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第5話:ミノネリラ征服

#28

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 それからきっかり一時間後、トモスはオルグターツを連れ、恒星間シャトルでバサラナルムを離れた。二人以外に従者はおらず、文字通り着のみ着のままである。
 それでもノヴァルナは二人に対して、当座の生活を凌ぐ程度の金額を与えてやっていた。無論、これまでのような贅沢などすれば、すぐに枯渇する額であり、その時は諦めて野垂れ死にでもなんでも、すればよいというわけだ。

 そのノヴァルナは、総旗艦『ヒテン』の執務室で、政務を続けている。ミノネリラ宙域の支配権を手に入れたとはいえ…いや、手に入れたからこそ、呑気に骨休めしている暇はない。
 そこへ扉がノックされ、ナルガヒルデ=ニーワスが入って来た。ナルガヒルデはトモスとオルグターツの退去を見届けて来たのだ。

「ナーガイ殿がオルグターツ様を連れ、お発ちになりました」

 ナルガヒルデの報告にも、ノヴァルナはキーボードを操作しながら、スクリーンを流れる文字を見詰めたまま応じる。

「そうか。で?…どこに行くとか、言ってたか?」

「はい。どうやらナナージーマ星系へ、向かうようです」

「ふーん…」

 気の無い返事をするノヴァルナだが、その眼はギラリと光る。ナナージーマ星系は、オ・ワーリ宙域との国境近くのイーセ宙域内にあり、新興宗教のイーゴン教徒によって自治が行われている植民星系だった。しかしノヴァルナが、二人の行き先を気にしていたのはそこまでである。新たなミノネリラ宙域の領主として、処理しなければならない事は山ほどある。

「それよりもナルガ、手伝ってくれ。いろいろと忙しくてなぁ」



 皇国暦1563年1月3日。スノン・マーダー城から戦闘輸送艦『クォルガルード』をはじめとする、第1特務艦隊が到着した。ノアとマリーナ、そしてキノッサをバサラナルムへ届けに来たのだ。特にノアにとっては実に、ほぼ七年ぶりの里帰りであった。

「よう。お帰り」

 イナヴァーザン城のシャトル発着場に出迎えたノヴァルナは、ノアに向かって軽く右手を挙げ、挨拶の言葉を口にする。

「なにそれ」

 夫の適当な挨拶に苦笑いをしたノアは、まず空を見上げた。惑星バサラナルムと言えば、極方向に周回する氷のリングである。冬の青空を南北に貫く細い銀色の帯に、ノアはここが自分の故郷である事を実感した。
 そこから視線を下げると、イナヴァーザン城の白い天守が瞳に映る。これも子供の頃からの見慣れた光景であった。ただノアはそこで、ふと寂寥感に襲われる。見慣れた城であっても、そこにはもう、父も母もいないのである。

 そんなノアの気持ちを察したのか、微笑むノヴァルナが手を繋いで来て告げた。

「俺まだ、城の中を全然見てねーんだ。ノア、案内してくれ」

 従えたマリーナやキノッサの眼も気にせず、手を繋いだままノアの案内で城の内部を見て回ったノヴァルナは、やがて天守にある大テラスへやって来た。ここからはキンカー山の麓に広がるイグティス市から、その向こうにある大湿原までが一望できる。
 年を跨いだ攻防戦で一部で被害が出たイグティスの市街も、今は火災は消し止められ、立ち上る黒煙は一つも見えなかった。風は冷たいが緩やかで、ノアの長い髪を僅かに靡かせはするものの、良く晴れた空から注ぐ陽光の温もりまで、吹き飛ばしていくほどではない。

 この大テラスではかつて、父ドゥ・ザンと母オルミラと共に、よく午後のティータイムを過ごした思い出がノアにはある。また一人で広がる風景を見渡しながら、戦略や政策を練っている父の背中があったのも、今のノアには懐かしい。
 ノヴァルナとノアが寄り添い合って、イグティス市の風景を眺め始めると、空気を読んだマリーナとキノッサは、二人を残して立ち去った。

「ようやく、ここまで来たわね」

 ノアは指先で髪を整えながら、そう切り出す。七年前のドゥ・ザン最後の戦い、“ナグァルラワン暗黒星団域の戦い”の際にノヴァルナへ手渡された、“ドゥ・ザンの国譲り状”が遂に果たされたのである。

「まあな」

 少しはにかんで応じるノヴァルナに、ノアはわざとらしい敬礼を送り。茶目っ気のある表情で告げる。

「お疲れ様でした!…ノバくん殿下」

「ノバくん言うな」

 そう言って掴みかかろうとするノヴァルナの右腕を、ノアは笑い声を上げて華麗なステップで回避して見せた。そして少し真面目な表情になって問う。

「でも、これからなんでしょ?」

「そういうこった」

 そう、まだこれからである。ノヴァルナが求めるのは、皇都惑星キヨウまで兵を進め、星帥皇室直轄軍として、戦国の世百年の疲弊に喘ぐ銀河皇国の再建に尽くす事なのだ。ミノネリラ宙域の支配は、その最初のステップに過ぎない。

“それでも今は―――”

 バサラナルムの青空を見上げたノヴァルナは、そこに浮かんだ幾つかの思い出の顔に、心の中で語り掛けた。


“見ているか親父…マムシ殿、ノヴァルナはミノネリラを獲ったぞ!…そしてセルシュの爺。爺は俺を褒めてくれるか!?”


 そこへ割り込むノアの言葉が、ノヴァルナを現実へ引き戻す。

「ちょっと風が強くなって来たみたい。寒くなったから中へ入りましょう」

「おう。小腹もすいて来たしな」

 ノヴァルナが応じると、二人は城内へ向けて歩き始めた。

「食べるんなら、あったかいものがいいわね。何にする?」

「カップヌードン、赤ミーソ味」

「なにそれ?…」

「いや。キノッサのヤローが、しつこくてな………」



 翌1月4日。ノヴァルナは旧イースキー家の者も含めて、主だった家臣を皆イナヴァーザン城に集めると、首都イグティス市の名称をギーフィー市、イナヴァーザン城の名称をギーフィー城に改め、皇都キヨウを目指すウォーダ家の、新たな本拠地とする事を宣言した。
 ギーフィーの名称は、古代のキヨウにあった大国が勃興する際、その指導者がギファイという名の山に登り、その山頂から天下を見渡した故事に基づいたもので、そういった故事にも精通しているという、ノヴァルナの意外な一面が垣間見れた。

 それと同時に発せられたのが、旧イースキー家の武将も司令官に迎えた、新たな艦隊編成の実施である。従来のウォーダ家が保有する14個艦隊に、再編制された旧イースキー家の10個艦隊が加わり、練度はともかく数の上ではこれだけで、全盛期のイマーガラ家に匹敵する艦隊戦力となる。
 また同盟関係においても、これまでのトクルガル家とタ・クェルダ家に、アーザイル家が加わった事で安定性という意味では、全盛期のイマーガラ家に劣らないものとなった。

 ただ、まだ時間が必要である。まずオルグターツらの悪政で乱れた、ミノネリラ宙域の行政を安定化させるのが、ノヴァルナの為すべき最優先課題であり、さらに軍事的にも、両家の部隊の連携を高めていく必要があるからだ。
 これについてはミノネリラ宙域の各税率を、オ・ワーリ宙域のそれと統一するというノヴァルナの施策が発せられ、特にミノネリラ宙域の領民達に喜ばれた。というのも、他宙域の星大名から侵略を受けた場合、その被支配地には長期的に高い税率がかけられるのが、一般的だったためである。侵攻に掛かった戦費を、新たな支配地からの徴税で補填するのだ。

 この宣言を終えて翌日5日は、さすがにノヴァルナも休息日にした。妹のフェアンをナギ・マーサス=アーザイルのもとへ送り届ける旅に出てから、休みなく働き続けて肉体的にはともかく、脳の方が疲労で回らなくなって来ていたのだった。

 それでも6日になるとノヴァルナはすぐに仕事を再開し、ミノネリラ宙域経済界の中心人物達と、かなり突っ込んだ会合を行う。これにはオ・ワーリ宙域の経済界からも要人が招かれ、両宙域間の関税撤廃など、今後に向けて非常に重要な話し合いがなされた。

 順調な滑り出しに思えた、ノヴァルナの皇国暦1563年。

 ところが7日、ヤヴァルト宙域で活動していた『クーギス党』から、驚愕の情報がもたらされた。星帥皇室を保護していたはずのアーワーガ宙域星大名ミョルジ家による、皇都惑星キヨウ侵攻である………






【第6話につづく】
 
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