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第4話:ミノネリラ騒乱
#35
しおりを挟む切り替えを完了したノヴァルナがフットペダルを押し込むと、それまで以上のGに、背中が座席に押し付けられ、『センクウ・カイFX』は機体そのものが弾丸となったかのように、瞬時に加速する。
「なにっ!!??」
まるで瞬間移動して来たのかと思うような間合いの詰め方から、あっという間もなく繰り出されるポジトロンパイクの斬撃に、ブルティカは反射的に自らのポジトロンパイクで受け流そうとした。
これまでの戦闘が示すように、ブルティカの『キンショウWS』も瞬発力は相当なものだ。だがそれでも受け流しは間に合い切らず、機体右脇腹に裂傷を負う。浅く済んだのはブルティカの技量の賜物だろう。しかしそこから先はブルティカの防戦一方となり、恐るべき速度で次々と斬撃を放って来る『センクウ・カイFX』に対し、反撃する隙が見いだせなくなる。
このブルティカの窮地に、『ホロウシュ』の迎撃をようやく突破した、二機の親衛隊仕様『ライカSS』が駆け付けて来た。二機は接近しつつ超電磁ライフルを連射して、『センクウ・カイFX』を主君の『キンショウWS』から引き剥がしにかかる。
さすがにこれを喰らうわけにはいかず、間合いを開けようとする『センクウ・カイFX』。その後退で出来た隙を突き、ブルティカは持ち前の『キンショウWS』の瞬発力を発揮。即座に前へ出て、ポジトロンパイクを真横に薙ぎ払った。しかしこれでも、高機動戦闘モードの『センクウ・カイFX』には届かない。そしてそれは前に述べた、危険な直線移動だ。今の瞬発力は相手の方が上なのである。
“まずい!”
ブルティカがそう思った次の瞬間、後退ざまに『センクウ・カイFX』が構えていた、超電磁ライフルが火を噴いた。激しい衝撃と共に鳴り始める被弾警報。機体の右肩口、ショルダーアーマーの基部から撃ち抜かれた超電磁ライフルの弾丸は、バックパックを貫通。小型対消滅反応炉の一つを緊急停止させた。
「不覚!」
絞り出すような声で言い放ったブルティカは、救援の駆け付けた二機の親衛隊仕様機が、『センクウ・カイFX』の高機動戦闘モードに全く歯が立たないまま、爆散する光景を睨み付ける。
するとブルティカを救援するためさらに多くの、イースキー軍BSIユニットが押し寄せて来た。
「殿!」
「ご城主様。ここは後退されますよう!」
「あとは我等が!」
口々に撤退を勧めるブルティカの部下達の言葉に、先に反応したのはノヴァルナである。
「ブルティカ殿。貴殿のパイロット達の言う通りだ。一騎打ちはこれまで。もはやその機体では戦えまい」
結局ノヴァルナの言葉を容れ、ブルティカはドボラ宇宙城へ撤退した。これには別の戦場でトゥ・シェイ=マーディンの『テンライGT』と戦っていた、嫡男ブルザが討ち取られたという連絡が入った事もある。
スレイヤー中隊を連れて『クォルガルード』へ引き上げるノヴァルナも、実のところブルティカが引き上げた事に安堵していた。『センクウ・カイFX』の高機動戦闘モードが思った以上に精神的な負担を強いたからだ。
「疲れたぁー」
ヘルメットを被った頭を座席のヘッドレストに預けて、珍しく弱音を吐くノヴァルナ。無論、通信回線はどことも切ってある。別の世界の住人で言うなら、徹夜でゲームをして這うようにベッドへ向かう時のような精神状態だ。
ただ、ノヴァルナが自分専用の機体であるにも関わらず、これほどまでに疲れるのも当然で高機動戦闘モードとは本来、ノヴァルナが“トランサー”を発動した際、これに合わせて起動させるものなのである。
元々BSHOには、対消滅反応炉の総出力に多少の余裕は持たせてあるのだが、それで『センクウNX』の時は、ノヴァルナが“トランサー”を発動させると、余裕分を使い切ってもまだ、出力不足となっていた。これはこれまでのノヴァルナの戦闘データの精査と、シミュレーションを繰り返して得られたもので、これが再設計版『センクウ・カイFX』建造のきっかけとなったのである。
つまり『センクウ・カイFX』は、ノヴァルナの“トランサー”に対応するための機体であり、高機動戦闘モードも“トランサー”が発動してこそ、本当の力を発揮できる。それを今回ノヴァルナは、“トランサー”が発動していない通常状態のまま使用したため、異常なまでの精神集中を、機体の方から強要されたのだった。
「高機動戦闘モードを終了します」
という女性の声を聞いた瞬間、ノヴァルナはどっと押し寄せた精神的疲労に、これは普段、使うもんじゃねーな…と後悔したものである。
そしてちなみに、高機動戦闘モードの開始と終了を告げる“女性の声”だが、実はこれ、ノアの肉声となっていた。
「やーよ。恥ずかしいもの」
と拒むノアをノヴァルナが説き伏せて、『センクウ・カイFX』の完成直前にメインコンピューターに録音させたもので、テストの場に一緒にいたトゥ・キーツ=キノッサをして、「どんだけ嫁さん好きなんスか!?」と呆れさせた、曰く付きの音声だ。
やがて11月16日。ドボラ宇宙城は陥落した。BSHOを失ったブルティカ・ガルキウ=キーシャは、こちらもサンザーとの一騎打ちで敗れた妻のヘイリアと共に、最後まで城の防衛戦を指揮し、夫婦揃って討ち死に。二人とも武人の意地を貫き通すと、逃走した一部の艦艇を除いて城兵は全て降伏。
第2艦隊司令トモスが要請していた独立管領ダルタ=ヴェルタの艦隊は、星系外縁部にノヴァルナが残しておいた第1特務艦隊を警戒して、進入コースを変更した事もあり、城の救援に間に合わずに引き返した。
ノヴァルナは共に戦ったダルノア=サートゥルスの旗艦を訪れて労をねぎらい、夕食を食べた上にこのまま旗艦に宿泊までしたいと申し出る。この宿泊の申し出にサートゥルスは大きく感じ入った。数を頼んで寝込みを襲えば、ノヴァルナの首を取る事も可能なわけであり、つまりは自分の命をサートゥルスに預けるのと同じ…それだけ信用しているという意味となるのだ。
そして翌日、ノヴァルナはサートゥルス家をこれまで通り、トミック星系の領主として安堵する事と、開拓が遅れ気味であったトミック星系に対し、大規模な財政支援を約束。さらにそれだけでなくダルノア=サートゥルスを、ウォーダ家の重臣の列に加える旨を合わせて公式発表した。
些かあからさまなノヴァルナのポージングではあるが、それだけに内外に与える印象も大きく、イースキー家の家臣団への揺さぶり効果も大きかった。またそれ以上に、特にベテラン武将達に響いたのは、ダルノア=サートゥルスがノヴァルナの妻、ノアに拝謁した映像である。
ノアはサートゥルスに向けて歓迎の意を表し、これからは夫と亡き父、そしてミノネリラ宙域のために、力を尽くして欲しいと告げた。つまりサートゥルスはノアに許されたのだ。
この“許された”という言葉には、重い意味がある。
というのも、イースキー家にいる旧サイドゥ家時代からのベテラン武将達は皆、かつてギルターツ=イースキーの謀叛の際、“ナグァルラワン暗黒星団域の戦い”において、ギルターツ側武将としてドゥ・ザンと戦った、いわばノアにとって父の仇だったのだ。
この事がベテラン武将達には負い目であった。それがサートゥルスが許されたとなると、他のベテラン武将達の今後の思惑に大きく影響するのは間違いない。
それに、ドゥ・ザンの娘のノアから許される事によって、大きな効果を発揮するものがあった。それが、ドゥ・ザンが討ち死にする際にノヴァルナへ託した、ミノネリラ宙域の支配権を譲る事を記した手書きの書状、いわゆる“ドゥ・ザンの国譲り状”である………
【第5話につづく】
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