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第4話:ミノネリラ騒乱
#27
しおりを挟む果たしてノヴァルナの“放置”の思惑通り、ウォーダ家が戦力の整備と外交政策に重点を置き、バサラナルム攻略を中断すると、ひと月も経たずしてイースキー家は再び分裂を始める。
今までろくな政治も行って来なかったオルグターツは、バサラナルムへ近付こうとしないウォーダ軍の現状に、早くも飽きて来て、また奥の院へ出入りするようになった。そして“ミノネリラ三連星”などの、ベテラン武将達との距離は縮まらないまま、ビーダとラクシャスに代わってトモス・ハート=ナーガイという男が、頭角を現す。
トモス・ハート=ナーガイは三十八歳。ウモルヴェ星系でノヴァルナと戦って討ち死にしたモラレス=ナーガイと同様、かつてドゥ・ザン=サイドゥの父の、ショウ・ゴーロン=マツァールが仕えたナーガイ家の一族であり、ギルターツ=イースキーの謀叛にいち早く参加。ギルターツに対し、当時イナヴァーザン城内の館にいたドゥ・ザンの実子やクローン猶子を、人質に取るのではなく殺害してしまうよう進言した、と言われている。
ギルターツからの信頼も厚く、“ナグァルラワン暗黒星団域の戦い”でドゥ・ザン側に付いて敗北し滅ぼされた、アルケティ家の領地カーニア星系の代官職を任されていた有力武将である。
ただその後のトモスは、オルグターツが新たな当主となってから、ビーダとラクシャスの二人との折り合いが悪くなり、政権の表舞台から離れていた。
このような経緯でありながらオルグターツから信を得たのは、“ミノネリラ三連星”をはじめとするベテラン武将達の中でも比較的若く、また彼等とも距離があったためだ。その理由はここで述べた、ギルターツの謀叛の際、ドゥ・ザンの子供を皆殺しにするよう進言した事にある。
ベテラン武将達は謀叛の時、大部分がギルターツに味方したが、それはバサラナルムに自らや主要家臣達の家族がいた。いわば人質も同然である。そのような状況で、圧力をかけて来たギルターツに逆らえない部分があったのも否めない。彼等は皆ドゥ・ザン恩顧の武将でもあり、内心では不本意な部分を持ったまま、ドゥ・ザンとの戦いに臨んだのだ。
そういった複雑な心境の彼等ベテラン武将にとって、ドゥ・ザンの子供達を殺してしまうよう進言したトモスとは、相容れない部分があった。
トモスがなぜそのような進言をしたかというと、ナーガイ一族の頭領であった自分の父が、ナーガイ家を乗っ取った若い頃のドゥ・ザンに、謀殺された事への個人的恨みによるものだと、考えられていたからである。
そしてこの他のベテラン武将達との軋轢が、オルグターツの狙い目だった。あれやこれやと意見して来る、リーンテーツ=イナルヴァなどのベテラン武将達を、煩わしく思って防波堤にしたのだ。
トモスの方でも、ビーダとラクシャスがいなくなったこの機会こそ活かすべき、と考えたのだろう、積極的にオルグターツに取り入ると同時に、ビーダとラクシャスが残した子飼い武将達の取り込みも行ったのである。
その結果、またもやベテラン武将達は政権の中枢から遠ざけられ、若手司令官達の支持を得たトモス・ハート=ナーガイに対し、早くもまた政治に飽きて来たオルグターツも、宙域経営を丸投げするようになってしまった。
そのような状態が二ヵ月ほど続いたその日。ミノネリラ宙域との国境近くにあるエテューゼ宙域のとある植民惑星を、元イースキー軍陸戦特殊部隊のキネイ=クーケンが訪ねていた。
雪に覆われた小高い丘に建てられている、それほど大きくはない質素な民家。組成変換処理によって金属並みの強度を得た木材で造られたその民家が、デュバル・ハーヴェン=ティカナックの隠棲地である。
「そうか少佐…そうなってしまったか」
客間で少し冷めかけたスープの入ったカップを両手で包み、ハーヴェンは苦笑を浮かべて天井を見上げた。これに対してクーケンは静かな声で応じる。
「はい。ただザイードとハルマの頃とは違い、トモス様はアンドア様をはじめとする方々にも、一定のご配慮は見せておられるようです」
「うん…」
ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマを誅殺し、一時的にイナヴァーザン城を占拠して逃走したハーヴェンは、この惑星に隠棲しながらもクーケンから、ミノネリラ宙域の現状を把握する事が出来ていた。
「なんにせよ、ともかく例の未開惑星の占領計画が、中止になった事だけは、良い知らせだね」
ハーヴェンが口にしたのは、生前のビーダとラクシャスが裏で画策していた、大量の金を含有する知的生命体が住む惑星を、一方的に占領する計画が、二人の死で明るみに出、中止された事である。
中世レベルの未開文明しか持たない惑星を資源目的で侵略するなど、銀河皇国の重大な規約違反であり、戦国の世でも許されざる所業で、これがためにハーヴェンはイナヴァーザン城占拠を決行したと言っていい。ただその後のイースキー家の状況は、ハーヴェンが望んでいたものとは、かなり違って来ていた。ハーヴェンは反省顔をして、「うーん…」と声を漏らす。
「やっぱり皮算用なんて、するもんじゃないな。いや…ノヴァルナ様の戦略眼を、見誤っていた…過小評価していた、というべきかな」
「と、申されますと?」
興味深げな眼を向けるクーケン。
ハーヴェンは、ビーダとラクシャスが殺害されたのを知ったノヴァルナが、すぐに積極攻勢に出ると予想していた。“水に落ちた犬は叩け”という言葉があるように、生き馬の目を抜く戦国の世で、敵の混乱に乗じるのは定石だからである。
これに対しハーヴェンはむしろノヴァルナが動く事で、背に腹は代えられない状況となったイースキー家がベテラン武将達を中枢に据え、一つに纏まるしか生き残る道を無くすのを期待したのだ。
そしてハーヴェンは、舅のモリナール=アンドアを通じベテラン武将達に、侵攻して来るノヴァルナの軍に対する迎撃計画まで授けていた。それはノヴァルナの軍を、バサラナルムのあるミノネリラ星系手前で大きく半包囲。そのまま星系内へ引き込もうとしているように、見せかけるというものだ。
この形は七年前に、ノヴァルナの父ヒディラスがドゥ・ザンに大敗した、“カノン・グティ星系会戦”の再現であり、ウォーダ軍は警戒して動きを鈍らせるはずであった。そこから今回は戦法を変え、別動隊でウォーダ軍の後方を遮断する。そして補給路と退路を断たれ、動揺したウォーダ軍に一斉攻撃を仕掛けるのである。
半包囲陣形程度なら戦歴の浅い若手司令官達でも、イナルヴァやアンドアが指揮を執れば充分出来るであろうし、別動隊も機動力に長けたウージェルに指揮させれば、想定通りの戦果が期待出来る。
ところがハーヴェンが「皮算用はするものじゃない」と言ったように、肝心のノヴァルナが、この絶好の機に“何もしようとしない”のである。しかもそれは、軍の作戦行動的に“何もしない”だけであって、外交的にはノヴァルナは妹フェアン・イチ=ウォーダと、オウ・ルミル宙域星大名ナギ・マーサス=アーザイルとの結婚を取り持ったという、とてつもなく大きな成果を上げてしまった。
これはハーヴェンには痛恨事であった。イースキー家はロッガ家に対して、積極的な支援を要請しているわけではないが、それでも国境付近にロッガ家が戦力を置き、ウォーダ軍を圧迫していることの重要性は、充分に認識していた。だがウォーダ家とアーザイル家が手を組んだとなると、ロッガ家もこちらにばかり戦力を配置しておくわけにはいかない。アーザイル家は家勢を上げるにつれ、ロッガ家を圧迫して来ているからだ。
「この状況…さらに波乱が起きるかも知れないな…」
空になったカップを見詰めて言ったハーヴェンの言葉は、そのひと月後に現実のものとなった。イースキー家のベテラン武将の一人で基幹艦隊の一つ、第6艦隊を任されていた、ダルノア=サートゥルスのウォーダ家への寝返りである。
▶#28につづく
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