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第4話:ミノネリラ騒乱

#17

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 ハーヴェンとクーケン達が密かに行動を開始したのと同じ頃、ビーダとラクシャスは、食堂で遅めの夕食をとりながら、自らの館にいる主君オルグターツと、通信で報告と打ち合わせを行っていた。放蕩三昧で、ろくに執務室にも謁見の間にも姿を現さないオルグターツが、唯一仕事をしていると言えるのがこの通信である。

 ただオルグターツの通信相手は、ビーダとラクシャスに限られており、気が向いた時にいつ行うか連絡が入って来て、定期的というわけでもない。それで今日のこの時間というわけだ。

 十メートルはあろうかという長い木製テーブルには、繊細な薔薇の刺繡が施された純白のクロスが掛けられ、ビーダとラクシャスはその一番端で、高級な食材をふんだんに使用した料理を前に、向かい合わせに座っている。そしてその長いテーブルの反対側の端に、オルグターツを映し出した、大型のホログラムスクリーンが展開されていた。

 オルグターツの通信は、もはや定住地とも呼べる“奥の院”から、送られているらしく、蔓草模様の大きなソファーに半ば寝そべったようなオルグターツは、頭部に蟻のものと似た触角を持つアントニア星人の少年を右側に、頭部に羊のものと似た巻き角を持つ、サンプナ星人の女性を左側に侍らせていた。二人とも息を呑むような美しさだが、何処かとろりとした眼をしており、何らかのドラッグを与えられているように思われる。

「どうだァ? ミノネリラの状況はァ?」

 片手にビールが注がれているタンブラーで、非常にざっくりとした切り出し方をするオルグターツ。しかしいつもこんな感じではある。それに答えるビーダも心得たものだ。

「はぁい。これまでと変わらず、すべては安泰。上手くいっておりますわ」

「ウォーダ家はどうだァ? そろそろまた侵略とか、企んでるんじゃねェかァ?」

「いいえぇ。ウモルヴェ星系で大敗したのが効いたみたいで、今のところ何の動きも、見せておりませんですわ」

 素知らぬ笑顔で言い放つビーダ。無論、大嘘である。ウォーダ家が勝利したウモルヴェ星系周辺の植民星系群は、今ではこぞってノヴァルナの支持へ回っており、『ナグァルラワン暗黒星団域』はスノン・マーダー城建設をほぼ終えた、ウォーダ家の支配下となっている状況で、デュバル・ハーヴェン=ティカナックが、シン・カーノン星団でウォーダ軍を食い止めていなければ、ここ本拠地惑星バサラナルムへウォーダ艦隊が迫って来ていたはずだ。
 
 ビーダの適当過ぎる嘘に、オルグターツはうんうんと頷く。この一年ほどで、オルグターツとの関係はビーダもラクシャスも、“愛人”から“元愛人”へと距離は変わったが、二人に政治を丸投げしているのはそのままで、二人が上げる報告を鵜呑みにする姿勢は変わっていない。

「そうかァ。ノヴァルナも案外、大したことねェなァ」

 そう言うオルグターツに、今度はラクシャスが追従口を叩く。

「いえ。これもオルグターツ様の、御威光の賜物にございましょう」

 これを聞き、ホログラムスクリーンの中のオルグターツは、ニタリと笑みを浮かべて、タンブラーのビールを飲む。ラクシャスはさらにオルグターツを煽り、機嫌を取ろうとした。

「植民星系の増加をご認可頂いた事で、さらに我等が宙域の国力が上がれば、逆にこちらから、オ・ワーリ宙域に攻め込む事も可能になるはずです」

「ヒャッヒャッヒャッ!…そりゃァいい。ノヴァルナを打ち破ったらァ、奴にィ命乞いをさせてやるゥ。そして奴の見ている前で、ノアを弄んでやるぜぇ!

 下衆な欲望を露わにするオルグターツに、ビーダは「それが宜しゅうございますわ」と賛意を口にする。これに対してオルグターツは、多少なりとも頭を働かせたようで、国力を上げ、オ・ワーリを征服し、ノアを奪うための、先立つものの事を問い掛けた。

「…それでェ? 例のォ、金の惑星の方はどうだァ?」

「二週間後には、第一次開発団を出発させます」とラクシャス。

 この“金の惑星”―――金の埋蔵量が恐ろしく高い惑星には、中世程度の文明が存在しているのは、前述した通りである。
 ビーダとラクシャスは銀河皇国でタブー視されている、未発達文明の存在するこの惑星を含む、四つの惑星で金の発掘を行おうとしていたのだ。しかもその採掘には隷属させた現地人を動員するという、イースキー家取り潰し案件となる、重大な禁則破りが、オルグターツですら知らぬところで起こされようとしている。もっともこれを知ったとて、採掘をやめさせるオルグターツではないだろうが。

「万事、良きように取り計らいますゆえ、オルグターツ殿下におかれましては、ご安心召されますよう」

 ビーダが恭しく告げると、オルグターツは鷹揚に頷いて応じた。

「相変わらずゥ、見事なやり口だなァ、二人ともォ。信頼してっからァ、しっかり頼むぜェ」

 言うだけ言ってオルグターツは、さっさと自分から通信を切って行く。あとに残されたビーダとラクシャスは、怪しげな笑みをで視線を交わしていた。
「オルグターツ様の方は、こ・れ・で・よし…と」

 オルグターツとの通信を終えたビーダは、軽い口調で赤ワインのボトルを手にして、自分のグラスに中身を注ぐ。そして向かい側に座るラクシャスにも勧める。

「いかが? 今日のはアスレンシアの、1514年よ」

 アスレンシアは、ミノネリラ宙域有数のワインの名産地を持つ植民惑星であり、1514年ものは入手困難な逸品と言われている。

「ほう。よく手に入ったな」

 そう言ってグラスを差し出すラクシャスに、ビーダは眼を細めて告げる。

「ふふん…献上品。今度、植民星系を増やすじゃない? その支配者に自分を…と売り込んで来る人が、ぼちぼち現れ始めててね」

 ラクシャスは、グラスに注がれていくワインを眺めて「なるほど…」と応じ、視線をビーダに向けて言葉を続けた。

「もちろん、献上品はこれだけじゃ、ないんだろう?」

 ラクシャスの問いに、ビーダは「んふふふ…」と含み笑いで肯定する。新たな領地を得ようというのだから、無論、最高級ワインなどは、献上品のごく一部に過ぎない。宙域の財産である惑星をいいように手札とし、さらに私腹も肥える…。我が世の春といった表情で、ビーダはラクシャスに言った。

「さ。乾杯しましょう…」




▶#18につづく
 
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