162 / 381
第6話:皇国再興への道
#14
しおりを挟むキノッサがハーヴェンの住居に毎日訪れるようになった頃、彼等がいるのと同じエテューゼ宙域の中心部でも、動いている者達があった。戦死した前星帥皇テルーザの実の弟ジョシュア・キーラレイ=アスルーガを、ミョルジ家の手から逃した星帥皇室直属の家臣達が、エテューゼ宙域の領主ウィンゲート=アザン・グランのもとを訪れていたのである。
アザン・グラン家の本拠地は、ファンク・イー星系第五惑星イージョン・ダニーにあった。
ファンク・イーはヤヴァルト銀河皇国の中でも、初期に開拓された植民星系で、十五億人の人口を抱えた第五惑星イージョン・ダニーは、“エテューゼ宙域のキヨウ”と呼ばれるほど栄えている。
またアザン・グラン家自体も、イマーガラ家などと同じく貴族の家系で宙域総督が星大名化したものであった。国力的にも高く、そのため他宙域への侵攻による領域拡張はほとんど行わない。ただ隣接するワクサー宙域やカガン宙域の敵対勢力に対しては、攻勢に出る場合がある。
アザン・グラン家当主、ウィンゲートの居城イージョン・ダニー城は、首都トノイの北側にある峡谷を塞ぐような形で建造されていた。城を要に扇状に広がったトノイの市街地は、高層建築が立ち並び、まさに皇都惑星キヨウを彷彿とさせる。
少人数用の第二謁見室に通された旧星帥皇室幕臣は、フジッガ・ユーサ=ホルソミカとその異母兄のトーエル=ミッドベル。“コーガ五十三家”でロッガ家から離反したコレット=ワッダー。そして幕臣ではないが、フジッガの友人でミノネリラの浪人ミディルツ・ヒュウム=アルケティの四人。
対するウィンゲートは四十五歳で、黒髪で肌は色白、目尻の下がったのっぺり顔の男だった。着衣は貴族趣味に走って豪華、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラと通じるものを感じさせる。
そのウィンゲートは玉座に座り、難しい顔をして指先で顎を撫でていた。印象よりやや甲高い声で、来訪者達に口を開いた。
「…貴殿らの訴えは、我もよう分かっておる。しかしなぁ、今はカガンのイーゴン教徒どもから、この宙域を防衛せねばならん時。ここは待ってもらわねば」
フジッガ達がウィンゲートに訴え出ているのは、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガを正統な星帥皇として擁し、皇都キヨウへの上洛軍を起こす事であった。だがそれに対するウィンゲートの反応は薄く、これまでに何度も訴えたものの、のらりくらりと躱されているのが現状だ。
エテューゼ宙域に隣接するカガン宙域は、今から二十年ほど前に、武装蜂起した新興宗教のイーゴン教徒達によって、星大名のトーガス家当主が追放され、現在はいわゆる“イーゴン衆の持ちたる国”となっている。
政治体制はこの時代のヤヴァルト銀河皇国には珍しく、議会制民主主義をとっていたが、かつてノヴァルナが批判したように、宙域内の一般領民に議員立候補権もなければ、イーゴン教に入信していない者には選挙権もないという、極端な偏りを見せていた。
さらにカガン宙域は徴兵制を敷いており、アザン・グラン家の統治するエテューゼ宙域、ウェルズーギ家の統治するエティル・ゴア宙域へ、民主主義革命を促すためと称して軍事侵攻を繰り返している。民主主義イコール平和主義という意味ではないのを示す一端だ。
このような状況であるから、ウィンゲート=アザン・グランが上洛軍の編制を渋るのも、尤もであるとは言えた。ただこれは明らかに“言い訳”だ。アザン・グラン家は国力に見合うだけの強大な軍事力を保有しており、宙域の防衛戦力を残して上洛軍を編制出来ない事は無い。
また新星帥皇エルヴィスとミョルジ家に対して、皇国星大名の大半が批判的であるのだから、例えばウェルズーギ家と協力し合えば、ウェルズーギ家がカガン宙域のイーゴン教徒軍を牽制する事で、上洛軍の戦力を上乗せする事も可能なはずだ。
それでありながらウィンゲートの腰が重いのは、国力が豊かであるがゆえの、現状維持を好むアザン・グラン家の家風と、当主ウィンゲートの保守的な性格が大きい。またやはり、エルヴィスとミョルジ家にNNLの統括権と、超空間ゲートの制御権を握られているのも、二の足を踏んでいる要因だった。
フジッガはウィンゲートの性格も理解した上で、さらに説得を続ける。
「ご懸念は理解致しますが、ウェルズーギ家のケイン・ディン様は、“正義の守護者”を標榜されており、ジョシュア様の正統性を示して説得に当たれば、必ずやお力添え頂けるでしょう」
「それはそうかも知れぬが…必ずと、言い切れるものでもあるまい」
首を捻りながら応じるウィンゲートに、フジッガの友人のミディルツも、上洛軍進発の時期が今であると訴えた。
「進発が遅れれば遅れるほど、ミョルジ家の支配体制が整ってしまいます。それで皇国の秩序が安定すれば良いでしょうが、彼等の支配体制は戦乱状態を放置して、各宙域の国力を低く抑えておく事…いわば戦国の維持であって、終息ではありません。これを打開できるのは、ウィンゲート様のアザン・グラン家を置いて、他にありません」
ミディルツの分析したところ、ミョルジ家の目的はヤヴァルト宙域やセッツー宙域、カウ・アーチ宙域といった自分達とその従属者の勢力圏のみの国力を高め、あとは戦乱状態を放置して、国力を上げさせない事にあると見ていた。
おそらく最終的には、NNLの統括権と超空間ゲートの制御権を人質にし、ミョルジ家に忠誠を誓って、支配下となる事を受け入れた星大名のみが、NNLや超空間ゲートの使用を許されるようになるだろう。そうなってしまうと、巻き返しはかなり難しくなってしまう。ミョルジ家側の体制が完全に整ってしまう前に、上級貴族と図ってジョシュアにも星帥皇の資格を与え、エルヴィスとミョルジ家による銀河皇国の独占支配を崩さなければならない。
だがウィンゲートには、そこまでの覚悟は無いようであった。エテューゼ宙域の地政学的有利さを恃んで、考え方の端々に“どうにかなる”という、ある意味楽観的展望が見え隠れしているのだ。
「アルケティ殿の言は我も正しいとは思う。しかしここは慎重にも、慎重を重ねて動くべきであろう。下手に早まって、ジョシュア様にもしもの事があれば、取り返しのつかぬ事になりかねんからな」
そう言うウィンゲートは、おそらく出兵そのものには、反対ではないのだろう。そのはずである。もしジョシュアの上洛が成功すれば、功績による銀河皇国でのアザン・グラン家の地位は、一気に高まるからだ。ただその根幹をなすのは、先に述べた国力を恃んでの、“どうにかなる”という慎重さと楽観の入り混じったものである。
しかしそれでは遅いのだ…とミディルツは思う。“兵は拙速を尊ぶ”とは、なにも戦場での戦い方だけの至言ではない。どのような物事にもタイミングを見極めるのが、重要となるのだ。
その後もフジッガ達の交渉は続いたが、双方の思いは平行線のままで、今回も不調に終わる事となった。ただし一応は、今後も妥協点を見つけるべく、会談を行っていくという確約はウィンゲートから得ている。
イージョン・ダニー城から引き上げる車の中で、後部座席に座るミディルツは、隣に座るフジッガに告げた。
「フジッガ殿」
「なんであろうか?」
「私はこれから、ミノネリラ宙域へ向かおうと思う」
決意を込めた眼で言うミディルツに、フジッガは眉をひそめる。
「ミノネリラ…故郷に、帰られるつもりか?」
「心配なさるな。卿らを見捨てはせぬよ」
探るような表情で「では?」と尋ねるフジッガ。ミディルツはかねてから頭の中にあった、人物の顔を思い浮かべながら応じた。
「一度、ノヴァルナ様にお目通りを願う」
▶#15につづく
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児
潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。
その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。
日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。
主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。
史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。
大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑)
※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。
我ら新興文明保護艦隊
ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら?
もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら?
これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。
※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者
潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。
虚界生物図録
nekojita
SF
序論
1. 虚界生物
界は、生物学においてドメインに次いで2番目に高い分類階級である。古典的な生物学ではすべての生物が六界(動物界、植物界、菌界、原生生物界、古細菌界、細菌/真正細菌)に分類される。しかしこれらの「界」に当てはまらない生物も、我々の知覚の外縁でひそかに息づいている。彼らは既存の進化の法則や生態系に従わない。あるものは時間を歪め、あるものは空間を弄び、あるものは因果の流れすら変えてしまう。
こうした異質な生物群は、「界」による分類を受け付けない生物として「虚界生物」と名付けられた。
虚界生物の姿は、地球上の動植物に似ていることもあれば、夢の中の幻影のように変幻自在であることもある。彼らの生態は我々の理解を超越し、認識を変容させる。目撃者の証言には概して矛盾が多く、科学的手法による解析が困難な場合も少なくない。これらの生物は太古の伝承や神話、芸術作品、禁断の書物の中に断片的に記され、伝統的な科学的分析の対象とはされてこなかった。しかしながら各地での記録や報告を統合し、一定の体系に基づいて分析を行うことで、現代では虚界生物の特性をある程度明らかにすることが可能となってきた。
本図録は、こうした神秘的な存在に関する情報、観察、諸記録、諸仮説を可能な限り収集、整理することで、未知の領域へと踏み出すための道標となることを目的とする。
2. 研究の意義と目的
本図録は、初学者にも分かりやすく、虚界生物の不思議と謎をひも解くことを目的としている。それぞれの記録には、観察された異常現象や生態、目撃談、さらには学術的仮説までを網羅する。
各項は独立しており、前後の項目と直接の関連性はない。読者は必要な、あるいは興味のある項目だけを読むことができる。
いくつかの虚界生物は、人間社会に直接的、あるいは間接的に影響を及ぼしている。南極上空に黄金の巣を築いた帝天蜂は、巣の内部で異常に発達した知性と生産性を持つ群体を形成している。この巣の研究は人類の生産システムに革新をもたらす可能性がある。
カー・ゾン・コーに代表される、人間社会に密接に関与する虚界生物や、逆に復讐珊瑚のように、接触を避けるべき危険な存在も確認されている。
一方で、一部の虚界生物は時空や因果そのものを真っ向から撹乱する。逆行虫やテンノヒカリは、我々の時間概念に重大な示唆を与える。
これらの異常な生物を研究することは単にその生物への対処方法を確立するのみならず、諸々の根源的な問いに新たな視点を与える。本図録が、虚界生物の研究に携わる者、または未知の存在に興味を持つ者にとっての一助となることを願う。
※※図や文章の一部はAIを用いて作成されている。
※※すべての内容はフィクションであり、実在の生命、科学、人物、出来事、団体、書籍とは関係ありません。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる