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第5話:ミノネリラ征服
#02
しおりを挟むノヴァルナが“イチ姫輿入れ作戦”に動いている間、イースキー家でも大きなうねりが起こり始めていた。
ミノネリラ宙域内にも幾つか存在する廃棄植民惑星。その一つにある旧サイドゥ家の軍事施設。ここはイースキー家の時代になって完全に忘れ去られた、補給物資中継所である。ただ今夜に限っては普段なら明かりも点かないその施設の一室に、煌々と照明の光が輝いている。
ここに集まっていたのは、旧サイドゥ家の重臣達。“ミノネリラ三連星”のリーンテーツ=イナルヴァ、モリナール=アンドア、ナモド・ボクゼ=ウージェルの三人。そして先日ウォーダ家に寝返ったダルノア=サートゥルス。さらにはドゥ・ザン敗死の際、ウォーダ家に亡命したドルグ=ホルタと、コーティ=フーマの両名だった。
ただ“ミノネリラ三連星”はイースキー側であり、残る三名は今やウォーダ側の人間で、本来なら敵同士の身だ。それがこのような目立たぬ場所で会するのは、どう考えても重大な密談でしかない。
「躊躇う理由は、もはやないと思うが?」
そう告げるのはドルグ=ホルタ。かつてのドゥ・ザン=サイドゥの懐刀であった男で、今では第一線を離れたものの影響力は大きく、オ・ワーリ宙域へ逃げて来た旧サイドゥ家の人々の、まとめ役ともいえる存在である。
ホルタが呼びかけたのは“ミノネリラ三連星”の三人であった。さらにサートゥルスがアンドアに向けて言葉を繋げる。
「貴殿の婿殿の強硬策も、実を結ばなかった…そうではないか?」
モリナール=アンドアの婿であるデュバル・ハーヴェン=ティカナックは、半年近く前、少数の手勢を率いてイナヴァーザン城を占拠。これまで専横を振るっていたオルグターツの二人の側近、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマを葬るという強硬手段に出た。酒色に耽るばかりのオルグターツの眼を覚まさせ、国政を立て直すためである。
ところがオルグターツは、トモス・ハート=ナーガイを新たに筆頭家老に据えると、再び放蕩三昧の生活に戻ってしまっていたのだ。武将としての能力はあるが、政治家としての手腕は高くないトモスは、オルグターツの横着な要求と、出世第一の若手武将からの突き上げに振り回され、ミノネリラの政治は荒れたまま。それぞれに領民の住む植民星系を所有する“ミノネリラ三連星”も、限界を感じていたのだ。
そこへ起きたダルノア=サートゥルスのウォーダ家への寝返り。そしてドルグ=ホルタとコーティ=フーマからの会談の申し入れが、この地に三連星の足を運ばせたのである。
「今更ながらな…」
ハーヴェンの話を出されて、“ミノネリラ三連星”の三人は、それぞれに気まずそうな顔をする。クーデターを起こしたハーヴェンから、あとのイースキー家とミノネリラ宙域を託された三人だったのだが、凋落の道が止まらずにいるのは、三人が上手く立ち回れず、オルグターツを改心させられなかった、手際の悪さを自覚していたからだ。
その辺りはドゥ・ザンの懐刀であったホルタも分かっている。彼等はどちらかと言えば生粋の武将であり、政治的駆け引きの得意な人間ではない。そのような者達にイースキー家の実権を掌握させるのは、荷が勝ちすぎたのである。ホルタは穏やかな表情で、小脇に抱えていた黒塗りの小さな木箱をテーブル上に置いた。
「まぁ、三人ともこれを見られよ」
そう言ったホルタが木箱の蓋を開け、中に入っていたもの―――三つ折り畳まれた書状を“ミノネリラ三連星”の前に差し出す。
その書状を覗き込むように見た三人は、声を揃えて「これは?」と問う。
「亡きドゥ・ザン様がノヴァルナ様に宛てた、自分亡きあとのミノネリラ宙域の統治権を、ノヴァルナ様に託すという“国譲り状”さ」
「これが!」
ホルタの言葉に息を呑む三人。ホルタはそんな三人の前で、畳まれていた“国譲り状”を開く。手書きの書状の筆跡は、紛れもなくドゥ・ザン自身のものだ。
「書状の話は、本当だったのか…」
記された内容の一部を読み取ったイナルヴァは、唸るように呟いた。昨年十月のウォーダ家侵攻の際、そのきっかけとなったのが、ミノネリラ宙域のウモルヴェ星系第四惑星カーティムルで発生した、惑星全土で火山が大量噴火するという大災害への、復興支援だったのだが、その大義名分としてノヴァルナが持ち出して来たのが、自分こそがドゥ・ザン=サイドゥの後継者にして、ミノネリラ宙域の正統な支配者であるという、この“国譲り状”であった。
しかしイースキー家側は、そのようなものはノヴァルナとウォーダ家が、侵略の理由を正当化するために用意した、作り話と偽物の書状でしかないと、真っ向から否定していたのだ。
「さよう…本当の話ならば、貴殿らも考えを纏め易いのではあるまいか?」
ホルタの隣に座るコーティ=フーマが、意味深な眼で三人を見遣る。続いて口を開くサートゥルス。
「ノア姫様も、ノヴァルナ様も、貴殿らの能力は高く評価されておられる。どうであろう…何が本当にミノネリラの領民のためかを、もう一度吟味するべき時ではなかろうか?」
そしてオウ・ルミル宙域星大名ロッガ家本拠地、オウ・ルミル星系第二惑星ウェイリス、クァルノージー城。その中央作戦室―――
歯痛でも起こしているかのように、口の端から息を吸う癖を交えながら、当主のジョーディー=ロッガは、二人の宿老カトラス・ジザ=ゴードンと、コルモル=シドンに問い掛けた。
「アーザイル家とウォーダ家の動きはどうか?」
「ウォーダ家の方は国境付近に、艦隊を展開させるにとどまっております。戦闘行動と思しき動きはございません」
最初に答えたのはコルモル=シドン。眼の上の額に短い角が生えている、ラムニア星人だ。続いてカトラス・ジザ=ゴードンが口を開く、こちらは褐色の肌をしたヒト種である。
「アーザイル家の方はかなりの数の戦力が、こちらの領域に入り込んでおります。この機に乗じて、領域の浸食を企図している可能性も考えられまする」
二人の宿老の言葉に合わせて、中央作戦室の巨大ホログラムスクリーンに、敵勢力の戦力分布が更新された。
ミノネリラ宙域との国境付近には、最初にロッガ家の方が艦隊を配置し、イースキー家打倒を目指すウォーダ家の妨害を図っていたのだが、今や立場は逆転して、ウォーダ艦隊の存在がロッガ家を圧迫している。
またアーザイル家の支配するノーザ恒星群方面においては、八個ものアーザイル艦隊がロッガ家の勢力圏へ侵入し、オウ・ルミル宙域の中央部に大きく広がる超巨大暗黒星雲、ビティ・ワン・コーに沿って航行している。カトラスが“この機に乗じて”と言った“この機”とは、言うまでもなくフェアン・イチ=ウォーダの、アーザイル家への輿入れの事である。
「想定通り、第1以外の艦隊を出航させ、アーザイル家迎撃に向かわせるのだ」
これある事を予想していたジョーディー=ロッガは、慌てる様子も見せずに指示を出した。カトラスとコルモルが「はっ」と応じて頷くとさらに、二人の背後に控える四人の重臣達の中から、細身の眼光鋭い男に声を掛ける。
「テイジー=ミックモルド」
「はっ」
「そちらの方も想定通りだ。イチ姫の拉致は“コーガ衆”に任せる故、首尾よく事を進めるように」
「お任せあれ」
頭を下げるテイジー=ミックモルドは、ロッガ家のBSI特殊部隊の中核を成すと言われる、“コーガ五十三家”の一つに属し、ロッガ家との橋渡し役を務めていた。元BSIパイロットであり、長女ナスティも優秀なBSIパイロットだ。
テイジーは軽く頭を下げたまま、言葉を続けた。
「“コーガ衆”ならば必ずや、イチ姫を手に入れて参りましょう………」
▶#03につづく
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