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第5話:ミノネリラ征服
#19
しおりを挟む“ジャルミス暗黒星雲の戦い”は終結し、星雲外縁でウォーダ軍“輿入れ艦隊”は、アーザイル家の第1、第2、第3の三個艦隊からなる“出迎え艦隊”と、邂逅を果たした。
コーガ星系恒星間打撃艦隊は、行動不能に陥っていた艦載機とその搭乗員を収容して撤退。ウォーダ艦隊も脱落していた三隻の戦闘輸送艦と、再合流する事ができていた。両軍ともに意外と死者は少なく、これには多くの死者を出すのを避けた、ウォーダ側のフェアンへの配慮によるものが大きい。
アーザイル家の総旗艦『ソウリュウ』がここまで深く、ロッガ家の勢力圏に進出して来るのはかなり危険な行動であり、それだけに当主ナギの本気を感じさせる。
周囲をアーザイル家の宇宙艦に囲まれているウォーダの小艦隊の光景。それを総旗艦『ソウリュウ』の艦橋から眺める、ナギの側近トゥケーズ=エイン・ドゥは極めて不謹慎な考えを抱いていた。いま自分達が一斉に砲撃を行えば、ノヴァルナ・ダン=ウォーダを討ち取る事など容易い…という思いだ。しかしエイン・ドゥはすぐに頭を軽く振り、自らの邪念を打ち消す。
エイン・ドゥがそのように考える通り、現在のアーザイル家には当主ナギ・マーサス=アーザイルと、フェアン・イチ=ウォーダが結婚する事により、両家が親戚関係となるのを、危惧する勢力があるのも確かだった。特にナギの父で前当主クェルマスとその周辺は、エテューゼ宙域星大名のアザン・グラン家との同盟を、何よりも重視しており、結婚によってウォーダ家との同盟関係が、アザン・グラン家を上回るようになるのを強く懸念しているらしい。
もっとも今のフェアンとナギの二人にとっては、そのような批判の声の存在も、どこ吹く風であった。『クォルガルード』を発進したシャトルが『ソウリュウ』の格納庫へ到着し、ハッチが開くと、フェアンは視界の先に待つナギに向かって、歩を速める。ノヴァルナとノアや姉のマリーナは置き去りだ。
「ナギーー!」
「やぁ、フェアン」
笑顔で両手を取り合う二人。置き去りにされたノヴァルナは珍しく、どこか少し寂しそうでもある。
手を取り合うフェアンとナギはそのまま、ノヴァルナのところへ歩み寄った。
「ご無沙汰しております、ノヴァルナ様。ご無事で何よりでした」
人が良さそうな笑顔で頭を下げるナギに、ノヴァルナも穏やかに応じる。
「実に良いタイミングで、救援に来て頂きました。おかげで助かりました」
「いえ。本来ならば、もっと早く合流を果たすべきところ、遅れてしまいました。申し訳ありません」
ナギ率いるアーザイル艦隊の出現に驚いた、コーガ家のイディモスが得ていた情報の通り、ロッガ家では勢力圏に侵入したアーザイル艦隊の位置を、超巨大暗黒星雲ビティ・ワン・コー沿いでなおかつ、もっとアーザイル家勢力圏に近いだと思っていたのだ。
ところがこれはアーザイル家が送り込んだ、大部分を無人貨物船で構成された、囮部隊であった。ロッガ家の第一発見時は確かに、ナギ直卒の艦隊が居たのだが、隙を見て囮艦隊と入れ替わったのである。ただその入れ替わりのための時間消費が影響し、“輿入れ艦隊”との合流が遅れたのである。
だがその一方で、ナギは「いやいや」と笑顔を見せるノヴァルナの実力に、改めて舌を巻いた。自分達が到着して時にはすでにノヴァルナは、優勢なコーガ艦隊を自力で、ほぼ排除しつつあったからだ。
その後、アーザイル家の勢力圏に移動した両艦隊は、とある植民星系で二日を過ごし、それぞれの本拠地へ帰還する事となった。損傷を受けたウォーダ軍の戦闘輸送艦は、アーザイル艦隊からも修理を受け、航行能力に関しては、ほぼ復旧する事が出来ている。
そしてフェアンがウォーダ家を離れる時が来た。
来た時と同じ、アーザイル軍総旗艦『ソウリュウ』の格納庫。居並ぶ両家の当主とその取り巻きの顔ぶれも、来た時と同じだったが、ただ一人フェアンの立つ場所だけが、違っている。フェアンが立っているのはウォーダ家側ではなく、アーザイル家側のナギの隣だ。無論、フェアンだけがアーザイル家に行くのではなく、ノアにとってのカレンガミノ姉妹のように、命を賭してフェアンを守る護衛兼侍女が、何人かは従うのだがこの場にはいなかった。
「じゃぁ、ナギ殿。妹を宜しくお願い致す」
普段のぶっきらぼうな物言いとは打って変わり、今のノヴァルナの口調からは、誠実さがにじみ出ている。それに応じるナギの言葉には、静かだが硬い決意が感じられた。
「彼女の事は必ず僕が守ります。ご安心ください」
ナギのフェアンを“守る”という言葉の中には、当然ながらフェアンとの結婚に対して、批判的な見識を持つアーザイル家中の者に対して、という意味も含まれているのは明白であった。
そしてその言葉が信用するに足る事も、ノヴァルナは知っている。四年前の皇都惑星キヨウではノヴァルナに協力し、イースキー家に奪われそうになったノアの救出に、危険を顧みず戦ってくれたからだ。そんなナギの真摯さに、ノヴァルナは大きく頷いた。
「ノヴァルナ様」とナギ。
「はい」
「この先、我がアーザイル家も、出来る事はどのような事でも、協力させて頂きます。ノヴァルナ様におかれましては、ご自分の目指されるものに、邁進なされますよう」
ナギは四年前の共闘で、ノヴァルナの戦いの目的が単なるオ・ワーリ統一や、領域の拡張ではなく、星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガを奉じ、長年に亘る戦国の時代に終止符を打つためのもの、という真意に触れていた。これに感化されて、志を同じくしたいと考えていたのである。
「ナギ殿のそのお言葉、百万の味方を得た気分です」
軽い笑みを見せて頭を下げるノヴァルナ。ただ今のノヴァルナには、それ以上に妹への思いがあった。
「ですが、私がまず一番に思うのは、ナギ殿と我が妹が幸福であること…それをどうかお忘れなきよう、二人で健やかに過ごして下さい」
「ありがとうございます」
ナギが感謝の言葉を口にすると、ノヴァルナはフェアンに向き直り、視線を交わし合う。無言の時間が僅かに過ぎたあと、フェアンはノヴァルナに歩み寄って両腕を伸ばし、ゆっくりと軽く…やがては強く、ノヴァルナを抱きしめた。
「兄様…」
隣町でも隣国でもない。ウォーダ家の本拠地惑星ラゴンから、アーザイル家の本拠地惑星グバングまでは直線距離でも約三千光年。ともすればこれが、今生の分かれになるかも知れない兄妹である。抱きしめる腕にも自然と力が込められる。
いつものように見当違いの軽口を叩こうか?…二人を冷やかす言葉にしようか…それとも強がって見せようか…返す言葉に迷ったノヴァルナだったが、口にできたのは、純粋な気持ちから込み上げて来た一つの言葉だけであった―――
「元気でな」
フェアンもいつも見せている奔放さは影をひそめ、きつく閉じた瞼に、溢れ出す思いを飲み込むような声で応じる。
「これまで…ありがとう」
永遠に近い短い時間、フェアンは兄と抱擁したフェアンは、その傍らに立つノアとも抱き合う。
「ノア義姉…行ってきます」
「イチちゃん…」
フェアンにとってノアは、自分が目指すべき女性だった。常に自分というものを持ち、凛とした芯の強さと、深い慈愛の心を持っているからだ。そのノアはフェアンの後ろ髪を、優しく撫でながら語り掛けた。ノヴァルナと一緒になった自分がそうであるように、フェアンにもそうなって欲しいと。
「ウォーダ家とかアーザイル家とか、そういうのは抜きにして、ナギ殿下と幸せになってちょうだい。それがあなたを大切に思う、私達の一番の望みよ」
「うん。ありがとう…幸せになる」
そして実の姉のマリーナ。生まれた時からずっと一緒に育って来た姉とは、無言で抱擁を交わす。声には出さなくとも、幾つもの言葉が姉妹の間で行き交った。母トゥディラから政略結婚の道具として、まるで人形のように扱われた少女時代。突然現れた兄ノヴァルナによって、姉妹は無機質な日々から解放された。それ以来、大人びたマリーナは、幼さの消えない自分に時には厳しく、時には優しく、何かと世話を焼いてくれていた。
「ウォーダ家の姫として、恥ずかしくないようにしなさい…」
抱擁で生じた髪の乱れを直してやりながら言うマリーナの言葉は、ノヴァルナやノアとは少し違う。ただその後に抱き寄せて囁いた言葉には、実姉の万感の思いが込められていた。
「私の可愛い妹…どうか末永く幸せに」
「ありがとう」
名残は尽きなかったが、時間を止めたままには出来ない。それじゃあ…と告げ、『クォルガルード』のシャトルに向かうノヴァルナ達と、見送るフェアンの間の距離が開いていく。シャトルのタラップを上り始めるノヴァルナ。その時、フェアンが小走りに進み出ると、瞳に浮かべていた涙を拭い、手を振りながら、これまで幾度も見せて来た明るい笑顔で声を掛けた。
「ノヴァルナにいさまーー! だーいすきーーー!!」
それに応じ、ノヴァルナは不敵な笑みを返して、これまで通りの言葉を送る。
「おーう。任せとけーー!」
誰にとっても明るい未来を予感させるような光景。
だが…この数年後―――
ノヴァルナは、この時のフェアンの笑顔を思い返すたびに、鈍く尖った刃物で心の臓を抉られるような息苦しさを、抱くようになるのであった………
▶#20につづく
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