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第7話:目指すは皇都惑星
#17
しおりを挟むやがて約五時間後、ヒーノス星系艦隊を出迎えに行った、ブルーノの第4艦隊から、交戦もなく無事に相手艦隊邂逅を果たした旨の、超空間通信がノヴァルナのもとに届けられた。
「ジークザルト?…ガモフ家の嫡男ですか?」
「はい。今回のヒーノス星系艦隊の来訪及び、一連のガモフ家の動きについては、この嫡男が全権を持っている…と申しております」
「へえ…」
嫡男が全権を任されていると聞いて、ノヴァルナは俄然、ヒーノス星系のガモフ家に興味が湧く。そして次にブルーノが伝えた言葉で、興味はさらに湧く。
「ちなみに当のジークザルト曰く、“自分は役に立つ人間であるから、是非ノヴァルナ様にお目通り願いたい”らしいです」
そういう言い方は嫌いではないノヴァルナは、不敵な笑みを浮かべてブルーノに指示を出した。
「わかりました。そのジークザルトとやらに会いましょう。私も艦を第三惑星付近に移動させますので、そちらへ誘導して下さい。しかるのちに父親のカートビットと共に、『ヒテン』へ来るようにお伝え頂きたく思います」
ノヴァルナは本質の一つである用心深さを見せ、ジョシュアがいる第二惑星ウェイリスにまで、ヒーノス星系艦隊を招き寄せるのではなく、自らも第三惑星へ移動してジークザルトと会う事にした。ブルーノとの通信を終えると、通信回線を『ヒテン』の艦橋へ切り替え、艦隊参謀を呼び出す。
「俺だ。第1艦隊を至急出航させ、第三惑星へ向かわせろ」
相変わらずの突拍子の無さだが、さすがに第1艦隊の将兵も年月を経て、ノヴァルナの行動パターンに慣らされてしまっており、通信に出た艦隊参謀は驚いたふうもなく「御意」と頭を下げた。すぐに床から微かな震動が伝わり、『ヒテン』が動き出した事が分かる。部下達の反応の速さに、ノヴァルナは機嫌も自然と良くなった。日頃からこういったものを求めているからだ。
ただ同じ執務室で、離れてデスクワークをしていたノアは、夫の態度に釘を刺しておく事を忘れない。ホログラムスクリーンを見詰めて、キーボードを打ちながら忠告する。
「喜んでるのはいいけど…いつもあなたのそういうので、迷惑してる人がいるのも忘れないでよね」
「う…わかってるって」
ノアの言う事も尤もであった。今は旧サイドゥ家やイースキー家から、ウォーダ家の配下となった者も多く、慣れていない人間にはノヴァルナの、味方の意表まで突く指揮には苦労するであろうし、時には重大な混乱を招きかねない。
ノヴァルナとの会見にあたり、ジークザルトとカートビットの乗るヒーノス星系艦隊旗艦は、第三惑星衛星軌道上で従えて来た自軍艦隊から離脱し、単艦で『ヒテン』へ向かった。ウォーダ家の第1艦隊と第4艦隊に周りを囲まれ、少しでもおかしな素振りを見せれば、たちまちハチの巣にされる状況にありながら、ヒーノス星系艦隊旗艦は堂々と航行。二回りほども巨きな『ヒテン』に後方から接近、ゆっくりと横付けする。
「初のお目通りさせて頂きます。ヒーノス星系独立管領ガモフ家当主、カートビット=ガモフにございます」
『ヒテン』内にある応接の間で、重臣を幾人か背後に控えさせたノヴァルナの前に進んだカートビットは、片膝をついて挨拶の言葉を口にした。
ところが父親に同行して来たジークザルトは、片膝をつかず、ノヴァルナに正対して立ったままである。嫡男のこの態度に気付いたカートビットは、ノヴァルナの心証を損なったのではないか、と考えて慌てた。「こっ…これっ!」と小声で叱りつけ、右手を上下に振って膝をつくように促す。だがジークザルトは意に介さず、にこやかに微笑んで、ノヴァルナに軽く頭を下げた。
「はじめまして。わたくしはガモフ家次期当主、ジークザルト・トルティア=ガモフと申します」
「ノヴァルナ・ダン=ウォーダだ」
短く自分の名だけを返し、ノヴァルナはジークザルトを僅かな時間、観察する。年齢は十四、五歳ぐらいであろうか。オークブラウンの長めの髪と、緑色の瞳が印象的である。その緑の瞳が高い知性の光を帯びているところから、膝を屈さずにいる事にも理由がある事が知れる。
するとノヴァルナの背後に控えていたカッツ・ゴーンロッグ=シルバータが、強めの声でタイミング良くジークザルトに問い質した。
「ジークザルト殿。ノヴァルナ様の御前である。なぜ膝をつかれぬか?」
こういう時にはマジ助かるゴーンロッグ…と以心伝心ぶりに、思わずにやけそうになる表情を引き締めるノヴァルナ。対するジークザルトは平然と応じた。
「はて? わたくしどもは、ジョシュア様に恭順の意を示しに参りましたので、そのジョシュア様の臣下たる、ノヴァルナ様に膝を屈するは、筋違いに存じますが」
これを聞いてカートビットは青ざめ、ノヴァルナの家臣達は眉を吊り上げる。しかし当のノヴァルナは、ジークザルトの“筋違い”という言葉に、何かを気付いたらしく、「アッハハハハ!」と高笑いを発した。
ジークザルトに対し批判的な言葉を投げかけようとするシルバータを、右手を軽く上げて制したノヴァルナは、不敵な笑みで問い掛ける。
「そうか、筋違いだったか?」
「はい。ジョシュア様を差し置き、ノヴァルナ様に降るのは筋違い。今は順列を疎かにすべき時では無いと存じます」
きっぱりと言うジークザルトに、ノヴァルナは再び「アッハハハハ!」と高笑いを放ち、怒る様子も無くジークザルトに理解を示した。
「なるほど、こいつは俺の手落ちだったな」
少々崩した口調に戻ったノヴァルナは、傍らで片膝をついたまま小さくなっている、カートビットにまず声を掛ける。
「立たれよ、カートビット殿。貴殿のご子息の言は正しい。今は我に膝を屈する必要は無い」
「はっ。恐縮にございます」
表情が硬いまま立ち上がるカートビット。考えてみればそうであった。この上洛戦は建前とは言え、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガが総司令官だったのだ。ロッガ家の家臣や従属する独立管領は、降伏するのであればノヴァルナではなく、総司令官であるジョシュアに申し出るべきで、然るのちにジョシュアの指示によって、ノヴァルナの指揮下に入るのが本来の筋なのである。
しかし実戦を経て、敵も味方もノヴァルナ自身も、この順列を置き忘れたかのように、振る舞ってしまっていた。新しい星帥皇を据える戦いに、その星帥皇候補を蔑ろにするのは、後々に影響を残す事になりかねない。ジークザルトはその事を遠回しに、警告しているのだ。
“へぇ…おもしれーヤツじゃん”
ブルーノからの通信で“自分は役に立つ”と言って来てはいたが、なるほど敵味方含めて、ジークザルトは若輩ながら目の付け所が違うようである。ノヴァルナは思ったことをそのまま、カートビットに告げる。
「貴殿は、良いご子息をお持ちのようだ」
「いっ…いいえ。とんだ無礼者にて、畏れ多い限りにございます」
カートビットはノヴァルナの言葉を、不躾なジークザルトについての皮肉と受け取ったのか、ますます恐縮する。その様子にノヴァルナの不敵な笑みは、苦笑いへと変化した。ジークザルトに向き直ったノヴァルナは、さらに問い掛ける。
「だが、ジークザルト殿。それを言いたいがために、艦隊まで出す必要があったのか?…超空間通信で知らせれば、済む話ではないのか?」
するとジークザルトは我が意を得たりとばかりに、とんでもない事をノヴァルナに対してさらりと言った。
「これはまたノヴァルナ公も、とぼけた事を仰せになられます」
▶#18につづく
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