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第7話:目指すは皇都惑星

#19

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 翌日の4月28日。ノヴァルナはジークザルトの助言を容れて、十八のロッガ家の支城からのノヴァルナに対する恭順申請を、ジョシュアに対するものとして書き換え、一括して上申した。無論、ジョシュアに却下する理由は無く、素直に受け取ると同時に認可を与える。
 実に簡単で、不必要にも思える。ひと昔前のノヴァルナなら、どうしていたかは分からない。ただ今はこのような事で、足を引っ張られるような要因は、作っておきたくないのも確かだ。特にク・トゥーキ星系でNNLシステムの制御権を、部分的とはいえ奪取するため、上級貴族達の力を借りねばならず、余計な軋轢は避けておきたい。



「ジークザルト殿を事務補佐官に…で、ございますか?」

「おう」

 夕食を共にするよう、ノヴァルナから総旗艦『ヒテン』に招かれたキノッサは、登用したばかりのヒーノス星系独立管領、ガモフ家のジークザルト・トルティア=ガモフを、新たにノヴァルナ付き事務補佐官にする事を知らされた。

 惑星ホルフォッサ名産の、純白オニオンソースがたっぷりと掛けられた、甘辛チキンステーキに銀のナイフを入れながら、ノヴァルナは告げる。

「なんだかんだでネイミアはこの先、遠征とかに連れて行き難くなるかんな。その代わりってわけだ―――」

 そして切り分けたチキンステーキの一片を、口に運んで噛み砕き、唇に付いた純白のソースを指先で拭うと、言葉を続けた。

「ミノネリラに帰ったら、結婚すんだろ? てめーら」

「げげ。なんで知ってるんスか!?」

 と言って顔を赤くするキノッサだが、驚く必要は全くない。どうせネイミア自身が、キノッサの不在の時に、口を滑らせたに違いないからだ。実際、ネイミアはこの上洛戦には付いて来ておらず、ギーファ城でミノネリラ宙域の、行政関係の処理にあたっている。
 元来ネイミアは『ム・シャー』の家系や、士官学校をでた武官でもなく民間人であるのだから、ノヴァルナとしてもあまり危険な場所に、連れて行きたくはなかった。そこでこの機会に、ジークザルトを帯同型事務補佐官にして、ネイミアは本国勤めにさせようというのだ。

 唇のソースを指先でぬぐった事を、同席しているノアに「もう、行儀が悪い」と咎められたノヴァルナは、手渡されたナプキンで、面倒臭そうに指をきながら言った。

「あいつはなかなか、見どころがあるからな。手元に置いてみる」

 ネイミアの前はキノッサが務めていた、ノヴァルナ付きの事務補佐官である。そのポストが与えられるという事は、将来的にキノッサのライバルとなる可能性を秘めていると言っていい。
 
“こりゃあ俺っちも、うかうかしてられないッス!”

 ジークザルトを新たな事務補佐官につけるというノヴァルナの話に、表面ではにこやかな反応を見せながら、キノッサは内心で危機感を抱いた。

 ノヴァルナがその後にジークザルトと話したところによれば、あの少年はすでに開戦前に、ロッガ家の十八の支城との連携による防衛戦略の不備と、ノヴァルナの戦略目的を看破し、父親のカートビットに戦術を、本拠地星系のオウ・ルミルの集中防衛に切り替えるよう、進言していたのだという。
 もしこの進言をロッガ家が容れ、集中防衛策に切り替えられていたなら、ウォーダ家上洛軍は負けないまでも、もっと多くの時間を費やし、大きな損害を受けていたに違いない。

 それに自分と同じ十四歳で、事務補佐官に登用されたと言っても、ジークザルトはスタートの時点で持っているものが違う。

 戦死した実の父親がASGUL乗りだったとはいえ、民間人の生い立ちで、武将を目指すために、立ち居振る舞いを一から学ばなければならなかった自分と違い、独立管領の次期当主で、基礎の部分はすでに出来上がっている。ノヴァルナの傍に仕えるのも、自分の時よりもっと高いレベルの職務が、求められているはずだ。

 さらに年齢差はあっても、キノッサにとって要注意な新参者が、ウォーダ家には増えている。まずは以前からノヴァルナと面識があったらしい、ミディルツ・ヒュウム=アルケティ。新星帥皇候補のジョシュアをノヴァルナに引き合わせた功で、いきなり武将格での登用となるらしい。

 また旧サイドゥ家の名将“ミノネリラ三連星”の三人も、今回のロッガ家攻略戦での自分達の扱いに、感服しているとの話を耳にする。
 というのも、主家の降伏前にウォーダ家に寝返ったとはいえ、敵であったミノネリラの部隊は、ロッガ家攻略戦で矢面に立たされるに違いないと、彼等は覚悟していた。それが戦国の世の常であるからだ。
 そして事実、彼等にはワーデルマ星系の支城攻略を命じられたのであるが、実際にはウォーダ軍がミーテック星系の支城攻略を先に行い、その影響と“ミノネリラ三連星”の名前だけで、ノヴァルナはワーデルマ城を降伏させ、“三連星”には何の損害も出させなかったのだった。

 このように厚遇を受ければ、ミノネリラの将兵もノヴァルナを支持するのは当然であり、“ミノネリラ三連星”らも、これに応えようと精進し始めるはずである。そうなると彼等もまた、キノッサのライバルとなる。競争相手は増えるばかりだ。
 
 キノッサの出世のライバルとなりそうなのは、それだけではない。これまではノヴァルナの外部協力者であった、陸棲ラペジラル人でロッガ家陸戦特殊部隊出身のカーズマルス=タ・キーガーも、ウォーダ軍陸戦隊への正式参加が近いと言われていた。こちらもノヴァルナにとって得難い人材である。

 このカーズマルスがノヴァルナ直属となると、盟友の宇宙海賊『クーギス党』も正式にウォーダ軍に加わるのは確実だった。副頭領のモルタナ=クーギスはノヴァルナにとって、気のおけない仲の女丈夫であり、イーセ宙域で星大名キルバルター家に征服された、『クーギス党』の故郷シズマ恒星群を奪還するためにも、ウォーダ家の力を借りる時が近いからだ。

 無論この他にも、ノヴァルナから全幅の信頼を得ているナルガヒルデ=ニーワスや、実直さを買われているカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ。BSIパイロットとしてノヴァルナの師匠でもあったカーナル・サンザー=フォレスタや、『ホロウシュ』として実績のあるナルマルザ=ササーラにトゥ・シェイ=マーディン等々、キノッサが張り合って行かなければならない人材が、今のウォーダ家には綺羅星の如く集まり始めているのである。本当にうかうかしている場合ではなかった。

“困ったもんスねぇ…”

 ポリポリと指先で眉間を掻いたキノッサは、冷水の入ったグラスをひと口啜り、ノヴァルナに提案しようとした。

「そのジークザ―――」

 だがノヴァルナはその先を言わせない。

「やなこった!」

「まだ何も言ってないッスけど」

 眉を“八の字”にしながら抗議するキノッサ。

「どーせ、ジークザルトを俺の事務補佐官にじゃなくて、自分の配下にくれ、とでも言うつもりだろ?」

「ど、どうして分かるッスか!?」

「誰でも彼でも、欲しがるんじゃねーっての! 欲しがりさんかよ、てめーは」

 ノヴァルナのツッコミに、「うへぇ、お見逸れしました!」と軽いノリで頭を二度三度下げるキノッサ。だがその直後、不意に不敵な笑みを浮かべたノヴァルナから、思わぬ言葉が出て来る。こちらが夕食に招かれた本題だった。

「その代わり…だ。今回の上洛が成功したならひとつ、てめーに大きな仕事をくれてやる。そんでもって上手くやれたら、ミーテック支城攻略の功績と合わせて、褒美に基幹艦隊を一つ任せる」

「!!」

 基幹艦隊の司令官になるという事は、完全に重臣の仲間入りをする事であり、さらなる栄達を意味する。ミーテック支城攻略後にノヴァルナが言った、“次はもっと歯応えのある任務を与える”というのが、これらしい。

「何をすればいいッスか!?」

 瞳を輝かせて尋ねるキノッサだったが、ノヴァルナは「そいつはまず、無事にキヨウに着いてからだ」と返答を濁し、不敵な笑みを大きくした………




▶#20につづく
 
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