銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第6話:皇国再興への道

#13

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 ハーヴェンに来訪の目的を問い質され、キノッサは真摯さを込めた視線を返しながら、ウォーダ家の意向を伝えた。

「単刀直入に申します。我等ウォーダ家は、デュバル・ハーヴェン=ティカナック様に、お仲間に加わって頂く事を強く望んでおります」

「………」

 その言葉を、ハーヴェンは予想していなかったと言うと嘘になる。ミノネリラ宙域を支配下に置いたノヴァルナは、“ミノネリラ三連星”をはじめイースキー家、特に旧サイドゥ家時代からのベテラン武将達を中心に、有能な人材を厚遇を持って召し抱え始めているのは知っていた。そうであるなら、自惚れるわけではないが、自分がその末席に並ぶ程度の自信はある。しかし自分はもう………

「まことに光栄なお話しなれど、私は大してお役には立てますまい」

 ハーヴェンがそう応じると、キノッサは承知の上といった表情で言う。

「無礼は承知の上、お体の事ならば存じ上げておりまする。ご無理のないポストをご用意致しますゆえ、何卒…」

 しかしハーヴェンはゆっくりと首を左右に振る。

「私はもう武人として、いくさにおいて思い残す事はございませぬ」

 そのように応じたハーヴェンは、幼少のころから続けて来た治療がようやく功を奏して、前線で軍の指揮が執れるようになった三年前、侵攻して来たノヴァルナ軍に二度勝利した事で本懐を果たし、もはや戦いに臨むものは無いのだと告げた。

「ですが、このままではあまりにも惜し過ぎまする。ハーヴェン殿」

 キノッサの言葉に穏やかな笑顔を返すハーヴェン。

「我が舅のアンドア様からお聞き及びかも知れませぬが、私の病気は“先天性遺伝子自壊症”…症例こそ少ないですが、SCVID(劇変病原体性免疫不全)と並ぶ現代の難病。それが再発の兆候があり、再発すればもはや、次は助からないと言われています。今の私が望むのは妻と子と、静かな日々を過ごす事のみにございます」

 先天性遺伝子自壊症は生まれつき遺伝子に異常があり、一定期間が経つと遺伝子自身が自分で自分を破壊し始めるというものだ。脳細胞も同様であるために、サイボーグ化して生き延びる事も不可能であり、異常個所に人為的な遺伝子変異を行って、延命措置を施す以外に対処法は無かった。

「………」

 無言になるキノッサにハーヴェンは、静かだが意志の強さを感じさせる口調で、きっぱりと告げる。

「ともかく…そういう事ですので、どうかお引き取りを」
 
 それから呼び寄せたオートタクシーが到着するまでの間、キノッサはハーヴェンを無理に説得するのを避け、取り留めのない世間話を続けた。ただ世間話といってもやはり、話題が今の銀河皇国や星大名の在り方などに及ぶと、ハーヴェンの言からは得るものが多く、キノッサは大いに魅了される事となった。

 帰りのタクシーに乗り込み、動き出すとすぐにキノッサは連れの二人に告げる。

「宇宙港の近くで、ホテルを取るッスから」

「帰るんでねっのが? キノッサぞん」

 問い掛けるカズージに、キノッサは顔をしかめて答えた。

「なにすっとぼけた事言ってるんスか。ノヴァルナ様から、成功するまで帰って来るなって、言われてるじゃないッスか」

 とは言えキノッサは、わざわざノヴァルナに言われずとも、ハーヴェンを味方にするまで帰るつもりは無い。知識を得るだけでも、ウォーダ家に置く価値のある人物だと、実際に会ってみて改めて感じ取ったからだ。するとキノッサの意を察したかのように、無口なホーリオがぼそりと言う。

「本当に世捨て人なら、世情には興味も無いはず…」

 これを聞いてキノッサは、「そうッス」と大きく頷いた。今しがたの“世間話”でもハーヴェンは、新星帥皇エルヴィスを擁したミョルジ家の意図を、NNLの統括権と超空間ゲートの制御権の掌握にあり、他の星大名に対する、圧倒的な戦略的優位性を確立するためのものだろうと、正確に見抜いていたのだ。そしてそれを語るハーヴェンの口調には、深い憂慮の響きがあった。本当に世捨て人となって隠居したのであれば、世情を細かく分析し、皇国の行く末を憂う必要もないはずなのである。

 世捨て人を装っていても、皇国を憂う心は隠せない…これを突破口にしない手は無い。もとから一筋縄では行かない事は承知の上だ。キノッサは自分自身を励ますように言い放った。

「まだまだこれからッスよ」



 そして翌日。ハーヴェンが日課としている朝の散策を終え、林道から帰って来ると、再びタクシーが停車した跡が自宅の前にある。さらに玄関の扉を開けると、息子のデュカードの笑い声が聞こえ、出迎えた妻がキノッサ達の来訪を告げる。

「…まぁ確かに昨日はお互いに、“もう来ない”とも“もう来るな”とも、言ってはいないが」

 そう言って苦笑いを浮かべたハーヴェンは、デュカードの笑い声が響く応接室へ向かった。そこには昨日と同じく、猿の真似をするキノッサと、魚の真似をするカズージの滑稽な姿がある。喜ぶ息子の笑顔を見て、ハーヴェンは口元をほころばせながら、胸の内で呟いた。

“なるほど、将を射んとする者はまず馬を射よ…というわけか”




▶#14につづく
 
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