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第8話:皇都への暗夜行路
#00
しおりを挟む今日を溯ること十日前―――
それはミノネリラ宙域、惑星バサラナルムの大湿原。この惑星の名物であり、観光名所でもある大湿原の広さは約四十万平方キロ。別の世界の別の惑星で“カスピ海”と呼ばれる、巨大塩湖ほどもある。
この辺りは山も無く、地平線に沈む春の夕陽がひときわ鮮やかだ。そして紫色と茜色のグラデーションに染められた空には、この惑星のもう一つの名物である、南北両極に跨る氷のリングが、瀟洒な細工が施された、銀のネックレスのように輝き始めていた。
そして湿原に視線を落せば、この惑星固有種である水草のムラサキアシビキが、見渡す限り一面に、その名の通りの紫の花を咲かせ、夕陽の光にその色をいっそう濃くさせている。
そんな水面に広がる紫色の花畑の上を、二基の反重力フローターが、低い金属音を響かせながら宙に浮かんで進んでいく。
反重力フローターとは、直径130センチほどの円盤に操作盤の付いた手摺と、小型の反重力エンジンが取り付けられた、足場の悪い観光地によく見かける一人乗りの乗り物で、最高速度でも人間の駆け足程度しか出せない。
フローターに乗っているのは、キノッサとネイミアだった。午前中に大昔のレシプロ飛行艇を模した遊覧機で大湿原の各名所を巡った二人は、午後遅めめに昼食を済ませて、白一色のレストハウスをフローターで出発。サンショクスイレンやムラサキアシビキの花畑を巡り、周りに他の観光客が誰もいないこの場所へ、辿り着いたのだ。
フローターに乗っキノッサとネイミアは背中を並べ、無言で夕陽の沈みかけた花畑を眺めている。
すると不意にそわそわし始めるキノッサの背中。やがて隣でその動きに気付いたネイミアが、不思議そうな表情で横顔を向けた。
何度も何度も手で頭を掻いたキノッサは、意を決したのか一つ大きな息をして肩を揺らし、背筋を伸ばすと上着の懐から小さなケースを取り出して、ネイミアに向き直る。たどたどしく口を開き、何事かを告げているらしいキノッサに、ネイミアはうつむき加減で頷き返す。
そしてキノッサが手の平に乗せて差し出したケースを、もう一方の手で開く。中に収められていたリングを見て、笑顔を見せるネイミア。
次の瞬間、彼女の横顔の頬をつたう喜びの涙と、リングを飾るダイヤモンドが、夕陽に輝いた………
▶#01につづく
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