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第5話:ミノネリラ征服

#26

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 皇国暦1563年1月1日。ミノネリラ宙域星大名としてのイースキー家はここに滅亡。オルグターツ=イースキーはウォーダ軍の軍門に下った。
 イナヴァーザン城の上空には、僅か五十メートルの高さに停泊した、ウォーダ軍総旗艦『ヒテン』が威容を見せている。城のあるキンカー山を中央にして広がる首都イグティスの市民は、地下壕から出て来てはその光景に、ある者は慄き、ある者は畏敬の念を抱いた。いずれにせよ新たな年の始まりと共に、ミノネリラが新たな支配者を迎えた事を象徴するに、相応しい光景に思える。

 惑星地表上での戦闘そのものは、それほど長い時間を要したものにはならず、市街地への被害は大したものではない。とは言え無傷という事は無く、イグティス市にも被害が発生し、巨大都市のそこかしこからは、いまだ黒煙が立ち上っている。

 イナヴァーザン城へ入ったノヴァルナはまず第一に、治安維持を目的とした陸戦隊を市内へ出動させた。ノヴァルナが禁じたウォーダ軍の兵士による、市民への暴行・略奪の防止…ではなく、市民同士もしくは敗戦でヤケになった、イースキー軍の兵士による、暴行・略奪への対策である。

 これに続いて行われたのが、工兵隊の大量降下だった。こちらの目的は損害が出た都市への救援だ。いやらしい言い方をすれば、新たな支配者は領民への温情を大切にしているというPRを兼ねた行動だが、やらないよりは断然いい事は間違いない。そしてこの命令は即座に、バサラナルムの空を覆う全てのウォーダ艦隊にも伝達され。イグティス市以外の都市でも実施された。

 さらにノヴァルナが、バサラナルムの行政関係者でまず呼び出したのも、警察と消防の責任者であった。ここでもノヴァルナが要請したのが出来るだけ早く、警察機構と消防組織の活動を正常に再開させる事であり、治安回復を最優先に考えている事が窺い知れる。

 それが終わると待っているのが、オルグターツ=イースキーとの謁見である。そこでノヴァルナは一旦『ヒテン』へ戻り、その執務室へオルグターツを呼びつけるという形を取った。気分的に占領したイナヴァーザン城で、オルグターツを前に玉座にふんぞり返って、謁見したくないというのが理由だが、ノヴァルナを知るランやマーディン辺りは、オルグターツのこれまでの所業に対し、人前で罵倒しない自信がノヴァルナには無いからだろうと、読んでいた。
 
 オルグターツがトモスとともにノヴァルナのもとを訪れたのは、1月1日の夕方のことであった。
 ナルガヒルデ=ニーワスとカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ、ツェルオーキー=イクェルダらウォーダ家の重臣に伴われ、オルグターツとトモスは『ヒテン』のノヴァルナ専用執務室へ入って来る。
 木製の大きな机に向かって座る紫紺の軍装を着たノヴァルナは、立ち上げたホログラムスクリーンを見詰めて、何かのデータを打ち込んでいた。その背後には二十人の『ホロウシュ』が横一列に並んで、いつにない威圧的な様相を呈している。

「ノヴァルナ様。オルグターツ=イースキー様、トモス・ハート=ナーガイ殿が参られました」

 イクェルダがそう声を掛けると、ノヴァルナは「あいよ」とぶっきらぼうに応じて、スクリーンから顔を上げた。ある種、砕けた態度ではあるが眼光は鋭い。
 その視線の先に立つ二人、トモス・ハート=ナーガイの方は焦燥感は見え隠れするが、こちらを真っすぐ見据えて落ち着いた様子である。だがその隣に立つオルグターツ=イースキーの態度は複雑だった。視線を床に向けたその顔には焦燥感だけでなく、不平不満、怒り、苛立ち…そんなものがせわしなく入れ替わっている。しかしその表情の中に、自分の無能さを顧みるようなものは感じられない。僅かに手が震えているのは、恐怖よりドラッグのせいだろう。

“ふん…”

 まぁそんなもんだろ…と、ノヴァルナは腹の内でむしろ納得した。自分を顧みる事が出来るような人間ならば、もう少しましな結果を得ているはずであるからだ。

「よく参られた」

 ノヴァルナが声を掛けるとトモスは片膝をつき、恭順の意を表した。ところがオルグターツは突っ立ったままである。それにハッ!…と気付いたトモスは、慌てて小声で呼び掛けた。

「オルグターツ様!」

「………」

 反応のないオルグターツ。代わりに荒げた声を発したのはシルバータだ。

「敗軍の将が、勝者たる御方の声を拝聴するに無礼であろう! 膝を屈せよ!!」

 その声に反応したのもオルグターツではない。ノヴァルナだ。口元が歪んで、いつもの不敵な笑みが出現する。

「構わん、そのままでいい」

 これを見たトモスは、動揺を隠せずに訴えた。

「おっ!…お許しを、ノヴァルナ殿下! 我が主君オルグターツは心身ともに、疲労の極みにあり―――」

 その言葉が言い終わらぬうちに発せられたのが、ノヴァルナの高笑いだ。

「アッハハハハハ!!」

 ここで出て来るノヴァルナの高笑いに、ノヴァルナを知る重臣達は緊張する。こういった場合に発する高笑いは大抵、思いも寄らぬ事を言いだす前触れだからだ。そして場違いな高笑いには、さすがにオルグターツも反応した。何を笑っているんだという眼を、ノヴァルナに向ける。

「いい度胸だな、オルグターツ殿!」

「は?…」

「いい度胸だと言ったんだ。ある意味、この状況でもビビらずに、自我を通すとはな…で、お次に俺は何をどう言ったらいいかな?―――」

 煽る気満々でノヴァルナは言葉を続けた。


「“ざまあみろ!”か!?」


「!!!!」

 およそ星大名当主らしくない煽り文句が、それを受けたオルグターツ以外の、周囲の者を凍り付かせる。同時に“また始まった…”という眼をする、ラン・マリュウ=フォレスタ。人を煽る事にかけては一流のノヴァルナの言葉に、どこか呆けたようであったオルグターツも、ギリリ…と奥歯を噛み鳴らした。

「き…キサマっ! 何なんだ、キサマはよォ!!」

 オルグターツはノヴァルナを指差して喚き声を上げた。蒼白になったトモスが、腰を浮かせて宥めに入る。

「お、お静まり下さい。オルグターツ様!」

 しかしノヴァルナはトモスに、「いいから言わせてやれ」と命じる。その間にもオルグターツは、ノヴァルナに指を差したまま喚き立てた。

「キサマらの方からァ、一方的に侵略して来やがってェ!! 侵略者どもがァ、ここは俺の国だぞォ!! 俺の方からァ、戦争を仕掛けた事なんてェ、無いだろがァ!!…俺は、俺には何の罪もねェだろが!! 俺は何もしちゃいねェぞ!!」

 無表情でオルグターツの言いたいように言わせていたノヴァルナだったが、最後の“俺は何もしていない”という言葉を聞いた途端、目付きが鋭くなる。そして天雷のように響く、ノヴァルナの怒声。

「はぁ!? ふざけんな、てめぇ!!!!」

「ひ…」

 ノヴァルナの怒声に慣れていないオルグターツは、その一言で震え上がる。これまでに凌辱目的でノア姫を浚おうとしたり、ウォーダ家に対して全く罪が無いわけではないオルグターツであるが、ノヴァルナの怒りの矛先はそこでは無かった。

「てめぇが何もして来なかったから、国がこうなったんだろが!!!!」

 確かにイースキー家から見れば、ウォーダ家は侵略者である。だが寝返る武将が続出し、領民達にまでウォーダ家を受け入れさせたのは、ひとえにオルグターツの暗愚さが招いた結果なのだ。



▶#27につづく
 
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