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第5話:ミノネリラ征服

#23

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 なるほど考えようによっては、戦意の無い艦には敵に降伏させ、ウォーダ側がその処理に手間取っている間に防衛線を縮小・再編。密度と高い士気を残している部隊で迎え撃つというのは、ある意味、高度な戦術と言える。
 しかし、戦力の総数を減らしてしまうそのような戦術を運用するには、よほど高い指揮能力が必要であって、ノヴァルナが見たところ、現在イースキー軍の総指揮を執っているトモス・ハート=ナーガイという男には、そこまでの能力は無さそうである。そこでついノヴァルナは、自分達に苦杯を舐めさせたデュバル・ハーヴェン=ティカナックの名を、思い浮かべたのだ。

 そしてノヴァルナはそこから考えを進めた。自分達が最後の最後に、余程のドジでも踏まない限り、イースキー家はもう終わりである。そしてその後はミノネリラ宙域を併合したウォーダ家の、大規模な軍の再編が待っている。戦国の世の終焉と民心の安寧を目指すためには、戦力の拡充が必要である。“ミノネリラ三連星”や他のイースキー家のベテラン武将達は、その拡充戦力の中核となる人材だった。そう思うと当然、集めるべき人材にハーヴェンも加えたくなる。

 思い立ったらすぐ動かずにはいられないノヴァルナは、副官のランに命じ、スノン・マーダー城にいるトゥ・キーツ=キノッサへ、超空間通信を繋がせた。

 五分ほど時間が過ぎ、総旗艦『ヒテン』から約三百光年離れたスノン・マーダー城との、超空間通信回線が開通する。超空間通信ではホログラムシステムが対応できないため、通常のモニタースクリーンにキノッサの姿が映し出された。それを見たノヴァルナが開口一番に言った言葉は、「なんだてめーは?」である。呆れた顔をするノヴァルナの視線の先、スクリーンに映ったキノッサは、主君からの直接通信だというのに城の執務室で、即席のカップヌードンを食していたからだ。

「あ。こりゃどうも」

 スープの良く絡まった中細麺をズズズ…と啜ってから、飄々と応じるキノッサ。

「こりゃどうも、じゃねーっての」

「いやぁ、ミノネリラのご当地“赤ミーソ味”のカップヌードン、なかなかの味ッスよ。ひょっとして過去イチかもッス。ノヴァルナ様はもう、召し上がられましたッスか?」

「バカてめ。カップヌードン過去イチは、“背脂マシマシ特濃コクソイソーユ味”に決まってんだろ!…って、そうじゃねーし! てめ、御主君様からの直接通信に、なにメシ喰いながらなんだって話だ!」

 ノヴァルナとキノッサの不毛なやり取りにランは、“どうしてこの二人は、いつもこうなんだろう…”と言いたげな眼を向ける。
 
「いやぁー。宣撫工作が忙しすぎて、ご飯食べてるもないんスよ。だからこうして、城主でありながらカップヌードンを、夜な夜な啜っているわけでして、ご勘弁くださいッス」

 そう言ってまた、ノヴァルナの前で堂々と麺を啜るキノッサ。今回のバサラナルム攻略戦では、キノッサは前線には出ておらず、後方でミノネリラ宙域の領民に対する、宣撫工作を行っていた。ウォーダ軍のミノネリラ進攻はノヴァルナ・ダン=ウォーダが、旧サイドゥ家当主で舅のドゥ・ザン=サイドゥから託された、“国譲り状”に基づき、暴政によって領民を苦しめるオルグターツ=イースキーを打倒。これに代わって、公正な統治を約束するというのが、その宣撫工作の概要である。

 しかしそうかと言って、ノヴァルナの前でカップヌードンを食べるなど、わざとらしいにも程があった。ノヴァルナからの通信命令が来て、超空間通信の回線が繋がる間に、“仕事をしてますアピール”のために用意したのに違いない。本来なら主君に対するとんでもない不敬だが、ノヴァルナはむしろそういった行為が、嫌いではないのを見抜いてのカップヌードンだった。

「ふん。そいつは俺の方こそ、お忙しいキノッサ様にとんだ失礼をしたな」

 案の定、ノヴァルナが不敵な笑みでそう言うと、途端に…いや残りのスープを急いで飲み干してから、キノッサはカップヌードンを脇に置いて席を立ち、礼儀正しく頭を下げる。

「冗談にございます。申し訳ございませんでした!」

 それに対してノヴァルナは、もう一度「ふん…」と鼻を鳴らすと皮肉を交えて、本題を告げ始めた。

「んじゃまぁ、お忙しいキノッサ様に恐縮だが、もう一つ頼まれてくれや」

「何を仰せになられます。ノヴァルナ様のご命令とあらば、幾らでも!」

 先程とは打って変わって慇懃な態度になるキノッサに、まったく…と言いたげに手指で頭を掻き、ノヴァルナは告げた。

「イースキーの方が片付いたらな、エテューゼ宙域に赴いて、そこで隠居生活をしているっていう、デュバル・ハーヴェン=ティカナックに会え。そんでもって、俺達の仲間になるように説得しろ」

「は?…あ、あのハーヴェン殿を、でございますか?」

「ああ。実際の居場所は、キヨウにいるカーズマルスか舅のアンドアにでも、俺の方で訊いておく。奴の才能はこのまま、埋もれさせておくには惜しいからな」

 ノヴァルナの言葉にはキノッサも異存は無い。ノヴァルナとウォーダ軍を悩ませたデュバル・ハーヴェン=ティカナックは、キノッサ自身も会って、話をしてみたいと思っていた相手であった。キノッサは恭しくお辞儀をして応じる。

「御意にございます…」



 やがて四時間後、日付が変わって12月31日。ウォーダ軍進攻部隊は、最終目的地バサラナルムを包囲する位置についていた。

 バサラナルムを防衛するイースキー軍は、第一次防衛線での損失と、多くの脱落者を出した分を差し引き、基幹艦隊およそ三個分。星系防衛艦隊も三個分。ウォーダ軍より優勢であった守備戦力も、逆転してしまっている。しかしバサラナルム自体が備えている、対宇宙火器などの防御システムも加えれば、まだ互角以上に戦う事ができるはずだった。総司令官の筆頭家老トモス・ハート=ナーガイは、バサラナルムの北極上空に基幹艦隊。南極上空に星系防衛艦隊を配置し、赤道方面を行動する敵には、対宇宙兵器で対処する作戦方針を打ち出す。

「ま。トモスとか言う奴は少なくとも、良識のある武将ではあるようだな」

 第6艦隊旗艦の新造空母『バイレグシス』に乗る、カーナル・サンザー=フォレスタは、イースキー軍守備部隊の配置を見て軽く頷いた。惑星の攻防戦の場合、人口の多い都市部上空で戦闘を行うと、その下にいる一般市民にまで、危害が及ぶ恐れがある。守備部隊を南北両極に展開したのは、それを避けるためであって、武将として是とするべき態度であった。

「案外、本気で勝つ気なのかも知れませんぞ」

 傍らに立つ参謀がそう言うと、サンザーは「ハッハッハッ…」と笑い声を上げ、何度か軽く頷く。

「なるほど。そういう可能性も無くはないか」

 この戦いでイースキー側が勝利した場合、都市部上空で戦闘を行って被害を出すと、勝っても批判の声が出て来るのは目に見えている。その対策として、両極上空に戦力を展開したとも考えられたのだ。

「これは失念していた。そうならぬよう、気を引き締めねばならんな!」

 苦笑いするサンザー。おかしなフラグが立ちそうな状況であるが、しかしそれは意識的な物言いであって、サンザーをはじめとして、ウォーダ軍将兵の胸の内に油断は無い。

 そしてそこへ届く、総旗艦『ヒテン』からの攻撃開始命令。

「フォレスタ様。旗艦より攻撃開始命令です」

 通信参謀の報告にサンザーは、右手を掲げて握り拳を作り、叫ぶように命じた。

「戦艦部隊、砲撃開始!! 艦載機は発艦命令を待て!」

 そして大股で艦橋の中央扉へ向かうのは当然、自らの専用機『レイメイFS』に乗り込むためだ。足掛け二年を費やしたノヴァルナ・ダン=ウォーダの、ミノネリラ宙域攻略も、いよいよ最終局面を迎えようとしていた………



▶#24につづく
 
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