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第6話:皇国再興への道
#10
しおりを挟むやがて月が変わり、皇国暦1563年の2月になると、オ・ワーリとミノネリラの両宙域へ『皇国中央評議会』の大使と、それに随伴する駐在員が合わせて二十名派遣されて来た。あからさまなミョルジ家のスパイであるが、NNLの統括権を押さえられていては、受け入れざるを得ない。
だがその一方で、やはりテルーザの時より深化した、ミョルジ家による星帥皇室支配と、そのテルーザを殺害したミョルジ家に対する敵視の眼は、ほぼ全ての星大名が抱く事となった。もはや星帥皇室の権威は完全に失われ、ヤヴァルト銀河皇国は疑念と蔑視、そしてそれに加え敵愾心が渦巻く、さらに混沌としたものへとなって行ったのである。
しかしそんな中でも、混沌とした空気などノヴァルナにとっては、どこ吹く風であった。ミョルジ家から派遣されたスパイなど、好きに探らせるよう放置して、キノッサへある指示を出す。かねてから構想にあった、デュバル・ハーヴェン=ティカナックのウォーダ家への勧誘がそれだ。
皇国暦1563年2月6日。キノッサは“スノン・マーダーの一夜城”以降、側近となった黒人の大男キッパル=ホーリオと、バイシャー星人カズージ=ナック・ムルを連れ、出発の挨拶にギーフィー城の執務室に居るノヴァルナのもとを訪れていた。この時は丁度、入れ違いで『ナグァルラワン暗黒星団域』の調査を終えて、一時的に帰って来たノア姫も、ノヴァルナと一緒である。
「いいな。ハーヴェンを仲間にするまで、帰ってくんじゃねーぞ」
「てへへ。こりゃまた相変わらずの、厳しいお言葉で」
キツめの口調でノヴァルナが言っても、キノッサはあっけらかんとしたものだ。しかしそうかと言って、ふざける気持ちは微塵もないのを、ノヴァルナも知っており、「ふん」と鼻を鳴らすのみで咎めだてたりはしない。それに比してノアの言葉は穏やかで優しい。
「デュバル・ハーヴェン=ティカナックは、私達ウォーダ家にとって、有益な人物になるはずです。しっかりね、キノッサ」
「はっ、ありがたきお言葉。このキノッサ、必ずや!」
打って変わって、あからさまにノアには礼儀正しいキノッサに、ノヴァルナは呆れた顔をする。
「なんだてめーは。ノアにはえらく、態度が違うじゃねーか?」
「そりゃぁ、もう」
「なにが“そりゃぁ、もう”だ」
ノヴァルナはキノッサに「とにかくいいな」と念を押すと、ホーリオとカズージにも、「おまえ達も頼むぞ」と声を掛けて送り出した。そして三人が立ち去ると、ノヴァルナはノアに声を掛ける。
「…で? そっちは、執務室までわざわざ押しかけて来て…なんかあったのか?」
ノアは「うん」と頷いて続けた。
「せっかくだし、お城の中を散歩しない?」
ノアの提案に同意し、二人は連れだって執務室を出る。長い廊下の壁に嵌め込まれた大窓の外は、低く垂れこめた灰色の雲から冷たい雨が降っていた。
「どう? 少しはこの星の環境に、慣れた?」
「まぁまぁだな」
「春になったら、西の大湿原に行きましょう。サンショクスイレンの大群生地が、すっごく綺麗で素敵なの」
「ふーん…」
取り留めのない話を続けながら歩いた二人は、屋根が透明のドームとなった、円形のホールへ辿り着く。この惑星特有の極方向に回転する、氷のリングを鑑賞するためのホールだった。外を眺めながらノアは本題を切り出す。
「ねぇ?…気付いてる?」
「なにが?」
妻の真面目な口調から、何か重要な事を言おうとしていると察し、ノヴァルナも眼差しを真剣にする。そしてノアはその内容を告げた。
「今の新星帥皇がやろうとしている事、私達が飛ばされた世界で、関白だったあなたがやっていた事だって」
ノアが口にした“飛ばされた世界”とは今から八年前、ノヴァルナとノアの出逢いとなった、“熱力学的非エントロピーフィールド”を抜けた先、皇国暦1589年の世界の事である。その世界では銀河皇国の関白まで上り詰めたノヴァルナが、NNLの統括権を占有し、忠誠を誓った星大名にのみ、NNLのロックを解除するという支配体制を敷いていたのだ。
「向こうの世界の、俺がやっていた事…だと?」
「そうよ。もしかしたらだけど、エルヴィスはあなたの代わりとなるため、姿を現したのかもしれない」
「は? どういう事だ?」
「前にも言ったでしょ? 私達があの世界と行き来した事で、分岐した別の宇宙が生まれたって」
「ああ」
「そうだとして、二つの宇宙が近似値的並行世界で、NNLの統括権を正統な星帥皇以外の誰かが支配する事が、両方の世界で因果律の必然となるなら、こちらの世界ではエルヴィスが、その役目を担うのかもしれないって話よ」
「なんだそりゃ?…なんでそうなる?」
「あなたが関白になる事を、拒んだからよ」
「はぁ?」
思わず頓狂な声を上げるノヴァルナ。そう言われると、思い当たる事がないわけではない。四年前に星帥皇テルーザに拝謁したノヴァルナは、意気投合した結果、将来的に皇国関白の地位をテルーザから打診されたが、これを断っていたのだ。しかしそれは半分以上が、冗談のはずであった。
このことを告げ、ただの冗談であってもそんな事になるのかを、確認するノヴァルナにノアは、思いのほか真面目に応じる。
「その時は冗談だったとしても、何年後かには本当のことになってるって話、よくあるでしょ?」
「………」
無言で考えたノヴァルナは、それでも半信半疑と言った眼をノアに向けた。
「…にしたって、えらくオカルトじみた話じゃね?」
「そうかもしれないけどエルヴィスの素性が不明で、不自然なのが気になるのよ。単なるクローンだと、NNLの統括権を得られるはずがないし、一卵性双生児の兄弟がいたなんて話は初耳だし」
「なんかウラがあるって事か?」
「ウラのウラかも知れないわ」
「ウラのウラねぇ…」
「とにかく、例の『超空間ネゲントロピーコイル』といい、今の銀河皇国にはおかしな事が多すぎるわ」
「戦国の世を利用して…だな?」
頷くノアの横顔に一瞬目を遣ったノヴァルナは、視線を雨に打たれる透明ドームに向ける。しかしその視界は今の銀河皇国の現状のように、厚い雲に暗く覆われていた………
▶#11につづく
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