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第5話:ミノネリラ征服

#27

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 オルグターツが領主として暗愚であった事は、ミノネリラ宙域征服を目指したノヴァルナには無論、幸運な事ではあった。しかし他方、オルグターツが領民に対して行った悪政には、我慢ならないものがある。
 事情を知る者は、その悪政の大半が今は亡き二人の側近、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマによるものだと理解している。だがこの二人の跳梁跋扈を許したのは、何もしなかったオルグターツの責任なのだ。為政者にとって“何もしない”というのは、それだけで罪だ…ノヴァルナはそう考えていたのである。当然、そうかと言って、自らの手で悪政を行うなどは、もってのほかだが。

 ノヴァルナはオルグターツをキッ!…と見据えて、猛然と言い放つ。

「ドゥ・ザン=サイドゥは民心の支持を得るため腐心し、ギルターツ=イースキーは皇国貴族の地位獲得とロッガ家、イマーガラ家との関係改善に努力した。俺の味方になろうが敵になろうが関係ねぇ。それらの全てはミノネリラを栄えさせるための施政だ! それに引き換え、なんだてめぇは!? 酒色に耽るだけ耽って、ドゥ・ザンやギルターツが残したものを、寄生虫のように食い潰してただけだろうが!!」

「きっ!…寄生虫!…」

 無駄に膨らんだ頬を、わなわなと引き攣らせるオルグターツ。その時、床を這いつくばるように進み出たトモスが、必死の形相でノヴァルナに嘆願を始めた。このままでは、不遜な態度を取り続けるオルグターツに怒り狂ったノヴァルナが、勢いに任せて処刑を命じるに違いないとでも思ったのだろう。

「申し訳ございませんノヴァルナ様、ここはどうかご寛恕を! 何卒我が主君に、お慈悲を賜りとうございます!」

「慈悲だと?」

 ノヴァルナが向ける刺すような視線に、トモスは思わず身をすくめた。自分の子供達と同年代のノヴァルナだが、その威圧感は完全に星大名家当主のものだ。

「そいつに慈悲をくれてやって、誰が何の得になる!? 俺か?…おまえか?…それとも領民達か?」

「………」

 そう言われると、押し黙るしかないトモスである。ノヴァルナはさらに畳み掛けるように問い質す。こういう時のノヴァルナは総じて悪人顔をしている。

「悪政で散々領民達を苦しめて来た、そいつを許したとあっちゃあ、俺までが領民達に憎まれるんじゃねぇのか? おまえもそいつを見捨てて、自分自身の助命嘆願をした方がいいと思うがな?」
 
 トモスに対してノヴァルナは続けた。

「トモス・ハート=ナーガイ。おまえが望むのであれば今からでも、ウォーダ家の家臣として迎えてもいいが…どうだ?」

 ノヴァルナの言う通りではある。元はと言えば自らの栄達を第一に考えて、トモスはビーダとラクシャスを失ったオルグターツに取り入り、筆頭家老の地位を手に入れたのだ。自分の事だけを考えるのであれば、“ミノネリラ三連星”などのベテラン武将達と同様、オルグターツを見切り、ウォーダ家に寝返るべきだろう。

だがしかし………

 トモスはこちらを見て、ぽつんと一人立つオルグターツの姿を、ひどく哀れなものに感じた。オルグターツもまたノヴァルナと同じく、年齢的には自分の子らとそう変わらない。ただその星大名家当主としての器量には、圧倒的な差を感じる。これを眼にしてトモスは、自分の若き主君に思った。

“そも、この方はどうして、こうなってしまったのだろう………”

 誰かが本当に、この若者のこれまでの人生で、君主としての正しい道を教えたのであろうか。いや、普通に…人としての道を教えたのであろうか。

 父親のギルターツは自らをドゥ・ザンの子ではなく、旧主リノリラス=トキの子であるとし、出自を否定。ドゥ・ザンから当主の座を譲られるのではなく、奪い取る事のために半生を費やして来た。
 母のオルガは、エテューゼ宙域の星大名家、アザン・グラン家から嫁いで来た者だったが、ドゥ・ザンの時代に両家の間が不仲となって離縁。まだ幼かったオルグターツを残して、アザン・グラン家に帰っていた。

 このような環境の中、結果として誰もオルグターツを、見ようとしなかったのだろう。家臣達の独立的気風の高い旧サイドゥ家において、ノヴァルナにとってのセルシュ=ヒ・ラティオのような、優れた後見人にも恵まれなかったに違いない。怪物は怪物として生まれて来るのではない。周囲が怪物にするのである。

そうであるならば―――

 自分でも何故このような結論に至ったのか、明確な答えを見い出せぬまま、トモスは神妙な面持ちでノヴァルナに申し出た。

「ノヴァルナ公の有難きお言葉なれど、我があるじは、オルグターツ殿下。かような大馬鹿者が、一人ぐらいは居てもよいかと存じます」

 それを聞いてオルグターツは、「ナーガイ…」と小声で呟く。

「主君に殉ずると言うか?」とノヴァルナ。

「………」

 無言で頷くトモスに、ノヴァルナは一拍置いて「相分かった」と応じ、あっさりと告げた。

「トモス・ハート=ナーガイ。最後まで主君に尽くさんとするその忠義に免じ、死は与えず、貴殿らをミノネリラから追放する。オルグターツ=イースキーを連れ、即時退去せよ」




▶#28につづく
 
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