銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
197 / 375
第8話:皇都への暗夜行路

#06

しおりを挟む
 
 ノヴァルナの前に展開された通信ホログラムスクリーンに、白髪の男の上半身が映し出される。『アクレイド傭兵団』のグレーの軍装を着た、その初老の男には見覚えがあった。

「ご無沙汰しております。ノヴァルナ様」

「ああ。あんたか…確か、ハノーヴァなんとかだったか?」

「覚えて頂いておられましたとは、光栄にございます。バルハート=ハノーヴァにございます」

 男はバルハート=ハノーヴァ。前述した五年前にノヴァルナと会い、調停役を務めた、『アクレイド傭兵団』中央本営第3艦隊の司令官だった。そして最高評議会議員の一人でもある。通信を入れているのは、巨大艦の前面に配置されている艦隊の、旗艦であった。五年前にノヴァルナが見た巨大戦艦である。おそらくこの艦隊が、本営第3艦隊という事なのだろう。

「単なる話し合いに、わざわざこんな所まで、出張って来たのか?」

「はい。会談役は殿下と面識がございます、わたくしが務めさせて頂きます」

 物腰も柔らかく、ハノーヴァはゆっくりと会釈した。

「それにしても、すげー大艦隊で、えらく仰々しいな」

「恐れ入ります。この機会に、殿下に我等が本営艦隊をご覧頂きたいと、最高評議会議長が申しましたもので」

 その言葉にノヴァルナの眉が、ぴくりと動く。

「最高評議会議長…そいつとは会えるのか?」

「それはご容赦下さい」

「“それはご容赦下さい”って事は、ここに来てはいるって事だな。その後ろでふんぞり返ってる、デカブツに乗ってるのか?」

 そう言って巨大艦を指さすノヴァルナに、ハノーヴァは僅かながら苦笑いする。発言の意味するところを見抜く、ノヴァルナの鋭さに感嘆したのだ。

「はい。後方におりますのは、傭兵団総旗艦『ヴォルガ・アクレイダス』。議長のご紹介は出来ませんが、我々の艦隊や総旗艦のデータを収集されるのは、一向に構いません」

 ご自由に…と聞いて、ノヴァルナは相手の自信を感じた。実際こうしている間にも、ウォーダ軍の全艦が『ヴォルガ・アクレイダス』の、スキャンを行っているはずである。それを自由にやれと言っているのだ。

「大した自信だな、ハノーヴァ殿。それじゃあ本題に移るとしようか。中央本営艦隊がなぜここにいる? 俺になんの用だ?」

 ノヴァルナが問い掛けると、ハノーヴァは思いも寄らぬ言葉を返して来た。

「はい。我等『アクレイド傭兵団』最高評議会が、ミョルジ家との契約を終了した旨を、お伝えに参上した次第です」
 
「ミョルジ家との契約を終了!? どういう事だ!?」

 さしものノヴァルナも驚きの声を発した。これまでの動きを見れば、ミョルジ家と『アクレイド傭兵団』は、一心同体のようなものであったからだ。

「言葉通りの意味でございます。我々はあくまでも、営利目的の組織でありますので、より多くの利益を上げられる案件を選択するのは、当然でございましょう」

 落ち着き払ってそう告げるハノーヴァだったが、ノヴァルナは疑念に満ちた眼で睨みつける。

「て事は、ミョルジ家との契約より、儲かる話が見つかったってのか?」

「はい。アン・キー宙域の辺りに…」

「へぇえ…」

 そう言われるノヴァルナには心当たりがあった。オ・ワーリ宙域から見て、シグシーマ銀河系の反対側にあるアン・キー宙域では、独立管領から身を起こしたモータナル・シェス=モーリーが、孫のティルモルドゥとの二頭体制で、新興の星大名として急激に勢力を拡大。アン・キー宙域本来の統治者であったオーティス家を衰退させて、さらに周辺の宙域にまで支配圏を伸ばしているらしい。
 新興のモーリー家からすれば、戦力は幾らあってもいい状況である事は、間違いない。そうであるならミョルジ家より好条件を、『アクレイド傭兵団』に提示したとしてもおかしくはない。ただそう考えても、ノヴァルナは疑念を払拭できない。

「だがキヨウの方は、いいのかよ?」

 そうなのだ。モーリー家の事は、たとえどれほど大取引だとしても、言い方は悪いが“地方のいざこざ”なのである。ミョルジ家と契約していたのは、『アクレイド傭兵団』が銀河皇国の中心に食い込むという、大きな利点があったはずだ。現にミディルツの情報では、新星帥皇を名乗るエルヴィス…バイオノイド:エルヴィスの製造技術を、『アクレイド傭兵団』がミョルジ家に供与したという話だった。

 しかしハノーヴァには、そのような事は些末な問題らしい。僅かな笑みを交えて鷹揚に答える。

「お気に掛けて下さり、ありがとうございます。ですがお気遣いなく。充分な利益は回収致しました―――」

 そしてハノーヴァは、冗談とも本気ともつかぬ言葉を口にした。

「それより如何でしょう、ノヴァルナ様。ウォーダ家も我々と、ご契約なされませんか? モーリー家と契約しても、我々にはまだ戦力に余裕がございます。きっとこの先、殿下の覇道のお役に立てると思いますが」

 これに関しては、ノヴァルナの回答に淀みはない。

「いらねー」
 



▶#07につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

戦国記 因幡に転移した男

山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。 カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。

処理中です...