行ったからである。
 エルヴィスが新たな星帥皇を名乗り始めた頃は、最高評議会からの命令で、市民に対する略奪や暴行を控えていた第四階層の兵達だが、最高評議会とミョルジ家の契約が終了し、ミョルジ家のキヨウ残存部隊が引き上げると、たちまちならず者の集まりの本性を剥き出したのだった。

 エルヴィスを新星帥皇として市民に認めさせるため、略奪行為の禁止とキヨウ復興を命じたミョルジ家の施策が、曲がりなりにもその兆しを見せ始めた矢先の、第四階層による再度の略奪行為にノヴァルナは激怒。指揮下の強襲降下母艦十六隻からなる降下陸戦機動群だけでなく、各基幹艦隊からも陸戦部隊をキヨウに送り込んで、『アクレイド傭兵団』第四階層の兵達で撤退が遅れ、まだキヨウ上にいる者を徹底的に掃討するよう、強い口調で命じた。
 さらにこの命令はキヨウだけでなく、当然、キヨウから逃げ出した第四階層の宇宙船にも及んだ。トクルガル家とアーザイル家の艦隊から抽出された軽巡航艦と駆逐艦が、高速を活かしてヤヴァルト星系周辺に展開。略奪品や人身売買用の若い男女を載せた宇宙船を、片っ端から拿捕していったのである。



▶#10につづく
 
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