156 / 383
第6話:皇国再興への道
#08
しおりを挟む同じ頃、セッツー宙域トルダー星系第五惑星ガルンタ。緑がかった青空の下、銀色に輝く五つのリングが、球状の本体を包んでゆっくりと回転している、直径五百メートルほどの構造体が、海上約七十メートルの位置に浮かんでいる。そのさらに上空には、多数の宇宙艦が整然と並ぶ光景があった。
球状構造体の名は『ハブ・ウルム=トルダー』。銀河皇国の中にいくつかある、NNL統括・管理のハブステーションの一つである。
特に皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域に隣接した、オウ・ルミル宙域のク・トゥーキ星系、タンバール宙域のキャメオルガ星系、そしてここセッツー宙域のトルダー星系の三つに設置されたハブステーションは、中央行政府『ゴーショ・ウルム』で、NNLシステム統括機能に障害などが発生した時などに備え、代替統括機能を備えた大規模なものとなっていた。七年前のミョルジ家によるキヨウ侵攻の際には、星帥皇室はク・トゥーキ星系まで退避し、そこでNNLシステムの統括制御を行っている。
そしてこの『ハブ・ウルム=トルダー』の中心部に、新星帥皇エルヴィス・サーマッド=アスルーガは居た。白銀色に輝く、ナイトローブのような衣装に裸身を包んで、上部の三分の二ほどが開かれた、淡いライトグリーンをした金属製の繭のような装置の中で座っている。繭の中は白い光で満たされており、エルヴィスは静かに瞼を閉じていた。やはりそのエルヴィスの容姿は、テルーザと全くと言っていいほどに似ている。
台座に据えられたその繭のようなものが、星帥皇のみが使用できる、NNLシステムの最終統括制御用サイバーリンカーであり、今はそれを前にしてミョルジ家の当主、ヨゼフ・サキュダウ=ミョルジと、その三人の重臣―――通称“ミョルジ三人衆”が並ぶ。周囲は機械で出来た臓器のような、異様な装置で埋め尽くされていた。四人が待つ視線の先で、エルヴィスはゆっくりと瞼を開いて声を発する。
「たった今、全ての処理が終わった…これで『ゴーショ・ウルム』にいる、我等に従わぬ上級貴族達が、NNLシステムの制御に干渉する事は出来ないだろう」
それを聞いて四人は一斉に頭を下げて、“三人衆”の一人、ナーガス=ミョルジが礼と追従の言葉を口にした。
「ありがとうございます、陛下。さすがでございます」
頷いたエルヴィスは、機嫌を良くして微笑みと共に告げる。
「これでお前達の出す法案は、余の意のまま。銀河皇国の再興と繁栄のため、良いと思う案を余に差し出すがいい」
星帥皇のNNL制御の間を辞した四人は、長い廊下を歩きながら、思うところを言葉にして交わし始めた。もっとも当主のヨゼフはほとんど何も言わず、体の線も細いこの若い当主が、“三人衆”によって据えられたお飾りである印象を、殊更強調しているように見せている。
「これで、まずは第一段階が完了…だな」
第一声を発したのはナーガス=ミョルジ。急死した前当主ナーグ・ヨッグの従叔父にあたり、六十代半ばの小柄な男である。“三人衆”の筆頭格でヨゼフの配下ではあるが、ナーグ・ヨッグ亡き後のミョルジ家の事実上の支配者だ。
「うむ…エルヴィスの制御も、上手くいっている」
新星帥皇の名に“陛下”を付けず、呼び捨てにするのはソーン=ミョルジ。同じミョルジの分家一族でも、かつてはナーグ・ヨッグの主筋と、対立していた一派の出身である。四十代のスキンヘッドの男だ。
「そうだ。NNLと超空間ゲートの統括権を我等が手にした以上、もはや他の星大名らに簡単に手出しはできぬ」
何度も小さく頷くのは、トゥールス=イヴァーネル。こちらも四十代で、褐色の肌をした肥満体の男。ミョルジ一族ではなく、ヤーマト宙域のイヴァーネル星系を治める、独立管領の一族から登用された人物だった。
「だが問題は…」
そう言って僅かに眉をしかめるナーガス。言いたい事を察したソーンも、忌々しそうに応じる。
「ああ。マツァルナルガめ…本当に我等を裏切るつもりか」
ソーンが口にしたマツァルナルガとは、“ミョルジ三人衆”と並びナーグ・ヨッグの重臣であった、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガの事である。ヒルザードは、ミョルジ家がキヨウを支配するようになって、ヤーマト宙域のシギ・ザン星系周辺を領地として得ていた。ノヴァルナの副官のラン・マリュウ=フォレスタと同じ種族、フォクシア星人の五十代半ばの男だ。
「それで?…マツァルナルガが逃がした、ジョシュア様の居場所は?」
イヴァーネルが問い質したジョシュアとは、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガ。殺害されたテルーザの弟で、当時はマツァルナルガの勢力圏にあるウロヴォージ星系で、考古学を学んでいた。
「ある程度は、把握している」と応じるソーン。
「オウ・ルミル宙域を抜け、今はエテューゼ宙域のアザン・グラン家に、匿われているようだ」
これを聞いてイヴァーネルは、考える眼となる。
「アザン・グランか。ウォーダ家が治めるようになった、ミノネリラへ向かうかと思ったがな」
「ロッガ家が裏をかかれたのだろう。“コーガ五十三家”の一部が離反して、ジョシュア様の手引きをしたという噂だ」
ソーンの言葉にナーガスは、吐き捨てるように言った。
「ジョーディ・ロッガめ…せっかく手を組んだというのに、存外使えぬ奴よ」
ミョルジ家が星大名の中で警戒するのは、やはりノヴァルナ・ダン=ウォーダであった。
ここでミョルジ家の視点からノヴァルナという人間を見てみると、ノヴァルナは今からおよそ八年前の皇国暦1555年。ミョルジ家と敵対関係にあったロッガ家が宇宙艦隊を極秘裏に増強するため、イーセ宙域星大名キルバルター家、そしてイル・ワークラン=ウォーダ家と手を組んで、水棲ラペジラル人の奴隷売買を行っていたのを妨害。
このロッガ家の極秘計画が露見した事で、ミョルジ家は兼ねてからの懸案であった『アクレイド傭兵団』との共闘を決定し、第一次キヨウ侵攻に踏み切った。
さらに皇国暦1556年。ノヴァルナは突然、ウォーダ家の宿敵であったミノネリラ宙域星大名サイドゥ家のノア姫と、戦場の真ん中で婚約を発表するという驚天動地の行動により同盟を締結。サイドゥ家とも敵対関係にあったロッガ家に圧力をかけた。
そして皇国暦1560年には、キヨウへの上洛軍を進発させた戦国有数の星大名イマーガラ家を、“フォルクェ=ザマの戦い”で撃破。
これらすべては、ノヴァルナ自身の目的があって行動したものであるが、結果的にどれもが、ミョルジ家のキヨウ支配に貢献してくれていた。
ところがその一方で、ノヴァルナは皇国暦1558年に、僅かな供回りのみでキヨウへ上洛。星帥皇テルーザと個人的に友誼を結ぶ事に成功し、星帥皇室を奉じるための上洛軍編制の勅許を得るという、ミョルジ家にとっても脅威となり始める。
この二年後にノヴァルナがイマーガラ家を破ったのはいいが、イマーガラ家から独立したミ・ガーワ宙域のトクルガル家、強大な軍事力を誇るカイ/シナノーラン宙域のタ・クェルダ家と同盟を組み、ついにはミノネリラ宙域を手に入れたウォーダ家は、今や油断ならない勢力である。
「そのウォーダ家、評議会に代表を出し、恭順の意を示しているというが…」
イヴァーネルが胡散臭さ満点といった口調で言うと、ソーンもまるで信用していないといった雰囲気を出して応じる。
「一応、外務担当家老の一人…テシウス=ラームという者を、送って来るらしい」
「その名は聞いた覚えがある。おざなりの存在ではないようだが」
そこまで言葉を交わすと、二人は揃ってナーガスに顔を向け、見解を問う。
「どうであろう、ナーガス殿。ノヴァルナは信用ならん。ウォーダ家は滅ぼしておくべきではあるまいか?」
「さよう。開戦の理由などどうとでもなる。この際、禍の根を断っておいては?」
▶#09につづく
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児
潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。
その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。
日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。
主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。
史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。
大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑)
※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。
銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者
潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言
蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。
目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。
そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。
これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。
壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。
illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第五部
遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。
訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。
そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。
同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。
こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。
誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。
四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。
そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。
そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。
SFお仕事ギャグロマン小説。

シーフードミックス
黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。
以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。
ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。
内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる