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第4話:ミノネリラ騒乱
#24
しおりを挟むキオ・スー城の天守にある大テラスは、今日のような晴天こそが相応しい。白に塗装されたテラスが青い空によく映えるからである。
二十一歳を迎えたフェアン・イチ=ウォーダは、美しく育っていた。
ポニーテールにしている事が多かった亜麻色の髪は、今は下ろされてキオ・スー湾からそよぐ風に、緩やかになびいている。きちんと整備された市街地を見下ろす双眸はくっきりとして、長い睫毛が艶やかだ。少女時代は赤・白・ピンクだった好みのファッションカラーは、いま着ているワンピースのように、ラベンダーに白を組み合わせたものが好みと変わっていた。
ただ以前のまま、フェアンが失っていないものもある。明るく、無邪気なところである。その性格が、天守の中から姿を現した若者が、こちらに向けて歩いて来るのを見つけた瞬間、発露する。
「兄様ーーー!!」
少し背伸びする感じで、突き上げた右手を振ったフェアンは、自分からも早足でノヴァルナのもとへ歩み寄った。
近づいて来るフェアンにノヴァルナは、軽く右手を挙げて呼び掛ける。
「よう、フェアン。久しぶり」
対するフェアンは、ノヴァルナの眼前まで来ると、わざとらしい膨れ面をして見せて、不満げに応じた。
「久しぶり、じゃないよ、もう。兄様ったら、全然、会いにも来てくれないんだもの」
バツが悪そうに頭髪を掻き撫でるノヴァルナ。
「わりィわりィ…ミノネリラの方が忙しくてな。会うのは二ヵ月ぶりだっけ?」
「さ・ん・か・げ・つ。三ヵ月よ!」
腰に両手を当てて前屈みになり、覗き込むようにして文句を言うフェアン。
「おう、そうそう三ヵ月だ、三ヵ月」
「もう」
「てなわけで夜の会議までだが、遊びに行こうぜ」
「どういう風の吹き回し?」
「そりゃおめぇ。俺だって、息抜きぐらいしてぇさ」
「それであたしを呼び出したの?」
「おうよ。ここんとこ、相手してやれなかったからな。行きたいトコあったら、連れてってやるぜ。バイク出すからよ」
ノヴァルナが陽気に言うと、フェアンは「うーん…」と、考える素振りをして、「じゃあねぇ…」と何かを思いついたように振舞う。ところがそこから口にした言葉は、自分の行きたい場所ではなかった。表情も真顔で尋ねる。
「先に、聴かせて。兄様…」
「なに?」
「何か他に、あたしに用事があるんでしょ?」
「フェアン…」
「残念。あたしも、もう子供じゃないのよ、兄様」
真っ直ぐ眼を見据えて言うフェアンに、ノヴァルナも真顔になって、ひとつ息をついた。観た眼と同様に昔のような…いや、洞察力は少女の頃から長けていたフェアンに、下手な前置きは無駄な事は分かっていたはずだ。すぅ…と息を吸い込み、真面目な口調でノヴァルナは告げた。
「おまえに結婚話を持って来た」
「…!!」
僅かに眼を見開くフェアン。動揺が少ないのはこの事を予想し、覚悟を決めていたのであろうか。
「オウ・ルミル=ノーザ星大名、ナギ・マーサス=アーザイルと、結婚する気はないか?」
「!!!!」
その名を聞いて今度は、フェアンの瞳は大きく開かれた。そして涙腺から涙があふれ始めると、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。これを見て慌てたのは、ノヴァルナである。明らかに自分の予想と違った展開になっている感じだ。
「え? ちょ!…ちょちょちょ! まてフェアン、俺が悪かっ―――」
狼狽するノヴァルナの言葉を、そこでフェアンの声が遮った。
「嬉しい。よかった…」
「よかった?」
ノヴァルナはフェアンが口にした、“よかった”という言葉が気になった。体を起こしたフェアンは、人差し指で涙を拭いながら理由を明かす。
「あたし、兄様からロッガ家に嫁げって、言われるんじゃないかと思ってたの」
「おまえ…」
「だって、兄様がキヨウを目指すなら、ロッガ家との関係を何とかしなくちゃならないでしょ? 兄様から、ラゴンに帰ったら二人だけで会いたいって、三日前に連絡が入った時、もしかしたらって…」
「フェアン…」
いつも明るく天真爛漫で自由奔放なフェアンだが、彼女もやはり戦国の姫であった。オ・ワーリ宙域星大名の妹として姉のマリーナ共々、ウォーダ家のための政略結婚という外交の道具になる覚悟を、密かに決めていたのである。
その想いは二年前、ノヴァルナがイマーガラ家を打ち破り、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを屠った時から一層強くなった。そして兄の目標が、皇都惑星キヨウにまで勢力を伸ばし、星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガに合流。戦乱の世を終わらせるという、大きなものだと知っているフェアンは、そのために自分が必要とされる状況がどのようなものかを、自分なりに考えていた。
しかもその考えは、意外にもノヴァルナ以上に現実的だ。
兄ノヴァルナがイースキー家を打倒し、ミノネリラ宙域の支配権を掌中に収めたのち、皇都惑星キヨウを目指す上で、やはり最大の障害になるのはオウ・ルミル宙域星大名のロッガ家であった。
ロッガ家は銀河皇国直轄軍の一翼を成す強大な戦力を有し、特にコーガ恒星群に勢力を持つ五十三の半独立勢力は、いずれもBSIのエースパイロットを当主とする“コーガ五十三家”として、BSI部隊の中核をなしている。
フェアンが考えたのはこのロッガ家と和睦して、同盟を結ぶ事だった。
元来、ロッガ家とウォーダ家の関係は悪くはなかった。かつてウォーダ家が従っていた元オ・ワーリ宙域星大名のシヴァ家は、百年前の『オーニン・ノーラ戦役』の際にはロッガ家の敵側であり、ウォーダ家はそのシヴァ家を衰退させた、いわゆる“敵の敵は味方”だったからだ。現在、オ・ワーリ宙域とオウ・ルミル宙域の間に、不可侵の中立宙域が設けられているのも、この頃の良好な関係を示すものである。
その関係をぶち壊したのが、フェアンの兄ノヴァルナだ。
六年前、当時のウォーダ一族宗家のイル・ワークラン=ウォーダ家と、事実上敵対していたナグヤ=ウォーダ家のノヴァルナが、ロッガ家とイル・ワークラン家の間で秘密裏に行っていた、水棲ラペジラル人の人身売買に介入し、これを破綻させたのである。
ロッガ家当主ジョーディー=ロッガは、この時の事を骨髄の恨みとしており、ギルターツ=イースキーがドゥ・ザン=サイドゥ時代に敵対していた、ロッガ家との関係を改善し友好関係にまで一転させたのも、憎きノヴァルナがドゥ・ザンの娘ノアと婚約したためだとも言われている。
そのような険悪なロッガ家との関係を改善するのは、並大抵の事ではない。そこでクローズアップされるのが政略結婚である。前時代的な手法だが旧態化した“新封建主義”の戦国の世では、紙切れ同然の書類などによる同盟よりも、よほど有効で強力な手法であるのは間違いない。
そしてジョーディー=ロッガには、今年フェアンと同い歳になる嫡男のバージルがいた。父ジョーディーからすでに家督を譲られており、形式上はこちらがロッガ家の当主と言っていい。こちらとの政略結婚が成立し、兄ノヴァルナの上洛軍への協力を取り付ける事が叶えば、これに勝るものは無い。なぜならロッガ家は、いまキヨウを事実上支配しているミョルジ家とも敵対しており、ノヴァルナへの敵愾心さえなければ、ロッガ家にウォーダ家と敵対する理由はないからだ…とフェアンは考えていたのである。
そうであるなら、今のウォーダ家か置かれた周辺状況で、兄から急に、二人だけで会いたいという連絡が入れば、勘のいいフェアンにすれば、やはりそういう事なのかと想像しても無理はないであろう。
ただ、フェアンには想いびとがいた―――
ロッガ家の支配するオウ・ルミル宙域にあって、ノーザ恒星群を中心に勢力を拡大中のもう一つの星大名、アーザイル家の若き当主ナギ・マーサス=アーザイルである。
六年前に出逢った命の恩人で、銀髪碧眼の穏やかな若者。直接会ったのは六年間で僅か二度で、フェアンの住むキオ・スーからナギのいるオルダニカまでは、遥か三千光年の距離がある、それでも絶えず超空間メールをやり取りし、距離と時差から来る三日遅れの返信を、互いに心待ちにしていた。戦国の姫の理屈ではなく、一人の女性としてフェアンの気持ちは、ずっとナギと共にあったのである。
だからノヴァルナからの連絡はフェアンの胸を貫いた。
ロッガ家はアーザイル家と敵対しており、昨年にはついに交戦にまで至ったらしい。そのロッガ家に嫁いだとなると、ナギと敵同士になってしまう事になる。
ところがノヴァルナが告げたのは、ロッガ家のバージルではなく、想いびとのナギとの結婚だったのだ。それがフェアンの涙と、“よかった”という安堵の言葉の理由であった。
「ナギを選んでくれて、ありがとう兄様」
ようやく笑顔を取り戻したフェアンがそう言うと、ノヴァルナの方も安堵した様子で、いつもの不敵な笑みが戻る。
「俺もまぁ、さすがにそこまで、無粋じゃねーからな」
星大名としての器量と経験は若くしても充分なノヴァルナだが、こと恋愛についてはそう場数を踏んで来たわけでは無い。それでも自分の妹が、誰を好いているかぐらいは判断できる。
それにノヴァルナにとっても、ナギ・マーサス=アーザイルは誠実で、信用の置ける相手であった。六年前にはフェアンの命を救い、マリーナと共に惑星サフローから脱出させてくれており、さらに四年前には皇都惑星キヨウで、イースキー家に拉致されそうになったノアの救出に助力、大きく貢献してくれた恩人なのである。
そして何よりノヴァルナは、自分とノアの馴れ初めを考えた時、妹達を政略結婚させたくないという思いがあった。ノヴァルナとノアの結婚は、表向きはウォーダ家とサイドゥ家が同盟を結ぶための政略結婚であったが、実際は皇国暦1589年のムツルー宙域にトランスリープチューブで飛ばされた二人が、自分達で築いた絆の結果なのである。
そういう事もあってノヴァルナはノアからも、フェアンの意思を第一に尊重するように強く要請されていた。ノアもかつてはサイドゥ家の姫として、父ドゥ・ザンの政治の道具となる事を受け入れ、旧主君であるトキ家のリージュ=トキとの政略結婚を覚悟していた時期があったからだ。
「でも…本当にいいの?」
「何がだ? ロッガ家の事か?」
「うん…」と頷くフェアン。ノヴァルナは妹の頭の上に、軽くポン…と手を置いて、陽気に言い放った。
「心配すんな。俺にとっちゃ、おまえが幸せになんのが最優先だ」
「兄様」
「テシウスがナギ殿に、この話を持ってった時な、大喜びで“イチ姫さえ宜しければ是非!”だったってさ。良かったなフェアン」
ノヴァルナにそう言われて、フェアンは頬を真っ赤にすると、「もう!」と声を挙げてノヴァルナの二の腕に平手打ちを喰らわせる。いつもの調子を取り戻した妹に、ノヴァルナは「アッハハハ!」と高笑い。するとフェアンは、いま叩いた兄の腕に抱きついて、素直な気持ちを伝えた。
「兄様。大好き」
「おう、任せとけ」と応じたノヴァルナが、フェアン・イチ=ウォーダとナギ・マーサス=アーザイルの結婚を発表したのは、その三日後の事である。
▶#25につづく
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